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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
022−電源コード 全5話
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022−電源コード 4 <床掃除>


 「怪我はないか?」

と安野は怒鳴り、院生君とともに実験室の発災現場へ向かった。


 発災現場では院生の麻生がタップダンスを踊っていた。

 「ゥワッチョ〜!」

と叫んでいたのは麻生だった。

 その近くで4年生の松本がおびえた目でそのダンスを見ていた。

 《なんだ、このカオスは…》


 一瞬、安野には何が起きたのかわからなかった。安野と一緒に現場に駆けつけた院生君は安野の後ろでプリントを持ったまま呆然としている。


 片面ドラフト(局所排気設備)と中央実験台の間の通路の床にはオイルバスが転がっていた。そしてオイルバスの油が床一面に撒き散らされていた。タップダンスを踊る麻生のズボンの片足が油まみれになっている。


 「すぐに水道で冷やせ!」

と安野が怒鳴ると、院生君がハッとして麻生を流しに連れて行った。オイルバスの油は麻生の右足だけにかかっていたので、その片足を大きな流しの中に持ち上げ、複数の水道の蛇口から流水をズボンの上からかけた。

 同時に、安野は松本にオイルバスの電源を引っこ抜くように指示した。


 幸いに、オイルバスの設定温度は80℃で、まだ予熱中であったため、それよりも低い温度であった。麻生の脛を10分間流水で冷やした後、ズボンを脱がしたところ、脛の皮膚は少し赤くなっていたけれども水ぶくれはなかった。

 安野はウエスにするために自宅から持って来ていたバスタオルを麻生に渡した。彼はそのバスタオルを東南アジアの民族衣装のサロンのように腰に巻き、院生君の付き添いで大学の保健センターへとぼとぼ歩いて行った。


 「やれやれ。こりゃぁ、後片付けがたいへんだぁ。」

安野は誰に言うでもなく、ため息まじりに呟いた。


 その頃には実験室の他の学生も集まったので、床の油の片付けにかかった。

 「発災者は手をだすな。松本はそこの椅子に座って、片付け作業を見ていろ。せっかくだから、後片付けの手順と方法を実験ノートに記録しておけ。」

片付け作業に加わろうとした松本を、まず制止した。発災者、特に新人君は気が動顛してand/or あわてていて、『やってはダメなこと』をやってしまうおそれがある。だから、発災者に後片付け(トラブルシューティング)をさせてはいけない。二次災害・二次被害の元である。


 「手伝ってくれる人は油でスリップしないように注意しろ。まずウエス(ぼろ布)と、この間DAIS○で買って来た『油取りパッド』で油をまずざっと拭き取れ。この油はシリコンオイルだ。毒性はない。でも、ニトリル手袋をしておけ。」

 「「へ〜い」」

複数の野太い了解の声が応える。


 半時間ほどして、准教授室に引っ込んでいた安野の所に報告が来る。

 「油の拭き取りがほぼおわりました。」

 「ありがとう。実験台の下に染み込んだ油も除去したかな? 実験台の下の引き出しは外して見たか?」

 「もちろんです。」

 「それじゃ、次は仕上げのふきとりだな。」

実験室の床面は耐薬品リノリウム・シート貼りだ。それでも、油で少し膨潤することがある。今回は、アセトンで少し湿らせて、硬く絞ったたキム◎オルで拭き取る方が良いだろう。この床が一般的なビニルタイルにワックス掛けをしたものの場合は、アセトンを使うとワックスが溶けて汚れを黒く溶かし込み、床に黒いシミを作ってしまう。ひどく汚ならしくなる。 …実験室を管理するPI(プリンシパル・インベスティゲーター)は床材の表面に関係する知識も持っていなくてはならない。油を完全に除去したら、最後に、新聞紙で擦(こす)って、油の除去を完了した。新聞紙で擦ったあとの床面はつやが違う。ワックス掛けしたようにツルツルの光沢を持つようになる。これは俗にいう『おばあちゃんの知恵』だな。


 「おっと。靴の裏の油もよく落としておけよ。せっかく床を奇麗にしたんだ。底を油で汚さないように な。」

 「「へ〜い」」


 うちの院生はたくましい。しかも頼りになる。片付け作業も嫌がらずにやってくれる。 これは、彼らが過去に同じように失敗をし、その頃の先輩に助けてもらい、高い経験値を獲得したからだ。 『いつか来た道』だな。研究室の醍醐味だな。


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