詰み盤面を超えて僕らは
あの騒がしくも晴れやかな放課後から、数週間が過ぎた。
季節はゆっくりと移り変わり、放課後の教室に差し込む夕陽の角度も、少しだけ傾きを増していた。
2年1組の教室の隅。
いつものように寄り添う4人の姿があった。
「あ、冬馬! その購買の限定パン、また買い占めたでしょ! 私にも一口ちょうだい!」
「ダメ〜。春華はさっき自分のでかいメロンパン食べたろ」
「ケチ! 一口くらい良いでしょ、彼女の特権!」
「へいへい、はいどうぞ。……って、でか! 半分持っていったぞ今!?」
キャーキャーと騒ぎながらパンを分け合う冬馬と春華。
以前のような「踏み込んではいけない領域」を探るようなぎこちなさは微塵もない。
隠すことのない素直な甘えと親密さが、二人の周りにどこまでも自然に漂っていた。
「ったく……相変わらずバカップルだな、お前らは」
隣の席で呆れたように笑う夏樹。
その横で、秋葉がふふっと口元を緩めながら、夏樹の制服の袖をくいっと引いた。
「なに人ごとみたいに言ってるのよ、夏樹。アンタだって昨日『秋葉のお弁当、毎日食べたいな』とか言ってたじゃない」
「〜〜っっ!? お、おい秋葉! なんで今ここでそれ言うんだよ!?」
一瞬で顔をゆでダコのように真っ赤にする夏樹。
すかさず冬馬と春華がニヤニヤ顔で顔を突き出してきた。
「へぇ〜〜〜? 『毎日食べたい』? 夏樹さん、それプロポーズですかぁ〜?」
「夏樹くん、意外とロマンチストなんだねぇ〜!」
「うるせえ!! 煽るな!!!」
真っ赤になって怒鳴る夏樹と、それを楽しそうにいじる3人。
教室に、弾けたような明るい笑い声が響き渡る。
傷つくことを恐れて作った「詰んだままのぬるま湯」は、もうどこにもない。
誰もが自分の本当の気持ちから逃げず、互いの傷も泥臭さも全て受け入れた上で作り直した、新しく、そしてどこまでも愛おしい関係。
ふと、冬馬は窓の外を見やった。 校庭では、後輩の真央が元気に部活動の声を張り上げているのが見えた。
自分の間違いを正し、誰かを一途に想う強さを教えてくれた、誇り高い後輩。
そして、他校の巡四季とも、先日駅前で偶然出くわした。
『君が東山さんを泣かせたら、今度こそ遠慮なく奪いに行くからね』
悔しさを隠さずにそう言って爽やかに去っていったライバル。
外敵たちからの手痛い一撃がなければ、自分たちは今もあの息苦しい箱庭の中で、嘘の平穏を演じ続けていただろう。
(……ありがとな、みんな)
心の中で呟き、冬馬は隣で嬉しそうにパンを頬張る春華の手に、自分の手をそっと重ねた。
春華は少し驚いたように目を丸くした後、嬉しそうにキュッと握り返してきた。
「ねえ、冬馬。今週末、どこか行かない?」
「いいね。どこ行きたい?」
「んー……今度は映画館も水族館もない、普通の公園でゆっくりお散歩が良いな」
「なんだよそれ。……了解」
その会話を聞いていた夏樹と秋葉も、顔を見合わせてクスリと笑った。
盤面の上に並べられた駒たちは、もう詰みを恐れてすくむことはない。
どんなに迷っても、何度失敗しても、自分の手で新しい一手を指し続けていけるのだから。
夕陽に照らされた4人の影が、放課後の床に長く、美しく寄り添うように伸びていた。




