第7話 そろそろ、魔法使いが欲しいお年頃
「今日の怪我、イマイチだわ」
森の外れ。
討伐対象だったゴーレムの残骸が転がるそばで、リラさんは横たわる俺に治癒魔法をかけながら、不満げに呟いた。
白い指先から淡い光が落ちてくる。
痛みが引いていく感覚が非常にありがたかった。
ありがたいのだが、治している本人の顔には、何故か不満の色が見える。
「……ちなみに、その評価基準はなんですか?」
恐る恐る尋ねると、リラさんは首を傾げた。
「え。いっぱい血が出てること」
あっけらかんと、まるで世の常みたいに言われた。
「……」
俺は無言で見つめる。
それはさすがに、僧侶として、いや人としてどうなのか、という圧を込めたつもりだ。
「まあ、今日の敵は仕方ないね。相手が相手だし」
リラさんは倒れたゴーレムの残骸へ目を向ける。
巨大な岩の腕。
砕けた胴体。
地面にめり込んだ脚。
斬っても効きにくい上に、殴られると普通に痛い。
おまけに血も出ない。
リラさん的には不評。
俺的には最悪。
「硬すぎるんですよ、あいつ……」
「ずっと関節ばかり狙ってたものね」
「そこしか通らなかったんです」
正面から斬っても刃が弾かれるし、腕を落とそうにも剣が通らない。
結局、膝や肘にあたる部分を少しずつ削って、動きを止めるしかなかった。
勝ちはした。
勝ちはしたが、非常に地味で、非常に疲れた。
「……身体も動くようになってきましたし、そろそろギルドに帰りましょうか」
俺が起き上がろうとした、その瞬間。
「あ、待って」
リラさんが俺の指を取った。
次の瞬間。
ぼきっ。
「ぎゃああああああっ!?」
森に、勇者らしからぬ悲鳴が響き渡る。
「ここの骨、微妙に曲がって治りかけてたから。一回折った方が綺麗に治るんだよ」
悪魔がいた。
白い修道服を着た悪魔が、穏やかな顔で俺の指を持っていた。
「なんで!? せめてやる前に聞いて!?」
「はいはい、痛かったね。偉い偉い」
「子ども扱いで流せる痛みじゃない!」
涙目になる俺を見下ろしながら、リラさんは口を三日月に曲げて、満足げに微笑みを浮かべていた。
その顔を可愛いと思ってしまうことが、俺は一番納得ができない。
◇
「なんでそんなに拗ねてるのかしら」
ギルドに戻り、向かい合ってテーブルにつくなり、リラさんが呆れたように言った。
「別に拗ねてないです……」
「拗ねてるわよ」
「骨を折られた人間には、多少の沈黙が許されてもいいと思います」
「ちゃんと治したでしょ」
「折ったのもリラさんです」
言い返した瞬間、リラさんの目がすっと細くなった。
なぜか空気が一段冷える。
「へぇ、そういう態度取るんだ」
まずい。
このままだと、今度はどこの骨が教材にされるかわからない。
「そんなことより」
俺は全力で話題を変えた。
いや変えなければならない。
「やっぱりそろそろ、パーティーに魔法使いを入れませんか?」
「そうだね。ルカは全然使えないし」
「言い方」
「事実でしょ?」
にやりと、意地悪そうに笑う。
腹は立つ。立つのだが、ちょっと可愛いと思ってしまう自分に一番腹が立つ。
「俺だって、火の玉とか雷とか、かっこいい魔法をばんばん使いたかったですよ」
「仕方ないでしょ。才能ないんだから」
この世界の魔法は、残酷なくらい才能に左右される。
俺にも魔力はある。
身体の内側を熱のように巡っているのを感じるし、その魔力で身体を強化できるからこそ、生身の人間でありながら魔獣とも渡り合える。
だが、魔力を体外に放ち、形を与え、現象に変える技術――いわゆる魔法は、まったく別物だった。
リラさんと組んですぐの頃、治癒魔法の天才であるリラさんに手ほどきを受けたことがある。
正直、その時の俺は、教わればそれなりにできると思っていた。
結果は、惨敗。
「だめだね。魔法の才能は一切ない。むしろ、ありえないレベルだよ」
あの時の、リラさんの本気で引いた顔は今でも鮮明に覚えている。
魔法を使えないショックと、美人にドン引きされたショックで、俺はしばらく立ち直れなかった。
「そのぶん身体が丈夫なんだから、諦めて前衛に専念しなきゃ」
「私はその方が嬉しいしね」
そんなことを口にするリラさんにはどこか含みがあった。
おそらく、嬉しいとは、前衛として俺の怪我が増えるのが嬉しいのだろう。
「でも、今後も物理が効きにくい敵が出たら大変ですよ。今回だって、かなり手間取りましたし」
「まあ、それはそうだね」
意外にも、リラさんは素直に頷いた。
「魔法使い、入れてもいいかもね。ついでに、ルカが魔法に巻き込まれたりしたら、私の楽しみも増えるし」
「今、最低な理由が聞こえましたけど」
「気のせい」
絶対に気のせいではない。
だが、了承は了承だ。
「じゃあ、掲示板に募集を出してみます」
できれば常識のある魔法使いが欲しい。
俺の命と精神のために。
◇
「勇者パーティーなのに、全然魔法使い来ないわね」
掲示板に張り紙を出してから、数日が経った。
けれど俺たちのパーティーに魔法使いは、まだいなかった。
「理由、分かりません?」
「条件が悪いのかな」
「条件じゃないです」
「じゃあ、ルカの顔?」
「俺のせいにしないでください」
実際、何人かは来てくれたのだ。
勇者と僧侶のパーティー。
しかも人数が少ないなら、入れば主力として扱われる可能性も高い。
冒険者としては、決して悪い募集ではないはずだった。
問題は、リラさんだった。
「あれが噂の……」
「血染めの聖女……」
「目を合わせるな。殺されるぞ……」
近くの席から、そんな囁きが聞こえてくる。
どうやらリラさんには、いつの間にか新しい二つ名がついていたらしい。
血染めの聖女。
僧侶としては致命的なほど不穏で、リラさんという人間を表すには悔しいくらいしっくりくる二つ名だった。
主な原因は、タイラの一件で俺を殴り飛ばしたことだろう。
それに加えて、俺が毎回のように血まみれで帰ってくるせいもある。
安心してくれ、怪我は綺麗に治ってる。
血が服に付いてるだけだ。
募集を見て近づいてきた魔法使いも、リラさんの顔を見た瞬間に固まり、丁寧に辞退していく。ひどい時には、目が合っただけで逃げた。
「血染めの聖女、だって」
リラさんは口元に手を当て、どこか楽しそうに笑った。
「聖女って呼ばれるの、少し照れるわね」
「注目すべき場所、そこじゃないです」
「血染めも悪くないよ。強そうだし」
「僧侶の感想じゃない」
「でも、血が似合うって言われるのは、悪い気はしないわよね」
「誰もそこまでは言ってません」
だめだ。
この人は悪名すら栄養にするタイプだ。
今日も駄目かもしれない。
俺が募集の張り紙を外すべきか悩み始めた、その時だった。
「……あの」
テーブルのそばで、ひとりの少女が足を止めた。
栗色の髪。
大きな瞳。
少し幼さの残る顔立ち。
黒いマントをぎゅっと握りしめ、不安そうに立っている。
大きな帽子と、長い杖を抱えたその姿は、どう見ても魔法使いだった。
来た。
逃げていないし、気絶もしていない。
それだけで、もう採用したくなる。
「私をパーティーに入れてもらえませんか?」
リラさんがにっこりと笑う。
俺はその笑顔を見て、なぜか新しい苦労の始まりを予感した。
こうして、俺たちの前に、泣きそうな顔をした魔法使いが現れた。




