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第6話 時空魔法

 午前中は洗濯と掃除で終わった。有休をやりくりして作った秋休みも、後四日しかない。

 ベランダに干したタオルが風に揺れて、影がフローリングに四角く落ちる。他の洗濯物はリリアの魔法であっという間に乾いてしまった。タオルだけ残したのは太陽の下に干したタオルのふかふか具合が好きだからだ。


「最初は物だけ飛ばそう。俺自身はまだやめておく」

「賛成です。物なら失敗しても怪我にはなりません」


 リリアはダイニングの椅子に座って、膝の上で指を重ねる。目が少しきらきらしている。講義の時間がきた魔法学院の優等生、みたいな顔だ。


「じゃあ、的を置こうか」


 俺はテーブルの端にマスキングテープで小さな×印を貼った。そこへリモコンを“送る”のが今日の一投目だ。

 深呼吸。肩の力を抜く。目の前の空気を手で撫でるみたいに意識を滑らせる。前に掴んだときと同じだ。空間には目に見えない線がいくつも通っていて格子になっている。その格子をドアくらいの大きさに切り取り、立体的な薄い扉のような板にする。今日はその板を2カ所つくり、板と板の“間”を近づける。やることはそれだけ。


「とりあえず、お互いに状況を共有するために合図を三つ出すね。『狙う』『開く』『閉じる』でいく」

「了解です。私は魔力の"揺れ"を見ます。もし"揺れ"が強くなったらすぐ止めてください」


 おっけーと頷きながら、胸の奥の力に集中する。


「狙う」


 息がゆっくりになる。鼓動が少し大きく聞こえる。

 テーブルの×印と、目の前の空間。二つの地点につくった板を、線で結ぶイメージを作る。距離は一メートル少し。まっすぐ。角度なし。視線を細く絞ると、線が一本、そこだけ濃く見える。気のせいかもしれないが、今はそれでいい。


「開く」


 二つのドアを切り取り、それを結んでいた線を一気に縮ませる。ゴムが弾けるみたいに、勢いよく二つの切り取られた空間がくっついた。

 目の前に光を帯びた縁の四角い窓ができあがっていた。そこからテーブルの×印が間近に見えている。

 リモコンを持っていた手を、その四角い窓に差し込み、テーブルの×印の上にリモコンを置く。テーブルで、カタンと乾いた音がした。

 窓に手は突っ込んだまま身体を少しずらしテーブルを見てみると、そちらにも四角い窓ができており、その窓からは俺の手が出てきている。ちょっと手を振ってみると、窓から出てきている手も同じように振るわれた。

 俺の手がしっかりと転移している。


「……閉じる」


 ドアをしめる意識を空間に向けるだけで、四角い窓は消え、空間の線も元通りとなった。

 ×印のど真ん中に、黒いリモコンが鎮座している。成功だ。地味だけど、ちゃんとできた。


「成功です。揺れも最小でした」


 リリアが小さく拍手する。笑うと耳が少し動くのが可愛い。俺も口の端が勝手に上がる。

 昨日とやっていることはほぼ同じだが、それでも嬉しさがこみ上げてしまう。


「もう一回。同じ距離でやるね。今度は高さをずらす」


 今度は床に座った状態から、ペンをテーブルの同じ×印へ置いてみよう。同じ要領で扉を作り、線を引く。開いた四角い窓に向かって、収納庫ポケットにしまうのと同じ要領でペンを投げ入れた。ペンは一瞬ふわっと消えて、次の瞬間テーブルにコトンと現れる。ペン先が×印のほんの外に落ちた。着地でわずかに滑ったのだ。


「物だけでも、俺の手と一緒でもどちらでも転移は可能だな」

「着地の“風”が押しましたね。閉じたあとに微小な空気の流れが残っていました」

「閉じるのを、もう少し丁寧にやればいいのか」

「はい。『閉じる』で空気を撫でるイメージを強くすると良さそうです」


 三投目は紙コップ。線を作って、開いて、滑らせる。今度は“閉じる”で指をひと撫で。紙コップは×印の内側に、音もなく座った。おお、気持ちいい。脳内の“ピタゴラスイッチ”がそっと成功音を鳴らす。


「感覚、掴めてきた」

「いい流れです。次は二点間の直線以外も試しますか?」

「角度を付けて、斜めに飛ばすやつな」


 ×印をテーブルの別の角へ貼り直し、ソファの肘掛けに置いた小箱をそこへ。カーブを描きながら斜めに線を引いても、特に問題はない。空間と空間を近づけるのは実際の糸ではなく、俺の想像の糸だ。だから、どんなに曲がっていても離れていても、くっつくと思えばくっつくのだと思う。

 現に今回もイメージ通りに開く。通る。閉じる。小箱はほんの一拍遅れて、しかし狙いどおりにコトリとテーブルに置かれていた。


「ナイスです」

「ふふ、気持ちよく決まるとクセになりそうだな」


 成功が続くと欲が出る。距離を伸ばしたくなるが、リリアが手のひらを軽く上げて俺の肩を止めた。


「ここで一度、失敗を作りましょう」

「自ら?」

「はい。安全に崩して、どこで崩れるのか確かめておくのが大切です」


 確かに転移の失敗なんて考えるだけで怖すぎる。岩の中に転移してしまった……!を地でやってしまったらシャレにならない。うん、わざとの失敗やっておこう。


「じゃあ、入り口は開いて出口を開かない失敗をやってみるね」

 同じ一メートルで、入り口となる空間だけ切り取り開く。そのままリモコンを押し入れようとするが、強い違和感を感じる。目に見えないゼリーを押し込む指が、ぷつっと膜を破る感覚になる。いけない。これはヤバい。


「危ないっ」


 リリアの声が耳に届く前に、すぐ“閉じる”イメージ”で入り口を閉じた。


「今のは危なかったです。その窓から魔力が溢れ始めました」

「暴走?」

「多分、いろんなモノがずれる感じです。そこに物を通すと、扉の間に挟まったまま“どこでもない場所”へ落ちてしまうんでしょう」


 古文書で読みました、とリリア。ぞわっと背中が冷えた。今は物だけだからいいが、これ自分にやったら笑えないやつだ。


「ただ、これはヤバいっていう違和感を感じるから、転移しようとする前には気づけると思う」

「無理矢理は駄目ってことですね」

「だな。ちょっと距離を伸ばして、もう一回練習してみよう」


 ダイニングからキッチンのカウンターまで。×印を移動。対象はティッシュ。


「狙う、開く、んでティッシュを置いて、閉じる」


 四動作を一息にやる。ティッシュはぴったりと×印へ着地した。俺はそのまま息を吐いた。肺の中の圧がゆっくり抜けていく。


「素晴らしいです。動きが均一で、揺れが出ませんでした」

「微調整の感覚が分かってきた。たぶん、俺の中の力の“出し入れ”が見えてきた感じだ」

「そこに名前をつけます?」

「うん。転移術ジャンプでいこう。短くて、頭で唱えやすいし」

「いい名です。では“ジャンプ”を続けましょう」


 そのあと、ペットボトル、スマホの空き箱、計量カップ、クッションと、素材の違うものを、いろいろな距離、角度で順番に“ジャンプ”させていった。


「……よし。物はもう十分だから次の段階へいこうか」

「次は?」

「今できてるのが、物の転移、俺の手の転移だから、次は……頭か、脚、最後に全身かなぁ」

「じゃあ脚からですね。頭はドキドキします」


 全くの同感だ。

 昨日は何も考えず勢いで手を入れてしまっていた。恐ろしいことをしたもんだ。


「じゃあ、次は足先」

「まずは、“爪先だけ、体重は乗せない”でください」

「了解」


 ×印を床に移す。空間を繋げ、扉を作る。今回は脚を入れるので、大きめに作った。

 開いた四角い窓——というより戸口だな——にスリッパの先をそこへ。爪先が一瞬向こうの床に触れて、すぐ戻る。痛みはない。変な引っ張られもない。二回目はほんの少しだけ長く触れる。しっかりと触れている感覚はある。戻す。ふわっとした違和感だけが残って、すぐ消える。いける。


「いよいよ本番だな……」

「はい……」


 緊張感が漂う。

 ミスがないように、改めて転移術ジャンプの確認をしておこう。


 俺のやり方——いや、他にやり方があるかどうかは知らないが——はシンプルで、まず「入口」と「出口」を決める。次に、空間に広がる格子を想像し、「入口」と「出口」の格子を切り開く。見えないチョークで空間に扉を描くイメージだ。最後に両方のドアをくっつける。扉に強力な磁石が付いていて、拘束を外し一気に吸着する感じ。ゴムを両端から引っ張っていて、せーので離すイメージでも可。「入口」と「出口」が重なり、空間を繋ぐ扉が立ち上がる。

 閉めるときは、一瞬だ。「閉める」と思ったときには、空間は完全に元通りになっている。


 まずは部屋の端から端へ、ほんの三メートルちょっと。目で見える範囲だし、転移先の床も平らで安全だ。テーブルの×印はもう撤去して、床にマスキングテープで線を作った。呼吸をひとつ整える。


「準備いい?」

「大丈夫です。見ています」

「おっけー、いくよ」


 狙う、開く。簡単に空間のドアが開く。部屋の中に光る枠をもつ時空の扉が生まれ、その中には同じ部屋の光景があることに、不思議さと面白さを感じた。

 いける。

 なぜか確信と自信があった。


 等身よりも少し大きく作った光の枠の戸口。躊躇なく踏み込む。脚が抜け、手が抜け、身体が抜け、全身が通り抜けた。

 足裏に目印のマスキングテープがある。

 リリアを見れば、大きな瞳をさらに大きくしてこちらを見ていた。


「大成功です!」

「っしゃ!」


 リリアがぱっと笑って拍手する。体は全く痛くない。視界も歪まない。何も問題ない。やっぱり準備の積み重ねは大事だ。

 未だ開いている時空の扉を再度くぐり、元の位置に戻ることも確認。

 完璧だ。


 次はベランダ。窓を完全に閉めて、障害物を越えての転移術ジャンプが可能かを確認する。

 既に物では大丈夫なことを確認しているので、これも問題ないはずだ。


 「入口」をリビング、「出口」をベランダのテーブル横に置く。


 狙う、開ける。問題なく開いた時空の扉をくぐると、外気の匂いが一瞬にして濃くなる。髪が風に揺れて、遠くの国道の音が近くなる。ベランダのコンクリートは日向で温かい。

 戻る。室内の空気に帰ってきた瞬間、皮膚の表面温度が一段落ちる。これは何度やっても不思議な感覚だ。


「ここまでは順調ですね」

「うん。多分、もう大丈夫な気がする」

「本当に安定しています。目の届く距離での【転移術ジャンプ】は、もう術の場が固まってきたと思います」

「……転移術ジャンプ、いい響きだな。名前がつくと、急に自分のものになった気がする。だから——」


 俺のやり方は、少し手間が多い気がする。扉を作り、くぐるという物理的な作業が必要だからだ。

 よくある創作物では、転移と言えば扉をくぐる以外にも、術者の身体を直で移動させるものが多い。そのやり方はできないものか。

 

 例えば、「入口」を俺の身体。それに合わせた形の「出口」を、目的の空間に作るとする。今までしていたのは「入口」と「出口」の結合だったが、これを「入口」と「出口」の交換にしてみたらどうだろうか。


「なるほど……確かに、可能かもしれません」

 

 しばらく腕を組み、真剣な表情で考えていたリリアも頷く。

 そうと決まれば、早速実験するしかないだろう。

 

 いきなり俺自身で試すのは恐ろしいから、ペンやリモコン、観葉植物や食材などあらゆる実験体に協力いただき、結論を出す。

 いけるんじゃね?

 というか、俺の本能はイケると確信していた。


「よし、やってみるな」

「待ってください」


 ついに俺自身が転移術ジャンプする時。リリアからストップがかかる。

 リリアの小さい手が、俺の手を包み込んでいた。


「私も、一緒に跳びます」

「い、いや、危ないよ!?」

「だからこそです。危険なことなら、あなた一人に任せるわけにはいきません。でも、自信あるんですよね?」

「いや、そりゃ、まぁ……正直、自信しかない」

「だったら、大丈夫です。私はあなたを信じます」


 どうする?

 危険な目には遭わせたくないけど、でもこれは正直危険とは思わない。成功は約束されていると、なぜか俺の心が確信をもっている。

 それにいつかはしないといけないことだ。

 繋いだ手のぬくもりが、覚悟を決める。


「分かった。じゃあ、一緒に跳ぼう」

「はい! お願いします!」


 やることは一緒だ。

 「入口」を俺とリリアに設定。俺たちの輪郭をなぞり、少し余裕を持たせた形で、ソファのクッション部の少し上に「出口」を作った。このやり方だと時空の扉は作らなくても大丈夫だ。後は「入口」と「出口」を交換させるだけ。


「じゃあ行くぞ。三、二、一……」


 ゼロのカウントで、交換。同時に視界が一瞬で切り替わる。身体にかかる空気も変わる。足下の感覚が一瞬ふわっとして、すぐに身体が下に引っ張られた。


「おわ」

「きゃっ」


 突然のバランスの崩れ。落ちる。どこから? 分からない。なんで。疑問の声が脳裏に浮かぶが、無理矢理シャットアウトさせる。

 繋いだ手をひっぱり、俺が下側になるようにリリアを抱き込み——ぼふん、と身体がクッションにぶつかり少し跳ねた。痛みはない。


「……ソファ、か」


 そういえば、「出口」をソファの少し上にしていた。空間交換でソファの一部を「入口」に引っ張らないようにするためだったが、そうか。こんな感覚になるのか。分かってしまえば当たり前のことだった。


「ごめん、リリア。でも成功——」


 胸になかにいたリリアと目があう。大きな瞳が、少し恥ずかしそうに俺を見上げていた。

 ソファの上に倒れ込む二人。

 空中で無理矢理姿勢を変えたのが良かったのか悪かったのか、俺とリリアの身体が複雑に絡み合っていた。


 どうやらしっかりと俺がクッションになれていたようだが、問題はそこではない。

 時間が経つにつれて、リリアの白い顔がどんどん赤くなってきた。


「ごっっ、ごめん!!」


 慌てて身体をほどき——触れてはならない部分を避けながらほどくのは難しかった——、ソファから飛び降りる。


「ご、ごめんね」

「い、いえっ! だだだ大丈夫です! 成功、ですもんね!!」


 改めて謝ると、リリアが慌てて手を振った。顔は真っ赤になっている。どうやら男性への免疫は少ないみたいだ。


「そ、そうだね。ばっちり成功、したんだなぁ」

「本当にすごいです……」

「うしっ! じゃあ、早速次の練習に……と思ったけど、いろいろあって疲れたよな? 休憩しようか」

「はい。甘いものがあると、素晴らしい休憩時間になる気がします」

「それは巧妙な要求だな。じゃあ、ココアを淹れよう」


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