024 夏の研究室 3 <エアコンの温度温度>
「先生、エアコンの温度設定を下げても良いですか?」
「今、何度に設定されている?」
「え〜と、28℃です。」
「じゃあ、それよりも下げるのはだめだな。」
「どうしてですか? 28℃に意味があるんですか?」
院生君が少しイラッとしながら安野に問う。
「28℃以下に設定していると、設備のおっさんがエアコンを止めにくるぞ?それに、28℃には根拠があるんだな。労働安全衛生法の『事務所則』に事務作業を行う場所の温度の上限は28℃と書かれている。」
「え〜っ。ならなおさらです。この部屋は今32℃はありますよ。 法律違反です。」
「うんとねぇ、法律違反と言えるかどうかは微妙だな。」
「なんでですのん?」
「その法律は『労働者』を対象としている。学生は対象外だ。」
「そんなんありですか?」
「だから微妙と言っているだろぅ。この部屋に居る労働者はオレだけだぁな。それに…」
「それに?」
「オレは労働安全衛生法の対象外なんだよ。」
「先生、さっき、「労働者はオレだけ」って言ってたじゃないですか。なのに労働安全衛生法の対象外だったって、どういう理屈ですか?」
「いやね、オレは、今年度までは国立大学の教員だから『公務員』なんだ(注1)。だから、労働安全衛生法ではなく、『人事院規則』という法令で労働環境については定められているんだ。 技官の人は来年度以降もまだ国家公務員だから、労働安全衛生法の対象外だな。」
院生君は煙に撒かれた。
[注1 2004年に国立大学は大学行政法人化され、それ以降は大学教員の処遇は労働安全衛生法で定められるようになりました。また、当時の安野の認識は一部間違っています。]
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「この分だと、大学から『節電のお願い』が来るな。」
と安野が呟いた。
「節電のお願い?って?」
「エアコンの設定温度を30℃に上げろという『お願い』(命令)だよ。
「はあぁ?」
「うちの大学は電気会社から電気を買っているんだけど、契約電力ってものがあって、それを越えるとペナルティが課せられてしまうんだ。」
「元々の契約電力の枠を大きくしておけば良いんじゃないんですか?」
「それがねえ、基本料金は累進制で、電力枠が大きくなると、単価が高くなるんだ。」
「沢山買うと、単価が高くなるって、おかしくないですか? 普通は沢山買えば単価は安くなるもんですよね。」
「う〜ん。普通とは違うよね。でも電力会社にしてみれば、暑い時、皆が集中して使う時に電力不足で停電を起こすわけにはいかないから、余裕を持たせなくちゃ行けない。だから、発電設備や変電設備の増強をしなくちゃならないんだ。電気はためておくことは出来ないから、使わない時にためておいて使用集中時にそれを放出、ってことが出来ないんだよ。だから、契約電力が大きなところは、その設備増強分だけお金を出せ、ということかな。」
などと駄弁っていると、非常放送用のスピーカから
『ただいま、契約電力の上限に達しかけています。人の居ない部屋の電灯やエアコンを切ってください。エアコンの設定温度を30℃に変更してください。』
というアナウンスがながれた。
「ほぉら、来ちゃった。」
安野はげんなりとした顔で部屋の電灯を消し、薄暗くなった部屋のエアコンの温度設定を29℃に上げた..
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冷たい飲み物で一息ついていた学生居室で院生君が提案をした。
「今から暑いと言ったら罰金なっ! 罰金を貯めて、冷たい飲み物を買おう!」
彼は金属缶の貯金箱を振ってじゃらじゃらいわせている。
「え〜っ? 何の我慢大会?」
「『暑い』って言わなきゃ良いんだよ。誰かが暑いって言うと『暑い』が伝染するだろう。1回言ったら罰金100円な。」
いかにも良い提案を言ったと言う風に院生君はニコニコしている。
「あ”〜!暑”い”(あ”つ”い”)。あ”じ〜」
4年生が茶化すように言う。
「『あ”つ”い”』も『あ”じ〜』も禁止。」
会話がバカっぽくなって来た。
「あじ〜ふらい?」
「あじ”…リジン?」(注:アジリジンは窒素を含む3員環有機化合物群の総称)
「あじ”…化ナトリウム?」(注:NaN3のこと、毒物です。車のエアバックに使われています。)
4年生に揶揄われて、院生君がイライラし始めた。
そこへ部屋の奥で学生とディスカッションをしていた安野の間抜けな声がかかった。
「お〜い、片山君。そこの棚の、例の論文の参考文献のぶ厚いファイルを取ってくれ。 それじゃない。 そうそれ。そのぶ厚い奴。」
片山君がファイルを持ってくる前に、松本君がニコニコしながら安野のところに金属缶の貯金箱を持って来た。
「はい、先生。罰金200円です。」
松本君の後ろで院生君が少し慌てていた。




