詰み盤面アナザーストーリー
あの日曜日、大型ショッピングモールでの一件から数日が過ぎた、ある放課後。
駅前の賑やかなロータリーから少し離れた、静かな路地裏のカフェ。
西日の差し込むテラス席で、中野真央は一人、冷めきったアイスカフェラテのストローを意味もなくクルクルと回していた。
(……北川先輩に、あんなタンカ切っちゃったしな)
『最低です! もういいです、先輩なんて大嫌い!!』
叫んで逃げ出したあの時の自分の声を思い出し、真央はうつむいてギュッと目を閉じた。
後悔はしていない。
自分の本気を踏みにじった冬馬を許すつもりもなかった。
けれど、真央は冬馬の謝罪を受け入れて、この恋は完全に終わりを迎えた。
生まれて初めて本気で好きになった人にフラれたという事実は、真央の小さな胸を容赦なく抉っていた。
「はぁ……。大嫌いなんて言ったけど……嘘だよバカ」
ぽつりと漏れた弱音。
目頭が熱くなり、溢れそうになる涙を必死に指で拭おうとした、その時だった。
「やあ。また会ったね」
頭上から降ってきたのは、低く洗練された男の声だった。
驚いて顔を上げると、そこには見覚えのある顔が立っていた。
日曜日、東山先輩の隣にいた他校の男子——巡四季。
制服の上着を腕にかけ、整った顔立ちにどこか苦笑いを浮かべて真央を見下ろしていた。
「あ……巡、さん……?」
「隣、いいかな? ちょうど喉が渇いていてね」
断る間もなく、四季はスマートな動作で真央の向かいの席に腰掛けた。
カフェのアイスティーを一口口に含むと、四季は窓の外の夕空に目を向けた。
「東山さんから、先日正式にお断りの連絡をもらったよ。『ごめんなさい、私やっぱり冬馬のことが好きです』ってね」
「……そうですか。北川先輩も、先日生徒会室で私に深々と頭を下げてきました。『本当にごめん』って」
二人の間に、少しだけ重い沈黙が流れる。
だが、四季が「はぁ」と大げさに肩を落として自嘲気味に笑ったことで、その空気は一変した。
「参ったな。完璧なデートプランを用意したつもりだったのに、一瞬で振られちゃった。僕もまだまだ甘いね」
「……巡さん、悔しくないんですか? そんなに格好よくて、優しくて……東山先輩のこと、本気だったんでしょう?」
真央が少し身を乗り出して問い詰めると、四季は少し驚いたように目を見開き、それから優しく目を細めた。
「悔しいよ、もちろん。でもね、あの時の東山さんの顔を見たら……僕じゃ彼女を本当に笑顔にできないって悟っちゃったんだ。君だってそうだろう? 君の目は彼を本気で好きな人の目だった」
「っ……」
「僕たちは、決して本気じゃなかったわけじゃない。ただ……あっちの『絆』が、僕たちの想像以上に強固で、頑丈だっただけだ」
四季の言葉は、不思議と真央の胸のつかえをすっと取り払ってくれた。
誰かを好きになって、振られて、傷ついた。
でも、自分の好きだった気持ちまで否定されたわけじゃない。
四季は、真央のプライドを完璧に守ってくれたのだ。
「……巡さんも、ズルいです」
真央は鼻をススッとすすり、真っ直ぐに四季の瞳を見つめ返した。
「そんなに格好よく諦められたら、私……巡さんのことまで応援したくなっちゃうじゃないですか」
「ふっ、それは光栄だな。……中野さん、だっけ?」
四季は身体を前に傾け、真央の顔を覗き込んだ。
その瞳には、先ほどまでの諦念ではなく、新しい興味の光が宿っていた。
「君は凄いね。自分の気持ちに嘘をつかないし、フラれても真っ直ぐ前を向こうとしている。……北川くんには勿体なさすぎるくらいだ」
「なっ……! 急に何言ってるんですか!」
突然のストレートな褒め言葉に、真央の頬がぽっと赤くなる。
四季はそんな真央の反応を楽しむように、ふっと魅力的に微笑んだ。
「ねえ、中野真央さん。もし良かったら……今週末、僕と出かけないかい?」
「え……? デート、ですか? 私、巡さんの『穴埋め』になるつもりはありませんよ!」
真央がむっと口を尖らせると、四季は首を横に振った。
「失礼だな。穴埋めなんかじゃないよ。僕が一目惚れした東山さんに匹敵するほどに……君という女の子は、すごく真っ直ぐで、魅力的だから誘ってるんだ」
四季は席を立ち上がると、真央の目の前に手を差し伸べた。
「あの大型ショッピングモール、実は映画館と水族館以外にも、すごく美味しいスイーツの店があるんだ。今度は誰かの影を追うためじゃなく……君と僕の、本当の休日にしよう」
完璧すぎるスマートなエスコート。
けれど、その瞳に宿っているのは間違いなく「中野真央」という一人の女の子に対する本気の興味だった。
(……北川先輩より、全然格好いいじゃん)
真央の胸の奥で、小さく、けれど新しくキュンと甘い音が鳴った。
「……巡さん」
真央は四季の手を握り返す代わりに、自分からカバンを抱えて立ち上がり、ニッと勝ち気で可愛い笑顔を浮かべた。
「先輩より格好いいところ、私にたくさん見せてくれたら……考えてあげてもいいですよ!」
「クスクス……交渉成立だね。楽しみにしているよ、真央ちゃん」
夕暮れの街へと歩き出す二人。
傷ついた『外敵』たちは、誰かの物語の脇役で終わるつもりなんて毛頭なかった。
彼らは自分たちの足で、もっと新しく、もっと眩しい自分の物語へと一歩を踏み出していくのだった。




