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交差する三手目

夕暮れの橙色から群青色へと移り変わる街並みを眺めるとき、僕は今でも胸の奥がキュッと締め付けられるような、あのみじめな苦しさを思い出す。

1年目の初夏。期末テストの足音が近づく中で訪れた休日と、その後の勉強会。

当時の僕は、秋葉への「執着」を膨らませ、それを恋だと疑わなかった。

そして春華は、僕のその独占欲の矛先が自分ではなく秋葉に向いていることに気づきながらも、誰の秘密も壊さないよう、たった一人で微笑み続けていた。

あの街への買い出しも、僕たちの絆を補強するための手のはずが、盤面を崩壊へ導く悪手だったのだ。


「ねえ冬馬、テスト前にみんなでノート揃えに行かない? 日曜日に駅前の大型文具店!」

クラスの休み時間、秋葉が提案したその企画に、ぼくも春華も夏樹も二つ返事で賛成した。

中学時代から何度もくり返してきた、いつもの4人での買い出し。……のはずだった。

日曜日、賑わう駅前商店街。

いざ文具店に入ると、それぞれの目的の売り場へ向かう中で、自然とペアが分かれた。

「夏樹、あんた赤点取ったら補習で部活出られなくなるんだからね! ほら、この参考書買いなさいよ!」

「げっ、秋葉お前マジで厳しいな……。ちょっと待てよ、俺はこっちの要点まとめの方が……」

画材やノートのコーナーで、夏樹の首根っこを掴む勢いで世話を焼く秋葉。夏樹は「うるさいな」と嫌がりつつも、どこか嬉しそうに照れくさそうに笑っている。


秋葉が夏樹に強く当たるのは、夏樹がずっと春華を見つめていることに傷ついているからであり、それでも一途に彼を想っているからこそ出てしまう甘えであり、抵抗だった。

そして夏樹がそれを受け入れているのは、中学時代に春華に告白し撃沈した自分を、変わらず対等に扱ってくれる秋葉に救われているからだ。

二人の間には、長い間培われた固有の「熱量」があった。


(……なんであんなに距離が近いんだよ)

文具店の通路の陰から、二人のやり取りを見つめていたぼくの胸の中に、ドロリとした黒い感情が湧き上がった。 あの日、居残り作業でぼくに見せた秋葉の儚げな笑顔。

それが、夏樹の前ではいつものサバサバとした、けれどどこか距離の近い表情に上書きされている。

それが猛烈に面白くなかった。

(秋葉は、ぼくといる時の方が素を見せてくれてるんじゃないのか……?)

自分の幼馴染の存在を忘れたかのような、身勝手な独占欲。

それを「秋葉への恋心」だと解釈したぼくは、苦々しい顔で二人の背中を睨みつけていた。

「……冬馬?」

隣から、掠れたような小さな声が聞こえた。

ハッと振り返ると、シャープペンの芯を選んでいたはずの春華が、ぼくの顔をじっと見つめていた。

その瞳は、ぼくが何を注視し、どんな表情で秋葉と夏樹を見ていたのかを完璧に理解していた。

「あ、いや……夏樹のやつ、また秋葉に小言言われてるなと思ってさ」

「……うん。二人は、昔からああだもんね」

春華は柔らかく微笑んだ。


だが、その笑顔の奥にある光が、すっと消えていくのを僕は見落としていた。

春華は知っていたのだ。

秋葉が夏樹をどれほど一途に想っているかを。

そして、幼馴染である僕が、その秋葉に対して不格好で的外れな「嫉妬」を燃やしていることを。

生まれた時からずっと隣にいて、誰よりも自分を大切にしてくれていたはずの冬馬。

その冬馬が、自分以外の女の子に独占欲を抱き、焦焦と瞳を揺らしている。 ……けれど春華は、「秋葉ちゃんが好きなのは夏樹くんだよ」と教えるわけにはいかなかった。

秋葉との秘密の約束を守るため。

そして何より、僕が秋葉に惹かれているという事実そのものが、春華の心を鋭く削り取っていたから。


買い出しの帰り道、そのままぼくの家で期末テストに向けた4人の勉強会が始まった。

自分の部屋の大きな机を囲み、ノートを広げる。

だが、そこでもぼくの「愚行」は止まらなかった。

「うわー、この数学の証明全然わかんねえ!」

頭を抱える夏樹に、秋葉が呆れ顔で自分のノートを差し出す。

「はあ……本当バカね。ほら、ここはまずこの公式を使って……」

「おっ、サンキュ秋葉! やっぱ頼りになるわ」

並んでノートを覗き込み、距離を縮める二人。

それを見た瞬間、胸のモヤモヤが限界に達したぼくは、不自然な勢いで二人の間に割り込んだ。

「あ、夏樹! そこならぼくが教えるよ。秋葉も自分の勉強あるだろ? ほら、ぼくのノート見なよ!」

「え? あ、うん……サンキュ、冬馬」

強引に割り込んできたぼくに、夏樹は少し驚いたような顔をし、秋葉も「何よ急に」と目を丸くした。

ぼくは夏樹から秋葉を遠ざけるように自分の体を割り込ませ、秋葉の反応をうかがった。

自分の「男らしさ」や「頼りになる姿」を秋葉に見せつけたくて必死だったのだ。

そんなぼくの浅はかなマウンティングと割り込みを、春華は部屋の隅で静かに見つめていた。

膝の上にテキストを広げたまま、春華はぼくの行動のすべてを見ていた。

自分には見せたこともないような焦燥感と独占欲を露わにし、秋葉と夏樹の間に割り込んでいくぼくの姿を。

ぼくと目が合った瞬間、春華は責めるでもなく、怒るでもなく、ただ哀しげに目を伏せた。

その瞳には、諦めと、言葉にできない切なさが深く深く満ちていた。

「……春華? どうした、気分でも悪いのか?」

ぼくが慌てて声をかけると、春華はすぐにいつもの優しい幼馴染の顔を作って、静かに首を振った。

「ううん、なんでもないよ。冬馬は……優しいね。秋葉ちゃんたちのこと、よく見てあげてて」


「優しい」。 その言葉が、当時の僕にはなぜか誇らしく聞こえてしまったのだ。

自分の愚かさに酔い、春華の胸を引き裂いていることにも気づかずに。

全員が同じ部屋にいて、全員が互いを「大切な親友」だと思っている。

けれどその盤上で指された一手一手は、すでに誰も救われない「詰み」へと向かって、着実に駒を進めていた。

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