第8話 この魔法使い、火力だけはあるらしい
「えっと……ミナ・ココノア、です」
少女は胸の前で杖を抱えたまま、ぺこりと頭を下げた。
薄い栗色の髪は肩のあたりで揺れている。
年は、たぶん十五くらいだろう。
大きな青い瞳は不安そうに潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
真面目そうだ。
礼儀もある。
そして、何より逃げていない。
うちの僧侶を前にして逃げていない。
それだけで、俺の中ではかなり評価が高い。
あと、顔も普通に可愛い。
そこも大事だった。
「俺はルカ・アルト。一応、勇者だ」
「一応じゃなくて、ちゃんと勇者でしょ」
隣でリラさんが微笑む。
「私の大事な勇者様なんだから」
「そういうことを普通に言われると、反応に困るんですが」
「あら。嬉しい?」
「嬉しいけど怖いです」
ミナがびくっと肩を跳ねさせた。
まずい。
初対面の新人の前で、うちのパーティーの空気を見せすぎたかもしれない。
うちのパーティーの力関係が早くも露見した。
「あ、あの……」
ミナはおずおずと顔を上げた。
「わ、私、本当に入っても大丈夫でしょうか……? その、あまり経験はなくて……」
「逆に大丈夫? この僧侶のお姉さん、ギルドではちょっと不名誉なあだ名で呼ばれてるんだけど」
空気が冷えた気がした。
「別に不名誉じゃないわよね?」
リラさんの口元は笑っていたけれど、目はこれっぽっちも笑ってはいなかった。
「すみません……私、魔法学院から出てきたばっかりで、あまりよく知らなくて……」
「君がいいなら、俺たちは全然いいよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん。魔法使いが入ってくれるだけで助かる。俺、魔法は全然使えないから」
ミナが少しだけ目を丸くする。
やめてほしい。
そんな純粋な目で見ないでほしい。
「ルカはね、本当に魔法の才能が一切ないの」
リラさんが楽しそうに言った。
「勇者様なのにですか?」
ミナは純粋に思ったことを口にした。
やめて。
無意識に傷口を抉らないで。
「治癒魔法を教えた時なんて、光の一粒も出せなかったもの。あれは逆に才能だと思うわ」
「もうやめて!傷つく!」
「で、でも、前衛として戦えるのはすごいことだと思います!」
ミナが慌ててフォローしてくれる。
いい子だ。
「それで、ミナはどんな魔法が使えるんだ?」
「えっと……火と風と雷が少しだけ……」
「三属性?」
思わず声が出た。
魔法は才能に左右される。
その中でも、複数の属性を扱える者は珍しい。
しかも火、風、雷。
攻撃向きの属性ばかりだ。
「すごいじゃないか」
「い、いえ! 全然すごくないです! その、私、制御が苦手で……」
「制御?」
「はい……魔力が、出すぎてしまうというか……」
ミナは帽子の端をつまみながら、恥ずかしそうに俯いた。
「小さな火を出そうとして、訓練場の壁を燃やしてしまったり……風で的を倒そうとして、学院の先生も一緒に飛ばしてしまったり……」
「先生も?」
「はい……」
ミナの目に涙が溜まっていく。
「ごめんなさい……私、いつも失敗ばかりで……」
「泣かない泣かない。まだ何もしてないから」
「は、はい……!」
俺は慌ててなだめた。
「……でも、魔法使いとして、ちゃんと誰かのお役に立ちたいんです……!」
いい子だ。
ものすごくいい子だ。
できれば、リラさんに染まらないでほしい。
感心している俺の横で、リラさんが静かに目を細めている。
薄紫の瞳が、楽しそうに揺れる。
悔しいくらい綺麗な横顔だったが、その目は完全に獲物を見つけた人のものだった。
嫌な予感がした。
すごく嫌な予感がした。
「ねえ、ルカ」
「はい」
「この子、いいわね」
「どの意味でですか?」
「とても楽しそう」
「どの意味でですか!?」
リラさんはミナの前まで歩いていくと、にこりと微笑んだ。
聖女のような笑顔だった。
ただし、中身はいつものリラさんである。
「ミナちゃん」
「は、はいっ」
「実力を見せてもらえるかしら」
「じ、実力ですか?」
「ええ。安心して。少し失敗しても大丈夫よ」
リラさんはちらりと俺を見る。
「うちには、丈夫な勇者様がいるから」
「俺を保険扱いしないでください」
「私もすぐ治せるから」
「治せるからって巻き込んでいい理由にはならない!」
◇
ギルド裏の訓練場に移動した俺たちは、的から少し離れた位置に立っていた。
ミナは杖を構え、何度も深呼吸をしている。
「だ、大丈夫……落ち着いて……小さく……小さく……」
本人が一番不安そうだった。
「本当に大丈夫かな」
「大丈夫よ」
リラさんが楽しそうに答える。
「あなたがいるもの」
「ちょっと意味がわからないのですが」
ミナが杖の先を的へ向け、先端の青い宝石が淡く光った。
「い、いきます……!」
空気が震える。
俺はそこで、ようやく気づいた。
「灯れ、小さき火よ。
我が手に集いて、敵を撃て―― 」
ミナの周囲に集まる魔力が、明らかに多い。
新人の試し撃ちという量ではない。
「ミナ、ちょっと待っ――」
「《火球》!」
杖の先から、火の玉が飛び出した。
火の玉。
の、はずだった。
実際に放たれたのは、俺の知っている火の玉より三倍は大きい炎の塊だった。
「でかいでかいでかい!」
「ひゃあああっ!? ご、ごめんなさいっ!」
謝りながら、ミナは慌てて杖を動かす。
そのせいで炎の軌道がずれた。
的を外れた炎は、なぜか綺麗に俺の方へ向かってくる。
「なんで!?」
「ルカ、避けて」
「言われなくても!」
俺は地面を蹴って横へ跳んだ。
炎がすぐ横を通り過ぎ、背後の壁に激突する。
どん、と腹に響く音がして、壁の一部が黒く焦げた。
危ない。
普通に死ぬかと思った。
「す、すみません! すみません! わ、私、また……!」
ミナが涙目で杖を抱える。
俺は焦げた壁を見て、それからもう一度ミナを見た。
威力は、とんでもない。
制御は、とんでもなく危ない。
「ミナ」
「は、はい……」
「今の、かなりすごかったよ」
「え……?」
「狙いは外れたけど、火力は本物だ。ちゃんと鍛えれば、絶対に戦力になる」
ミナの瞳が揺れる。
「ほ、本当ですか……?」
「本当。少なくとも、俺よりずっと魔法の才能がある」
「それは比べる相手が悪いわね」
「リラさん?」
リラさんは無視して、ゆっくりとミナに近づいた。
「いいじゃない、ミナちゃん」
「え……」
「魔力は多いし、威力もある。けど制御できないせいで味方を巻き込む危険がある」
「うぅ……」
ミナは、真正面から事実を突き立てられ、目には涙が浮かぶ。
だが、リラさんはそこでうっとりとした表情で微笑んだ。
その笑顔は、腹が立つほど神々しかった。
たぶん今、俺が怪我をする未来でも想像しているのだろう。
「最高ね」
「……最高なんですね」
「逸材よ」
「……評価基準が怖いですよ」
リラさんは俺の肩に手を置いた。
その手つきが妙に優しかった。
経験上、リラさんがこういう触り方をする時は、だいたい俺がひどい目に遭う。
「よかったわね、ルカ」
「何がですか」
「これからは、魔獣だけじゃなくて味方の魔法でも怪我ができるわ」
「よくない!」
「治し甲斐が増えるわね」
「目的が完全にそっち!」
ミナが涙目のまま、俺とリラさんを交互に見る。
「あ、あの……私、やっぱり迷惑ですよね……?」
「いや、迷惑じゃない」
俺はすぐに答えた。
たしかに危ない。
かなり危ない。
でも、この火力は必要だ。
それに、目の前の少女は失敗しても逃げずに謝れる子だった。
少なくとも、うちの僧侶よりは人の心がある。
しかも、その僧侶のせいで、まともな魔法使いはうちのパーティーには入らない。
ならば。
「ミナ。改めて俺たちのパーティーに入ってくれ」
「……いいんですか?」
「ああ。制御はこれから練習しよう。俺もできる限り避けるから」
「失敗する前提なんですね……」
「そこは現実を見よう」
ミナの目から、ぽろっと涙が落ちた。
「ありがとうございます……! 私、頑張ります……!」
その瞬間、杖の宝石がまた光った。
「え?」
「あ」
ミナが固まる。
ぱちん、と小さな雷が弾けた。
小さな雷。
の、はずだった。
「ぎゃああああああっ!?」
次の瞬間、俺の身体を青白い電撃が駆け抜けた。
膝から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。
「る、ルカさん!? ごめんなさい! ごめんなさい!」
「だ、大丈夫……たぶん……」
遠のく意識の中で、リラさんの楽しそうな声が聞こえた。
「やっぱりこの子、逸材ね」
俺は地面に倒れたまま、心の底から思った。
このパーティー、魔王に辿り着く前に俺が死ぬかもしれない。




