024 夏の研究室 4 <夏の停電>
吉備大学北キャンパスの電源は山奥の変電所から、一般の送電線とは別系統の送電線で送られてくる。その送電線は北キャンパスのほぼ中央、東西道路の二面したコンクリート作りの要塞のような3階建ての受電設備に接続されている。
この受電設備には地域電力会社と電気保安協会の2人が常駐し、学内の電力需要をモニターしている。
「今日も暑くなりそうだな。」
「そうですね。今日もギリギリでしょうか?」
「夏休みだというのに…エアコンが普及したおかげで電力需要が大きくなったなあ。」
「それもですが、今日は落雷がありそうですよ。」
「そりゃ怖いな。この間の『ヘビの黒焼き』停電みたいに復旧に時間がかかると、また文句を言われる。」
「まあ、雷さんに祈っておきましょうか。」
「それと、市街地向けからの送電を受け入れる準備も行っておくか。」
「なんですか、イヤな予感でもするんですか?」
「う〜ん。むしろ『アツモノに懲りてナマスを吹く』かな?」
「アハハハハ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「なんだか、イヤな予感がする。」
准教授室の机に突っ伏した安野がぼそっと呟く。
部屋で本を読むふりをして涼んでいた院生君が露骨にイヤな顔をする。
「また先生のイヤな予感、ですか? 先生のイヤな予感はそこそこ当たるからなあ。」
「なあ、院生君。今日は皆早帰りできるように注意喚起しておいてくれ。」
「ハイハイ。わかりました。でも、みんな締め切り前で殺気立っているから、無駄でしょうね。」
院生君は思い腰を上げて、学生居室へと向かった。
学生居室のホワイトボードに院生君は
『トラブル注意報!
イヤな予感がするから、本日はさっさと帰るように!
無駄な居残りをしないように。 安野』
と黒のペンで書き込んだ。その書き込みを読んで、4年生が頭の上に大きな『?(クエスチョン・マーク)』を浮かべる。
「先輩。それ何ですか?」
「トラブル注意報だな。」
「トラブル注意報?」
「そう。安野先生が『イヤな予感がする』って言ってたんだよ。」
「ふぅ〜ん? あの人予知能力があるんですか?」
「たぶんないけど、まあ、朝のテレビの占いみたいなもんだな。」
「何が起るんでしょうねえ?」
「それがわかるなら、先生は占い師に転職してるよ。その方が儲かりそうだ。」
「そう言えば、甲子園、今日の午後の第3試合は地元吉備の高校ですね。どっちが勝つか、先生に占ってもらいましょうか?」
「ア・ホ かっ!」
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受電設備棟の3階、コントロールパネルの前で、電力会社の社員さんと電気保安協会のおっさんが、二人して深刻そうな顔をしている。電力会社の社員さんが本社からの電話を受けている。
「はい。…はい。強い(シビアな)雷雲が県北で発生ですか。祈るしかないですね。」
受話器を置いて、電力会社社員さんはため息をつく。
「…ということだそうだ。落雷停電があるかもしれないな。」
「イヤですねえ。停電はそれ自身より、復帰時の突入電流の制御が難しいですね。瞬停(瞬間停電)の場合は特に突入(再通電)の影響が制御装置の負担になりますからねえ。」
「そうだねぇ。やっぱ祈るしかないか。大学本部設備課の鈴木さんに連絡しておこうかな。」
「あとは、安全の方に出向している橋本さんにも連絡しておきましょう。停電への備えとして、エレベーターの使用制限をアナウンスしてもらいましょう。」
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「橋本さん? 何? 停電の恐れ? 県北でシビアな雷雲? なるほど。じゃあ、各学部の事務に『それとなく』停電の準備をお知らせしておきませんか。具体的にはエレベーターの使用制限といざという時の救出準備かな? 後は研究支援センターの大型装置の準備ですね。瞬停では対応できないけど、再通電時の起動電流?ああ、突入電流って呼ぶんですか。それが受電の制御装置に大きな負担になるだろうから。 …はい。なるほど。…はい。さすが橋本さん。もう手を回していますか。後は、各学部への連絡手段の確保ですね。…はい。そうですね。よろしく願いします。」
大学本部の安全の橋本さんからの電話の受話器を置いて、安野はため息をついた。
《イヤな予感が当たりそうだな》
安野は、学生への注意喚起のために、学生居室に向かった。
そして、学生居室のホワイトボードの文言を『停電注意、エレベーター使用禁止』に書き換えた。
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吉備市内は晴れており、雷の予兆は見られない。だから、一部の者を除き、落雷停電に対して油断していた。
学生居室ではラジオは甲子園の中継を流していた。いつもは許していないラ氷魚だけど。今日は地元の高校の試合の間だけ許している。安野は苦笑しているが、試合の行方が気になるので、学生居室の特等席に陣取っている。
ラジオは時折、ガリッ、ガリッと言う雷ノイズを拾っていた。
「さあ、8回裏の攻で2アウト2,3塁のチャンスだ。」
そう言った瞬間、特大のノイズが入って、ラジオが沈黙した。
「あれ?音が消えた? 蛍光灯も消えた。」
「まってまって、今良いとこだったのに。」
松本らの間抜けな声が聞こえる。
キタ!
「停電だ!」
安野が吠える。安野は行動を開始した。
「停電だな。ポンプをとめろ。ガスクロ、ガスマスもすぐ止めろ。実験を中断しろ。エレベーターを使っている奴は居ないだろうな。 確認してこい。」
「先生のイヤな予感。当たりましたね!」
と松本が嬉しそうに言う。
《こいつは本当に困ったちゃんやなあ。》
「喜んでいる場合じゃない。落雷停電だ。」
安野はイラッとして答える。
「でも雷も、雨も振ってませんよ?」
「変電所か送電設備に落ちたんだろう。院生君たち、後は頼めるかな? オレは今から本部に行ってくる。」
「ふぁ〜い。まかされました。」
「電気が復帰しても、すぐにエアコンを付けたりしないように。…イヤな予感がする。」
「先生、止めてください。先生が言うとシャレになりません。言霊が発動します。」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「…きたな。」
「きましたね。」
受電設備棟の3階、コントロールルームで電力会社と電気保安協会のふたりのおっさんがため息をつきながら、互いの顔を見る。部屋の中には『非常口』を示す緑っぽい照明のみが残る。
「本社に電話して状況確認…だな。」
本社に大学停電の状況を報告して、しばらく返答を待つ。この時はまだ心に余裕があった。しかし、本社からの回答を聞いて、おっさんズの顔はこわばった。
「本当かよ!? 『変電所の落雷で変電設備が一部損壊、復旧の目処が立たない』だそうだ。」
「そうすると、吉備市の一般送電からこっちに回すしか手がないですね。」
「そうだな。でも、今日は猛暑日だし、甲子園もかぶっている。現時点で電力予備率は6%を切っているぞ。」
「いよいよ吉備地域に需給逼迫注意報ですか?」
「それは避けたいだろうな。」
「それでも、大学内には節電要請を行わないとダメでしょうね。」
「そうだな。給電再開時期についても相談が必用だな。 …少なくとも甲子園の試合が終わるまでは送電再開できないな。」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
停電は1時間後に解消されたが、完全復旧には1ヶ月近くかかった。




