表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3話 居場所

気づけば既に遅い時間だ。

 湯気の立つカップをテーブルに置き、リリアーネは小さく息を吐く。さっきまでの硬い表情が、ほんの少し和らいで見えた。


「……そろそろ休んだ方がいいな。疲れてるだろ」

「はい……でも」


 言いかけて、彼女は首を横に振る。

 その仕草が妙に真剣で、俺は姿勢を正した。


「浩之様に、お話ししておくべきことがあります」

「今?」

「はい。これは……私がここに来た理由です」


 カーテンの隙間から、道沿いの街灯が遠くに見える。彼女はそこをじっと見つめながら話し始めた。


「私の国、エルフェリア王国では、数百年に一度、“星の狭間”が開きます。そこは、別の世界へ繋がる門の在り処。普段は封印されていますが……今回は違いました」


 淡々と語る声の奥に、わずかな興奮と好奇心が混ざっている。


「神託が降りたのです。『遠き蒼き世界の"鍵"と、神庭マゴニアは調和する』と。同時に門が開き、この世界への道が敷かれました。

 適正のあった私が調査員として選ばれ、調べに来たのですが……門の座標を乱され、あの獣が追ってきたのです。ごめんなさい」

「謝るやつじゃないだろ。追いかけっこに巻き込まれただけだ」

「でも、あなたが助けてくれた」


 まっすぐ言われると、弱い。

 俺は照れ隠しに、お茶を口に流し込んだ。ヤバいくらいに熱かった。俺は猫舌だった。


「ま、神庭マゴニアっていうのは?」

「古き伝承によれば、空に浮かぶ大地です。持ち主の魔力に呼応して存在を変える、古い古い“器”。……私の世界では、今は触れてはならないもの。でも、きっと『居場所』になる」

「居場所?」

「戦で家をなくした者、迷った者、帰れない者。私の国だけじゃない。世界は、少しずつ居場所を失ってる」


 彼女の世界では魔王と人間達の争いだけでなく、種族間の争いで住む場を失っている人達が多くいるそうだ。魔王に種族とはファンタジーな用語のオンパレードだな。というか魔王とか普通にいるんですね。

 リリアーネは、俺の目を見る。逃げ場のないまっすぐさで。


「遠き蒼き世界の"鍵"——それは、きっと貴方です」

「え?」

「このモノリスが教えてくれるんです。"鍵"は貴方だと」


 彼女の手の中にある、ネックレスにつけられた小さな金属板が、ほのかに光を帯びた。


「私は、『居場所』を作りたい。空に。貴方と共に」

「リリアーネ」

「……勝手な願い、ですよね。ごめんなさい」


 勝手、かもしれない。けど、その勝手は、俺は嫌いじゃない。

 俺だって、少し前に「自由に働きたい」「面倒な上司はいらない」なんて勝手を言って、教員を辞めそうになった男だ。居場所、の単語は、胸に刺さる。


「いいよ——」


 俺は自分でも驚くくらい、すっと言っていた。


「——やろう。何からすれば良いか分からないけど、"鍵"が俺っていうならきっと何かできることはあるんだろう」

「……この世界に神庭マゴニアに至る"道"はあると、モノリスが言っています」

「なら、探そう。まずは……そうだな、調査がてら街を案内するよ。でも、まずは寝室の案内からだな」

「……ありがとうございます」


 リリアーネが、安心したように笑った。その笑顔は、さっきまでの異世界の王女という肩書きからは想像できないほど、年相応で、無防備だった。


「よし、今日はもう遅い。風呂も入ったし、寝よう。寝室のベッドを使って。俺は適当にするから」

「私は床で大丈夫です」

「ゲストを床に寝かせる文化はうちにはない」

「……じゃあ、同じベッドで半分ずつ」

「その文化は、俺がいろいろと大変だ」


 にらみ合いは三秒で終わって、リリアーネはしぶしぶ頷いた。

 予備の布団はないから、俺はソファで寝ることを宣言して、タオルケットを持ってきた。


 互いにいろいろと準備を整え、電気を落とす。

 寝室に行こうとするリリアーネがふと立ち止まった。


「ヒロユキ様」

「ん」

「あなたの世界の『守護神』と『ガスガイシャ』と『スイドウキョク』に、お礼を」

「おお、うちのライフラインが崇められている」

「——あと、ヒロユキ様にも」


 暗がりの中で、彼女の瞳は本当に月みたいに光って見えた。

 心臓が一段、強く打つ。

 さっき、見えない“線”を開いたときと、同じ場所が熱くなる。

 俺は頷いて、恥ずかしさを隠すようにタオルケットを頭からかぶった。

 窓の外で、秋の夜が遠く続いている。

 そして、胸の奥では、確かに何かが芽を出し始めていた。


 ——【時空支配】。

 そして、名もまだない“器”の力。


 いつか、名前をつけよう。

 名前をつけて、最初のドアを開ける。

 空の上の居場所へ、最初の一歩を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ