降臨、満を持して その1
「人間が『厄災』と呼んだ者。即ち我である」
突如として空に現れた巨大な扉。
それが音を立てながらゆっくりと開いていき、どこか西洋の城を思わせる向こう側を露わにした。
そこから舞い降りたのは、人のような外見をした機械仕掛けの人形達。
ツカサはその内の、背中に翼を生やした天使形に見覚えがある。
「……なるほど、機械天使。聞いてはいたがそういうことかよ……」
カシワギ博士がジャスティス白井の使っていたバーバリアンと名付けられたソレをどうしても鹵獲したがっていたのは、この脅威に備える為であったのだ。
そしてそんな天使達を従えるような形でツカサ達を睥睨しているのはおそらく……。
「アンタが噂の機械仕掛けの神ってヤツか?」
ツカサの声の先。黄緑色の服で全身を覆い、外見はほぼ人間に近いながらも、尋常ならざる威圧を振り撒く者。
それこそが真なる脅威。
「そうとも、最新の現人神よ。我こそは機械仕掛けの神、又は恐怖の大王アンゴルモア、又は外なる機神。……人間が付けた名は他にもあったが、我が気に入っているのは『ヤルダバオト』という呼び名だ。短い間だが、我のことはそう呼ぶといい」
大らかなのか単に興味がないのか。アンタ呼ばわりされた機械仕掛けの神:ヤルダバオトは特に気にした様子もなく、空からじっとツカサ達を睥睨している。
「……神様だって? ダークエルダーってのは、あんなのをヒーローに倒させる為に存在してたってのか?」
「ああ、そうだ。……まさかこんなにも早くお出ましになるとは、思ってもみなかったけどな……」
ツカサは腹部を手で押えながら、それでも立ち上がってヤルダバオトを見上げる。
ヤルダバオトの護衛には2m前後のサイズの機械天使が四体。バーバリアンのような汎用人型決戦兵器のような武装やサイズ差はない。
この場の数だけで言えばツカサ達の方が優位とも言える。
(この場で迎撃できるか……? 全力で戦闘した後に戦力未知数の相手を?)
どう考えても無茶だ。しかしピンポイントでこの場に現れたということは……。
「……狙いは俺か? 半神って肩書きはアンタらには都合が悪いらしいな」
この場にいる人物として重要度が高いのは間違いなくツカサだ。ブレイヴ・エレメンツも大天使に任命された戦士とはいえ一介のヒーローであり、大精霊ノアは遠縁とはいえ神様の配下。この瞬間を襲う理由にはならない。
「そう、貴様の存在は面倒なのだ。これから我が執り行うのは『神の試練』だというのに、貴様と彼奴がいては思うような試練にならんのでな」
彼奴とは誰だ、と問う前に彼は来た。
「ヤルダバオトォォォォォ!!」
彼方の空から一直線。音速の壁をぶち壊し、雲さえも引きながらやってきたのは……。
「カスティル=シシオウ!?」
それは“最強”の肩書きを持つ偉人の名。
かつて秩父山中で出会った彼が、ヤルダバオトの気配を察知したのか現れたのだ。
彼の拳は天使の内の一体を一撃で粉々にし、勢いを殺さぬままヤルダバオトへと向けられる。
「ふはは、やはり血の気の多いヤツよな。単独では我を仕留めきれぬと分かっていながらそれでも無謀な戦いを挑むか」
しかし、その拳もヤルダバオトには届かない。直前で何やらシールドのような膜が中間に発生し、拳を受け止めたのだ。
そしてその膜はカスティルの全身を覆うように拡がり、その様子を見たカスティルは逃げようとしたが、残った天使の内一体がカスティルへと組み付き、そのまま膜へと呑まれた。
天使は即座に粉々にされたものの、膜の破壊にはかの“最強”すらも手間取っている。
「……我の最新技術すら時間稼ぎにしかならんのが腹立たしいが、とにかくこれでやっとルールの説明が行える。おっと、動くなよ現人神。貴様らが行動に移るより、我らがそこの女共を害する方が早い」
シールド発生装置を取り出そうとした刹那、ヤルダバオトに勘付かれて釘を刺された。
カスティルに意識を向けたままツカサにも注意を配っているとは、流石は神の一柱と言ったところか。
いや感心している場合じゃないのだけれど。
(ルールの説明と言うからには今すぐ殺されるようなことはないのだろうけど……。せめてカレン達だけでも逃がせれば……)
カゲトラがほぼ無傷で残っているのが不幸中の幸いである。彼ならば上手いことカレン達を逃がしてくれるだろう。
問題はそれだけの隙をどうやって作るかだ。
「さて……」
ヤルダバオトは機械神だというのに、わざわざ喉の調子を確かめるような動作を行う。そして自らの前に幾つもの投射スクリーンを映し出し、
「傾聴せよ、全人類」
そう宣った。
◇
傾聴せよ、全人類。
我はデウス・エクス・マキナ。歴史を修正する神である。
我はかつて1999年7月、この地に舞い降りて『とある一件』について是非を問うつもりでいた。
しかしその場では人類の代表者が総力を上げて我を撃退せしめた故、敬意を持って時期を遅らせたのだ。
そして今、その時が来た。
改めて問おう、全人類。
──お前達の歴史に、『超人』は必要か?
そう、ヒーローだ。この括りには怪人や超越者、異世界人などの『かつてファンタジーと呼んでいた者達』を含む。
……我はかねてより、この世界の歴史に疑問を持っていた。
“人類は皆平等であるべし”。多少の個体差こそあれど、これがこの世界を作った創造神の思想であった。
だが、今はどうだ?
理不尽なまでの暴力を持つ者達に支配され、ただ従順である事を求められる者。貴様らに罪はないというのに、生まれから上下関係を決められ、抗う手段すら存在しない。
そんな不平等が今のこの歴史である。
貴様達は知らぬだろう、ヒーローのような超人のいない世界を。
貴様達は求めただろう、悪が蔓延らぬ世界を。
そんな世界を実現する為に、我ははるばるやってきた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【その声は世界中、全ての人類の耳元に響く。
或いは仕事中、或いは夢の中で。
ありとあらゆる言語に変換されたその演説は、『聴かない』という選択肢を完全に拒む】
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
我は機械仕掛けの神。物語をリセットする者。終末を導く者。
我のチカラを使えば世界は全てをやり直せる。
ヒーローも悪の組織も、全てがフィクションでしかない、そんな世界へと我が誘おう。
ただ、このチカラを使えば貴様らの歴史は全て振り出しに戻る。
……具体的に言ってやろう。貴様ら人類がバベルの塔を建築し、神の怒りを買ったあの時間まで時を戻す。
その時に人類から『超越者が生まれる可能性』を摘み取り、正しい歴史を歩ませるのだ。
……理解できたか?
今の貴様らは消え、新たな人類が新しく一歩を踏み出す。
それが我の提唱する新世界である。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【あまりに横暴、あまりに傲慢。
今まで積み上げた人類史を創世記まで巻き戻し、新たに積み上げ直せと、そう宣うのだ。
それを人類が提唱したのであれば、ひとしきり笑った後に極刑にでも課せばその話は終わる。
だがこの話を持ち出したのは人類の上位者である神様だ。
誰彼にとって異教の邪神であろうと、降臨せしめた者を『ありえない』と否定することはできない】
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
……だが、これだけでは今の人類に説明した意味はないと思うだろう?
我にそれを成せる力があるのだから、黙って勝手にやればいい。そうすれば知らずに全てを終えることができたのに、と。
説明したのにはきちんとした理由がある。
何故ならば我は貴様ら現人類にも優しいからだ。
故に、ここからは試練の時間だ。ゲームと言い換えてもいい。
やることは単純。我が用意した世界再生の塔を世界各国の人口密集地付近に落とす。それも一国に付き三本だ、気前が良かろう?
貴様らはこの塔を登り、最上階に設置してある再生装置を止めるだけでいい。どれかひとつでも停止させられれば貴様らの存続を赦そう。
逆に言えば、止めることができなければ歴史は修正される。その時になったら貴様らに抵抗の余地はない。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【その言葉が終わると同時に、天空に巨大な門が出現し分厚い扉が開かれる。
そこから落とされたのは全長300mはあろうかという巨大な白亜の塔。そして……】
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無論、我も黙って見ているわけではない。
我が配下である機械天使を総動員し守護に当たらせる。
また、この黒の塔『ディスペア・ピラー』を破壊しないかぎり、ヒーロー達の助力は得られんと思え。
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【白亜の塔の周囲数km圏内に、5本の大きな角のような塔が地面から生えた。
それは白亜の塔と比べると細く、頼りないようにも見える。その効果とは……】
◇
「うっ……! うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
突然、日向 陽が叫び声を上げた。
ツカサが何事かと振り返れば、そこには己を抱き締めるように怯える日向や瞳孔が開いたまま髪を掻きむしる水鏡 美月、そして互いに抱き合って蹲るカレンと土浦 楓の姿。
「ど、どうしたみんな!? 何をされた!?」
ツカサがいくら呼び掛けても、彼女達は何かに怯え慄くばかり。
「『ディスペア・ピラー』はヒーロー達の活動を抑制する。……具体的に言えば、ヒーローが持つ戦う為の意志や勇気というモノを全て“恐怖”の感情へと置換するのだ」
ヤルダバオトはそう語り、ツカサにも見えるように複数のスクリーンを投射する。
そこには日向達と同じように怯え苦しむヒーロー達の姿が映し出されていた。
「この根源的恐怖を抱えたまま活動できる人類はいない。もしも人類の未来をヒーローに委ねたいというのならば、まずは力無き一般市民の手で彼らを救出してみせるがいい。各国の『ディスペア・タワー』の内三本でも破壊できれば、この恐怖から彼らを解放できよう」
それがヤルダバオトの言う試練。世界を存続させたければ、人任せにせず自ら勝ち取れと、そう言いたいようだ。
誰に? 無論、今までは守られているばかりだった一般市民達に。
「無茶を言う……!」
白亜の塔が落とされた門から雪のように零れ落ちてくる機械天使達。天空を、そして地上を覆わんとするその数を相手に、ヒーローなしに立ち向かえというのか。
「期限は日本時間の12月25日午前0時。日付が変わる前に停めねば、貴様らの歴史は闇に消える。聖人の誕生祭と合わせてやったのだ、我に感謝するといい」
わざわざクリスマスに合わせてやったのだと、ヤルダバオトはいう。
それはあまりにも不要な配慮だが、時間的猶予をもらえるのは素直に有り難い。
(今日は21日。イヴを含めてあと4日ある……)
たった4日で人類の足並みが揃うかは賭けになるが、少なくとも今すぐにどうこうという心配はなさそうだ。
「それでは全人類、相対者ながら健闘を祈るぞ」
ヤルダバオトはそう言ってスクリーンを落とす。
そして「ふぅ……」と一息ついて。
「それではイレギュラー、貴様達を排除させてもらう」
そう言って膜ごとカスティルをツカサへと投げ付けてきた。
「くっ……おおおおお!」
ツカサが慌ててシールドを張った瞬間、膜がシールドへとぶち当たって双方共にハジケとぶ。
それなりの強度を誇るはずのシールドが一撃とは……。
「だぁぁぁっ! クソがッ! 前に戦った時より厄介だなアイツ……」
結構な速度で飛ばされてきた筈のカスティルだが、平然とした様子で立ち上がりヤルダバオトを睨めつける。
流石は最強と名高い人物だ、頑丈さも並ではない。
「オイ、ツカサって言ったか? カシワギから話を聞いてるなら手を貸せ。この状況で動けるのは俺とお前くらいなもんだ、生きて帰りたきゃ死ぬ気で戦え」
「……ええ、分かってますよ………」
どの道目を付けられているのだ。逃げ回るような場所もない。
負傷していたって、戦うしかないのだ。
「やってやろうじゃあないの……!」
恐怖によって動けぬ日向達を背に、ツカサは今こそと“最強”と並び立った。
〇ヤルダバオトのゲームルール
・白亜の塔にある『世界再生装置』を停めれば世界は存続できる
・停められなければ世界はリセット
・白亜の塔は一国につき3本。全て各国の人口密集地付近に投下されている
・周囲には黒い角『ディスペア・ピラー』が5本(各国に計15本あり、3本も破壊できれば国内のヒーローが動けるようになる)
・期限は日本時間の12/25午前0時。つまりクリスマスイブまでに決着を付けなければならない
※特例として現人神とシシオウの血族は盤面より退場させる。この二人がいるだけで簡単に盤面がひっくり返させる為。




