向き合う刻が来た十三手目
二人が遭遇した瞬間、一瞬にして空気が凍りついた。
遠く2階の吹き抜け手すりから見下ろしていた秋葉と夏樹でさえ、冬馬と春華の顔から一瞬で血の気が引き、瞳に激しい動揺と嫉妬の炎が揺らめいたのを目撃していた。
ならば——当事者である真央と四季が、その異変に気づかないはずがなかった。
「……あ、あの、北川先輩?」 真央が腕に込める力を強める。
だが、冬馬の視線は固まったまま、四季の手が春華の肩に触れている一点だけを鋭く射抜いていた。
そして春華もまた、四季の呼びかけに応じる余裕すらなく、真央に腕を絡められている冬馬の姿を、泣き出しそうな、それでいて恐ろしいほど嫉妬に満ちた瞳で見つめ返していた。
「……やれやれ」 四季が短く息を吐き、勝ち誇っていた笑みを消した。
「じゃあ東山さん、僕たちはあっちのショップでも見ようか」
「あ……うん……」
引き剥がされるように去っていく春華と四季。
そして、心ここに在らずのまま真央に引きずられていく冬馬。
その崩壊していく2組の後ろ姿を見て、2階の秋葉と夏樹は顔を見合わせた。
「……夏樹、私、春華を追うわ」
「……おう。俺は冬馬の方に行く」
二人は自然と二手に分かれ、それぞれの親友の後を尾行し始めた。
ショッピングモール裏手の屋外ベンチ。
真央は冬馬の前に仁王立ちし、拳を握りしめて肩を激しく揺らしていた。
「北川先輩……! いい加減にしてください!」
「え……中野、さん……?」
ハッと正気に戻った冬馬に、真央の瞳からボロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「さっきからずっとです! 映画を観ている時も、カフェに向かう時も……東山先輩に会ってからは特に! 先輩の目は、一度たりとも私を見てくれていませんでした!」
「それは……ごめん、別にそんなつもりじゃ——」
「嘘をつかないでください!!」
真央の悲痛な叫びが響き渡った。
真面目で素直な後輩の全力の告発が、冬馬の胸を鋭く抉る。
「私、今の先輩を見れば、先輩が自分の傷ついた心を守るために『新しい恋に進むフリ』をして、私を利用したことくらい分かります! 先輩は……本当は、東山先輩のことが大好きなんでしょ!!」
「っ……!」
「何があってそうなってるのか知りませんけど、自分の気持ちを誤魔化すために私を利用するなんて……最低です! もういいです、先輩なんて大嫌い!!」
真央は手で顔を覆うと、背を向けてそのまま走り去ってしまった。
一人残された冬馬は、自分の浅はかさと卑怯さに打ちのめされ、力なくベンチに深く座り込むことしかできなかった。
「……散々な言われようだな、冬馬」
頭上からかかった声に顔を上げると、そこには缶ジュースを手にした夏樹が立っていた。
「夏樹……? なんでここに……」
夏樹は溜息をつき、冬馬の隣に腰掛けた。そして、ジュースを冬馬の頬に押し当てる。
「尾行してたんだよ。春華ちゃんが変な奴に捕まらないか心配でな……。でも、お前らのあの顔見たら、追わざるを得ねえだろ」
「……見られてたのか」
「ああ、バッチリな。……なあ、冬馬」
夏樹は真剣な眼差しで、まっすぐに親友の顔を見つめた。
「さすがに……自分の本当の気持ちに気づいたんじゃないか? 『振った』とか『幼馴染に戻った』とか……そんなくだらねえ理由で春華ちゃんから目を背けるのは、もう限界だろ」
「夏樹……俺は……」
「お前が春華ちゃんを好きなのは、最初から分かってたんだよ。お前がハッキリしないから全員が苦しんだんだ。……今度こそ逃げるな、冬馬」
親友からの重い言葉が、冬馬の胸に痛いほど刺さっていた。
一方、モールの反対側にある噴水広場。
「……四季くん、本当にごめんなさい」
春華は深々と頭を下げていた。
四季は優しく微笑んでいたが、その瞳には諦めと、ほんの少しの苦味が混ざっていた。
「頭を上げてください、東山さん。……君の心がどこにあるのか、さっきの顔を見たら嫌でも分かっちゃいましたから」
「私……四季くんと向き合おうって、前を向こうって思ってたのに……」
「君は優しいね。でも、僕に気を遣って付き合ってくれても、誰も幸せになれない。……君の隣に並ぶべきなのは、僕じゃないみたいだ」
四季は春華の頭を軽くポンと叩くと、スマートに背を向けた。
「君のその泣きそうな顔を笑顔にできる男のところへ、早く戻りなよ」
四季が去り、一人噴水の縁に腰掛けて涙をこぼす春華。
そこへ、静かに歩み寄る影があった。
「……春華」
「秋葉……ちゃん? なんで……」
秋葉は春華の隣に座ると、何も言わずに自分のハンカチを差し出した。
「夏樹と一緒に、心配で追ってきちゃった。……ごめんね」
「ううん……」
春華はハンカチで目を押さえながら、ポロポロと本音を零し始めた。
「私……冬馬に振られたから、迷惑かけないように前を向かなきゃって……四季くんと付き合おうとしてた。でも……真央ちゃんと楽しそうにしてる冬馬を見たら、胸が破裂しそうなくらい嫌だったの……っ。私、全然吹っ切れてなんか無かった……っ!」
泣きじゃくる親友の背中を、秋葉は優しく撫でた。
「春華。自分の気持ちに、もっと正直になった方がいいよ」
「え……?」
「私たちが作ったぬるま湯の関係なんて、もう壊れてるんだよ。冬馬だって、さっき春華のこと見てた目……あれ、絶対に『ただの幼馴染』を見る目じゃなかった」
秋葉はまっすぐに春華の目を見つめた。
「お互い傷つかないために逃げるのは、もう終わりにしなよ。……春華の本当の気持ち、冬馬にぶつけてきなさい」
「秋葉ちゃん……」
真央と四季という外敵からの痛烈な一撃、そして夏樹と秋葉からの暖かい応援。
ついに「ぬるま湯への逃げ道」を塞がれた冬馬と春華は、己の恋心と正面から向き合う刻を迎えていた。




