遭遇する十二手目
日曜日までの数日間、冬馬たち4人の空気は、どこか奇妙で浮ついた緊迫感に包まれていた。
別に隠すようなことでもない——いや、隠そうとすればかえってギクシャクしてしまうからと、冬馬と春華はそれぞれ「今度の日曜、出かけることになった」と皆に共有した。
「えっ、中野さんと映画!?」と声を上げたのは夏樹だ。
「春華も……あの巡って奴と水族館行くの……?」と眉をひそめたのは秋葉だった。
冬馬と春華は、お互いに「まあ、相手が熱心に誘ってくれたから」「前を向くのも大事かなって」と、もっともらしい理由をつけて苦笑いを浮かべ合った。
お互いに「相手のために新しい恋に進むんだ」と思い込んでいるからこそ、その報告を止める理由なんてどこにもなかった。
だが——その報告を聞いた夏樹と秋葉が、大人しく指を咥えて待っているはずがなかった。
「流石に尾行なんて悪趣味な真似はできないけどさ……」
「偶然を装って様子を見に行くくらいなら……」
「「アリでしょ」」
日曜の朝。
大型ショッピングモールの最寄り駅の改札前で、秋葉は少しだけ気合の入った私服の裾を整えながら呟いた。
(監視目的だろうがなんだろうが……夏樹と私のお出かけには変わりないのよね)
「おう! もしあの巡って奴が春華ちゃんに少しでも変な真似しようとしたら、俺が飛んでってブチのめしてやる!」と鼻息を荒くする夏樹の横で、秋葉はそっと口元を緩めた。
夏樹の目的は100%「冬馬と春華の監視と護衛」だ。
だけど秋葉にとって夏樹と、こうして休日に二人きりで出かけられる事は……
ほんの少しだけ胸を躍らせる秋葉と、イライラと拳を握りしめる夏樹。
二人は冬馬と春華に内緒で、同じショッピングモールへと足を踏み入れたのだった。
「北川先輩! こっちです、映画のチケット発券してきますね!」
シネコンのロビーで、私服姿の真央がパタパタと嬉しそうに走っていく。
小柄な体に合わせた可愛らしいワンピース。
真央は今日のために気合を入れてお洒落をしてきてくれたのだと、鈍感な冬馬でも分かった。
「……うん、ありがとう中野さん」
冬馬は引きつった笑顔を浮かべながら、胸の奥で重苦しい罪悪感を抱えていた。
真央は純粋に冬馬とのデートを喜んでいる。
それなのに、冬馬の頭の片隅には、どうしても「今日、春華も誰かと出かけている」という事実が嫌な影を落として離れてくれなかった。
映画を観終わり、映画館を出て吹き抜けのモール内を歩いていた時のことだ。
真央が「あ、先輩! あそこのカフェ、スイーツが美味しいって話題なんですよ! 行きませんか?」と冬馬の袖をクイと引っ張った。
「あ、ああ、いいよ」
真央に促されるまま、ガラス張りのオープンテラス風のカフェへと向かう。 そして——そのカフェの入り口付近で、奇跡的で、悪夢のような遭遇が起きた。
「あ……」
カフェから出てきた二人組と、正面から目が合った。
上品な服を着崩した、背の高いイケメン——巡四季。
そしてその隣には、見たこともない大人っぽいブラウスにスカートを合わせ、髪を少し巻いた——春華がいた。
「冬……馬……?」
春華の動きがピタリと止まり、目を見開いた。
モール内の水族館を見終えた四季と春華もまた、休憩のためにこのカフェを訪れていたのだ。
「え? 北川先輩……?」 真央が首をかしげ、四季もまた「やあ、君が東山さんの言っていた幼馴染くんかい?」と、余裕のある笑みを浮かべた。
息が止まるような沈黙。
そのすぐ近く、モールの2階の吹き抜け手すり越しに、冬馬たちを探していた夏樹と秋葉が「げっ、マジで鉢合わせしてた……!」と青ざめて身を乗り出していた。
「あ、あはは……冬馬も、ここに来てたんだ? 真央ちゃんと……映画?」
春華が真っ先に、引きつった笑顔を作って話しかけてきた。
「あ、ああ。映画観て……今からお茶でもしようかって。春華も……巡くんと、水族館?」
「うん! すごく綺麗だったよ! 四季くんがチケットとかも全部用意してくれて……」
春華は必死に笑っていた。
「私は冬馬のために新しい恋に進んでるんだよ」「上手くいってるよ」とアピールするかのように、弾んだ声で話す。
だが、その瞬間だった。
「北川先輩、私喉乾いちゃいましたぁ。早く入りましょうよ〜」
真央が俺の肘に抱きつくように腕を絡め、甘えた声を上げた。
秋葉に「邪魔しないで」と言い放った真央だ。
春華という存在を前にして、自分の存在を主張するように冬馬との距離を詰めてきたのだ。
その光景を目にした瞬間——春華の笑顔が、ぴしりと固まった。
(……なんで?)
春華の胸の奥で、ドロりとした激しい感情が渦を巻いた。
冬馬は私を振った。冬馬とは幼馴染に戻った。
だから冬馬が誰とデートしようと応援しなきゃいけないのに。
真央ちゃんに腕を絡められて、少し照れくさそうにしている冬馬の姿を見た瞬間、胸がちぎれるほどの猛烈な嫉妬が暴れ出した。
(嫌だ……見たくない……冬馬が私以外の女の子にそんな顔見せるなんて、嫌……っ!)
そして、冬馬もまた——同じだった。
四季が自然な動作で、春華の細い肩にそっと手を添えたのだ。
「東山さん、人混みでぶつかると危ないから、こっちにおいで」
四季に肩を抱かれ、顔を赤くして少しうつむく春華。
その光景が視界に入った瞬間、冬馬の頭の中で何かがブツンと弾け飛んだ。
(……なんなんだよ、それ)
血が逆流するような強烈な不快感。
激しい怒りと焦燥感。
僕が振る形になった? 幼馴染に戻った? そんな理屈は一瞬で吹き飛んだ。自分の生まれ持った「器用貧乏」なコンプレックスも、傷つくのが怖いという保身も、すべてを飲み込むほどの身勝手で醜い独占欲が、全身を駆け巡った。
(春華に気安く触るな……! 春華は……春華は僕の……っ!)
お互いに「相手のために新しい恋に進む」という免罪符を掲げて臨んだはずのデート。
だが、他人の手が自分たちの「一番大切な存在」に触れた瞬間、冬馬と春華が必死に蓋をして隠してきた歪な恋心と激しい嫉妬が、最悪な形で爆発してしまったのだった。




