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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
020-金属ナトリウム 全4話
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020-金属ナトリウム 4 <NaK>


 山本君は考えた。《どうしたら短時間でジオキサンを超脱水溶媒に出来るだろうか?》 どこまでもタイパにこだわる山本君だ。そのタイパにこだわる姿勢は悪くないし、問題を解決しようとする姿勢はこのましい。…でも、そこはPIの安野先生の知を知恵を借りるべきだった。


 山本君は別の研究室の同級生の横山君から良い情報を手に入れた。

 「山本君。そのジオキサンの突沸の問題は、急激に反応が進んだことがいけなかったんだろう? ならば、最初から水に対して極めて活性なアルカリ金属を使えば、反応はコントロールできるんじゃないかな。」

 「横山君よぅ。でもさ、加熱中に突然活性化しないようにするにはどうするんだい?」

 「簡単だよ。固体のナトリウムだから、融点の溶融で突然活性化するんだろ? なら、最初から液体のナトリウムを使えば良い。そこへゆっくりとそのジオキサンとかいうエーテルを入れていけば、入れる速度で水素の発生をコントロールできるだろ?」

 「なるほど? でも、液体のナトリウムって…」

 「ナトリウムアマルガム(Naと水銀の合金)は液体になるよ。」

 「水銀は毒性が怖いなあ。」

 「そこで日和るか…。なら少々反応性が高くなるけど、NaKナックはどうかな?」

 「ナック? 何それ?」

 「ナトリウム−カリウム合金だよ。合金の比率によるけど、室温で液体になる。だから、まずNaKを調製し、そこへそのジオキサンを徐々に入れていけば、入れたジオキサンに含まれている水分だけ反応して、その加える速度で脱水反応をコントロールできるよ。」

 「なるほど? でも、そのNaK表面が脱水反応による分解物で覆われてしまったら、また、突然反応する状態になるんじゃないの?」

 「いや。NaKは金属だから、その酸化物は金属内から放り出され手、表面を覆わないよ。それに、スターラーで撹拌すれば、出来た塩は蹴散らされて、水銀のようにNaKがきらきらと常に金属面を露出するよ。」

 「へえ? それは都合が良いね。」

 「でも、水分ともむちゃくちゃ反応するから、取り扱いには注意が必用かな? 反応性はナトリウムよりも高いよ。」

 「とりあえず1回使ってみるよ。 ところで、使い終わったNaKはどうやって処理するの?」

 「アルコールで潰すんだけど、コツがあるんだ。来週、僕の使ったNaKを処理するから、その時、見においで。」

 「わかった。よろしく。」

 山本君はNaKの作り方のレシピを手に入れた。


 フラスコの中に金属ナトリウムと金属カリウムを入れて、そのフラスコを暖めると、金属が融けてNaK合金が出来上がった。

 「なるほど。水銀みたいな液体だな。」

山本君はニヤッと笑った。

 そして、そこにプレ・ドライのジオキサンを慎重に入れていった。

 ジオキサンを入れると、入れただけ水素が発生し、やや黄色のモラモラが発生した。でも、途中で止めるわけにはいかないので、す少しずつ少しずつジオキサンを足していった。やがて目標量のジオキサンを入れたところ、モラモラの底に金属のNaKが見える状態になった。

 このフラスコにクライゼン蒸留ヘッドを付けて、アルゴン気流下で蒸留し、見事に超脱水ジオキサンを手に入れた。即にこのジオキサンを使って目的の実験を行い、予定意通りの結果を得た。 めでたしめでたし。


 カマ残の少量のジオキサンに覆われた液体状態のギラギラ光るNaK合金と黄色のモラモラの酸化物のフラスコに、グリースを塗った玉栓を差してケッククリっプで玉栓を固定し、さらにパラフィルムをぐるぐる巻いて密封した。そして、そのフラスコをクランプでアングルに固定した。



 翌日の新聞で、Y君が実験中の事故で火災を起こし、大やけどをしたことを知った。

 急いで大学へ行くと、Y君は予想通り横田君であり、NaKをアルコールで潰している時に発火し、慌ててそのアルコール溶液をズボンにかけてしまい、引火して大やけどを負ったとのことであった。


 アングルに固定されているNaK入りのフラスコを見ながら

 「どうしよう? これ。」

と山本君は絶望した顔で呟いた。


  ♫ ♫ ♫ ♫ ♫

  ♫ ♫ ♫ ♫ ♫


 それから5年後、安野は他大学に移るために研究室の廃棄物を処理していた。

 ドラフトの下の配管スペースの片隅にビニールテープで厳重に包まれた金属缶の中に入れられたNaK入りのフラスコを見つけた。フラスコは強アルカリで失透しかけていた。玉栓はアルカリで完全に固着しており、外すことは出来そうにない。処理するためにはフラスコを割らなければならないだろう。


 フラスコにはられたシールには、『中身はジオキサンと「泣っく子も黙る」NaKです。ごめんなさい、処分をよろしくお願いします。』と記載されていた。


 その金属缶にはいっているNaK入りのフラスコを見ながら

 「どうしよう? これ。」

と安野は絶望した顔で呟いた。



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