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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
025 点呼 全2話+3話
102/105

025 点呼 1 <地震発生>



 今日の2限は『有機化学2』の講義だ。パワーポイントのスクリーンにはベンゼン環を持つ化合物が何種類も描かれている。

 「え〜、トいうわけで、6員環に6個のπ電子がある場合、(4n+2)π則を満たすので、このシステムに入る6個の電子は、通常よりもエネルギー的に安定化します。次のスライドの軌道エネルギー準位図で説明できます。このことは、ベンゼン環の炭素-炭素結合の次数はエネルギー的にはそれぞれ1.67次であることを意味します。ヴァレンス・ボンド的には1.5次ですが、それよりも強い結合になります。」


 安野がパワポを次のスライドにした瞬間、突然、教室中に携帯電話の警告音が響き渡った。

 『ホエホエホエ 地震です。ホエホエホエ 地震です。』

何人かの学生が机の上に伏せていたスマホを手に取った。その瞬間に、ガタガタと縦揺れが襲った。

《スマホの緊急地震速報の警報音は、何か間抜けだな。》

とまだこのときはのんびりしていた。

 「おっつ、これは大きいな! みんな頭を守れ! 机の下に潜れ!」

と言う指示とほぼ同時にゆさゆさと横揺れが来た。最初の揺れがだんだん大きくなる。

 「「ウワー!」」

と野太い悲鳴が聞こえる。女子学生は

 「何?何?」

 「地震よね? 大きいわよね?」

と、いささか緊張感の欠けたおしゃべりをしている。何人かの男子学生がボーッとしている。机に突っ伏している学生が、

 「何だよ!揺らすなよ!」

と隣の席に座る学生に文句を言っている。この状態で居眠りを続けられる彼は、間違いなく大物だ。


 揺れは結構大きい。天井から吊り下げられているプロジェクターが大きく揺れる。つり下げ具の周りの天井石膏ボードがコジられてパラパラと白い粉を落としている。

 「はい!プロジェクター直下の人は横にずれろ。落下するかもしれん。」

ぼけっとしていた学生が慌てて机の下にしゃがみ込む。


 その後、30秒ほどして最初の大きな揺れがおさまる。でも、まだ地面が揺れている気がする。安野が天井を見ると、天井ボードが明らかに外れかけている。落ちて来たら怪我をする。

 「はい! 貴重品とパソコンを鞄に詰めてから、頭の上に乗せて、避難準備。」

その間に安野は廊下に出て、中央階段が無事なことを確認した。

 「それでは余震が来る前に、グリーンベルトに避難する。鞄で頭を守れ。講義は中断だ、点呼簿は今どこを廻っている?」

 「皆、書き終えてます。」

教室の橋の方の最前列の学生が答える。

 「避難場所は1号館前のグリーンベルトだ。よし。君はその点呼簿を持って避難しろ。グリーンベルトに居る事務のお姉さんに渡して、点呼を行なってもらえ。皆、勝手に帰るなよ?」

館内放送がグリーンベルトへの避難指示を行う中、学生は避難を開始した。


 点呼簿は災害時などに点呼を取るために、安野の講義を受けている学生が、自分の学生番号の欄にサインする名簿だ。電子出席システムは災害時に停電すると使えなくなるので、安野は『紙とペン』の点呼簿を毎回講義時に回す。


 しばらくして、最後の学生が部屋を出た。その瞬間、『パン』と弾ける音がして、天井の石膏ボードが1枚、ぶら下がって来た。

 《危ぶねえ 〜》

安野はホコリの舞う教室で逃げ遅れた者が居ないか、机の下を覗き、全員の教室からの退避を確認し、字分もノートパソコンで頭を守って教室から避難した。


 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 避難先のグリーンベルトの噴水の傍には、『本部』と書かれたのぼり旗がたてられ。そこに、工学部1号館の教員職員学生が集まり、整列していた。よしよし。避難訓練の成果が出ている。

 安野はまず、『有機化学』の講義を受けていた2年生のグループに駆け寄り、そこで、点呼を行っていた教務係の事務のお姉さんに声を掛けた。

 「どないですか。」

 「もう少しで点呼が終わります。先生は本部に状況を報告して下さい。」

 「了解。」

安野は本部ののぼり旗のところに駆け寄り、学部長に報告を始めた。


 「第3講義室の学生の退去を完了しました。今、点呼中です。教室の天井板が外れかかっていますので、再入室は危険です。」

学部長の横に立っているお兄さんが報告をメモしている。

 「他の部屋はどうですか?」

ッと言う安野の問いにその事務のお兄さんが答えた。

 「建物そのものは大丈夫そうですが、内装が落ちたりしているので、安全を確認するまでは戻らないようにしてください。」

 「これから日が落ちると寒くなりますね。」

 「やむを得ません。安全第一です。」


 安野は『有機化学』受講者のグループに戻った。

 女子学生が駆け寄って来た。

 「先生、上着を取りに戻っても良いですか?」

 「ダメです。建物の安全確認が終わるまでは戻れません。」

 「え〜っ。いつ頃ですか?」

 「わかりません。今日中に戻れるかどうか…点呼は済ましましたか?」

 「はい。…どうしてもダメですか?」

彼女は点呼を続けている事務のお姉さんの方を見やった。。

 「ダメです。小学校で『おはしも』は習ったでしょう? 押さない、走らない、喋らない、戻らない、です。 建物の安全が確認されるまでは入館できません。 それに。」

 「それに?」

 「教室の天井板が外れかけていました。余震で落っこちてくるかもしれません。」


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