023−電源コンセント 2 <電気工事>
「先生。いつものようにチャチャッと直してくださいよ。」
周囲の学生の冷ややかな視線に耐えられなくなって、足立は安野に好き勝手なことを無責任にリクエストする。
「無茶言うナシ。私にゃコンセントの修理はできないよ。」
「なぜですか? 先生はいつも器具のプラグの修理や、エクステンションコードの差し込み口の修理もしているじゃないですか。」
「うん、してる。でもね、コンセントの修理は出来ないんだ。」
「なぜですか?」
「うん。いくつか理由がある。」
「理由?」
「まずね、コンセントの部品がない。 プラスチックが割れて、プラグのブレードを受けるバネがバカになっている。しかもプラスチック部分が焦げている。プラスチックは絶縁材料だけど、これが焦げた『炭』は電気を通す。つまり、短絡のおそれがある。カバーにも少し焦げがある。これはこのコンセント・ユニットごと交換しなければならないだろうな。」
「買ってきますよ。何処で売ってます?」
「さあ? ホームセンターかな? あとは駅南の問屋街の◎◎電気かなあ。」
「じゃあ、今からチャリを飛ばして買ってきます。」
「まあ待て、私には直せない理由がまだある。」
「他の理由? 何ですか?」
「私にはこのコンセントを直す『資格』がない。」
「資格? なんですかそれ。」
「たしか建物の壁コンセントの修理や設置には『電気工事士』の資格が要るんだ。私はその資格を持っていない。」
その話を傍らで聞いていた院生が茶々を入れる。
「なるほど。先生は資格(□)を持っていないから、修理に参画(△)できないと…」
足立がその駄洒落を聞いて露骨にイヤな顔をした。
「でも、先生は直そうと思えば、修理できるんでしょ? 工具もありますよねぇ?」
「技術的にはたぶんできるね。でもやってはいけないんだ。」
「できるのならやってくれれば良いのに。」
「あのなあ。資格が要ると言うのは、ちゃんとした知識と訓練が必用だということだ。素人工事は漏電事故の元だ。漏電は火事になるおそれがある。だから、設備課の鈴木さんに頼んで専門家にやってもらわなくちゃならんのだ。」
「でも…」
「電気を舐めるな。舌がビリビリするぞ。」
…すべってしまった。周囲の温度が急激に下がる。
院生君が助け舟を出す、
「先生は器具を直したりして、電気に詳しいですけど、何処で技術を身につけたんですか?」
「うん? 小学生の頃に『電話級アマチュア無線技師』の資格を取って、真空管式ラジオを組み立てたりしていたからなぁ。」
それを聞いて、足立がしつこく食い下がる。
「先生は素人じゃないじゃん。」
「いや? 私は素人だよ。なんせ『アマチュア』だもの。」
「まあ、どちらにしてもコンセント部分が一部焦げちゃったから、ブレーカー・スイッチは、ここのコンセントの修理が完了するまでは落としたままにしておくしかないかな。」
「「そんなぁ!」」
周囲の学生から悲鳴が上がる。
「まあ、電気の有り難さを体感するチャンスだな。 アキラメロン。」
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
しばらくして鈴木さんが技官の人とやって来て、コンセントを修理してくれた。
「鈴木さん、ありがとうございます。いつもすみませんねぇ。」
「安野先生、今回は特別ですよ。 本当は業者に外注しなくちゃならないんですからね。コンセントのストックがあって、本当によかったですねっ。」
「外注の場合、どのくらいかかるかしら?」
「さあ、早くて3日くらいですかね。」
それを後ろで聞いていた足立が青くなっている。
「部品のストックがあるって、このような事故はしばしばあるんですか?」
安野の疑問に技官の人がそれに答える。
「まあ、ありますね。でも最近は壁コンセントに刺す用のL字プラグが多くなって来たので、破損事故は減っていますね。冷蔵庫などのプラグはほとんどL字タイプですね。 壁コンセントに差した時にコードが壁面に添うので、邪魔になりません。 それに…」
「それに?」
「コードを引っ張っても力が横向きに働くので、プラグは抜けません。コードを引っ張ってプラグを外そうとする不心得者がいなくなります。」
以前、それでスライダックのプラグを壊した田中がそっぽを向いて居心地悪そうにしている。安野がニヤニヤしながら応える。
「教育上よろしいですね。」
技官の人が答える。
「はい、でもね、デメリットもありますよ。プラグとコードが一体化しているから、プラグが壊れたり劣化した時に、プラグだけ交換できません。また、多口のテーブルタップに差し込むと、平面方向にコードが伸びるので、かさばります。でも、かさばる方が、たこ足配線が目立つので良いかもしれませんね。」
技官の人はニヤッと嗤って、タコ足でハリネズミのようになっている机の上の7つ口の電源タップを見やった。今度は安野が肩をすくめ、目を逸らした。




