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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
019-実験室の扉 全2話 +1話
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019-実験室の扉 閑話-011 爆発 <学生時代の安野のトラウマ>


 まだ、安野が博士後期課程の大学院生の頃、研究室で爆発があった。ナトリウム・ケチルで乾燥させていたTHF(テトラヒドロフラン:エーテル系溶媒)の加熱還流中に水が混入し、爆発を起こした。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 その日、ヤング安野は発災現場の廊下を挟んで向かい側の部屋で真空ライン作業をしていた。何本目かの反応器内の溶媒をフリーズ&ソー法で真空脱気してから、真空ラインとの接続部のガラス管をハンドバーナーで焼き封じ切る作業中であった。


 そのとき、轟音が響いた。


 突然向かいの部屋の扉の上の天窓の枠が、安野の作業していた部屋の扉の上の天窓を突き破り、中央実験台上に組まれた鉄パイプのアングルに引っかかり、ガラガラと回り、ガラスを撒き散らしながら机の上の実験器具をなぎ倒していった。

 目の前の惨事を頭が認識できない。安野はその光景を何か不思議なものを見る目で見ていた。実験室の廊下側の扉を見ると、窓ガラスがオレンジ色の炎を映していた。

 

 安野は実験室の扉付近に置かれていた炭酸消火器を掴むと、廊下に飛び出した。廊下はガラスの破片だらけだった。向かいの部屋の扉のガラスは割れてなかったが、チェック柄の波ガラスはまだ室内の炎のオレンジ色を映していた。

 扉の向こうに誰かがいる。安野はドアの金属の握り玉を掴んだ。少し熱くなっている。そして右に回したが、びくとも動かない。ヤバい。後輩の丸焼きが出来てしまう。内開きの扉は部屋の中から破ることが出来ない。


 「どけ! 蹴破る!」

安野は怒鳴った。その瞬間、ドアの握り玉が突然に回り、扉が開いた。


 バカバカしいことに、室内にいた後輩も握り玉を力一杯で右に回していた。そのため、力が拮抗し、お互いに握り玉を回すことが出来なくなっていた。おまけに彼は内開きの扉を外に向かって押し開けようとしていた。後で考えると、《ドリフか吉本のギャグかっ!》と思うけど。その時は二人とも必死だった。


 部屋に飛び込んだ安野は爆発が入り口すぐ右側のドラフト(局所排気設備)で起こり、まだ燃え続けていることを確認した。直ぐにドラフトの廃棄ファンを止めた。

 炭酸消火器を構え、噴射した。…結局、5Lの炭酸消火器4本でボヤ?は無事に消火できた。ホッとした。 皆の顔の緊張が解けた。

 その時、4回生の学生が廊下に設置されていた粉消火器を部屋に持ち込んだ。

 「待て!」

という安野の制止を無視して、…噴射した。 火は既に消えているのに、噴射されたピンク色の粉は部屋中に充満し、実験室の器具を派手に汚染した。片付けの手間が5倍増しだ。 


 出火の原因は、加熱還流装置の組み立てミスだった。

 発災者の4年生は、マントル・ヒーターに据えられた2Lのナスフラスコ内に金属ナトリウムのワイヤーとベンゾフェノンを一さじ、THFをおおよそ1.8Lで満たした上で、ジムロート冷却管をナスフラスコ上部に据え、ジムロート冷却管の上側に3方コックをつけ、そこに流動パラフィンのバブラーをつないで外気と遮断し、ボンベから窒素ガスをゆっくり流すことで非水、非酸素条件下での加熱乾留を行おうとしたらしい。

 バブラーはプクプクと窒素が流れていることを示していた。ジムロートの冷却水も十分に流れている。マントル・ヒーターにスライダックで調整した電圧を掛け、その4年生は実験装置を観察していた。


 突然、ポンという音がして、ジムロート冷却管の上の三方コックが外れた。

 「アレぇ?」

彼は三方コックを再度据えた。5分後にまた三方コックがポンと飛んだ。

 「ムッキ〜!」

彼は輪ゴムとケック・クリップで三方コックをジムロート冷却管にガチガチに縛り付け固定した。

 それから15分後、三方コックは縛り付けられたジムロート冷却管を伴い、宙に舞った。落下したジムロート冷却管は割れ、流していた冷却水がナスフラスコ中に流れ込み、金属ナトリウムと反応し、大量の水素と熱を発生し、爆発した。

 発災現場に落ちていた三方コックはバブラーと窒素inlet側はつながっていたが、肝心なナスフラスコ側は閉じた状態だった。ナスフラスコ側の加熱還流は閉鎖系になっており、加熱されて内圧が上がり、三方コックが飛んだと思われた。アホやなあ。


 それでも被害は最小ですんだ…のかな?

 ガチャンと言うガラスの破砕音を聞いた同室の先輩学生が、ドラフト前にいた2人の4回生の頭を抑えたため、その2人は火傷を免れた。しかし、押さえ込んだ先輩は反動で上半身を爆炎の中にさらすことになり、…フランベされた。髪の毛はチリチリになり、顔は…逆パンダになっていた。幸いに、彼は『炎を吸い込んだら危ない』トいうことを知っていたために、息を止め、目をつぶり、それに安全眼鏡をしていたので、気道熱傷を免れた。それでも、鼻の穴を閉じることは出来なかったため、鼻毛が少し焦げていた。顔の皮膚の火傷と気道熱傷の可能性があったので、経過観察のために一晩入院した。

 今なら大事故として新聞沙汰だったが、…事故はおおやけにならなかった。

 昭和の大学っ、怖っ!


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 それは安野の経験した最大級の爆発だった。その経験は発災時の対応や対策に関して大きな学びになった。それと同時に安野のトラウマにもなった。


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