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勇者です。うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第6話 うちの僧侶は、やっぱり可愛い

「あら、ごめんなさいね、ルカ」


 その言葉を最後に、俺の意識は綺麗に途切れた。


 あとでクロから聞いた話だが、あの時のギルドはしばらく静まり返っていたらしい。


「お、おい……今の見えたか?」


「いや、見えなかった。気づいたら勇者が吹っ飛んでた」


「仲間をあの速度で殴る僧侶って何なんだよ……」


 冒険者たちが、こそこそと囁き合う。

 誰も大きな声では言わなかった。


 たぶん本能で理解したのだ。

 あの黒髪の僧侶は、下手に触れていい存在ではない、と。


「やっぱり、リラさんとんでもねぇな……」


 クロは頬に浮かんだ汗を袖で拭いながら、心の中で固く誓ったという。

 もう二度と、リラさんを怒らせるような真似はしない。

 少なくとも、自分からは絶対にしない、と。


 リラさんは床に転がった俺へ近づくと、少しだけ屈み込んだ。


「ルカ」


 返事はない。

 当たり前だ。気を失っているのだから。


 リラさんは小さく息を吐くと、俺の首元の服を掴んだ。


「よいしょ」


 そのまま、ずるずると引きずり始める。


 勇者が。

 勇者が、僧侶に首根っこを掴まれて、ギルドの床を引きずられている。


 その光景に、周囲の冒険者たちは何とも言えない顔をしたらしい。

 結果、全員が何も見なかったことにした。


 ただ、クロによると、リラさんは俺を雑に引きずっているように見えて、頭が椅子の脚にぶつかりそうになるたび、さりげなく進路を変えていたらしい。


 扱いが雑なのか丁寧なのか、正直よく分からない。


「私はこの勇者様を治療しなければいけないので、こちらで失礼します」


 リラさんは穏やかな声でそう告げる。


 その声音にも、表情にも、今しがた勇者を殴り飛ばしたことを反省している様子は、一切感じられなかった。


 そんな彼女と相対していたタイラは、何が起きたかわからないといった様子で、ぽかんと口を開けていた。


 だが、ふと我に返る。


「おい、待てよ。話はまだ終わってねぇぞ」


 タイラがまた、リラさんの肩へ手を伸ばそうとした。


 その瞬間。


 ぞわり、と。

 ギルドの空気が沈んだ。


 クロいわく、まるで目に見えない刃物を首筋に押し当てられたような感覚だったらしい。


 酒場にいた冒険者たちが、一斉に息を呑む。

 笑っていた魔法使いも、狩人も、その場で凍りついた。


 殺気。


 それは、リラさんから放たれていた。


「……まだ、何か?」


 リラさんは振り返り、タイラを一瞥した。


 タイラは身体を動かすことができず、伸ばしかけていた手は、宙に浮いたまま止まっている。


 リラさんは返事を待つこともなく、俺を引きずったままギルドを出ていったという。


 扉が閉まる。

 黒い修道服の背中が見えなくなって、そこでようやく、ギルドに音が戻った。


「た、タイラさ――」


 魔法使いが声をかけようとした瞬間、タイラの拳がその顔面にめり込む。


「ぐあっ!」


 魔法使いが床に転がり、狩人が慌てて後ずさった。


「あの雑魚勇者も、あの僧侶も……絶対に許さねぇ」


 タイラは真っ赤な顔で歯を食いしばっていた。


「俺をコケにしやがって……後悔させてやる」


 場違いな怒りを燃やすその顔を見て、クロはまた一つ、嫌な予感を覚えたらしい。


 面倒なことになる。


 そしてクロの予感は、だいたい当たる。

 嫌な時ほど、よく当たる。


 ◇


 爽やかな風が、頬を撫でていた。


 さらさらと髪を揺らす感触が安らぎをもたらす。

 ギルドの喧騒は遠く、代わりに木の葉が擦れる音だけが耳に届いていた。


 俺は、ゆっくりと目を開ける。

 まず視界に映ったのは、信じられないくらい顔の良い美人だった。


 リラさんだ。


 横目で周囲を見渡す。

 どうやらここは、ギルド近くの公園らしく、木陰の芝生の上で、俺は寝かされていた。


 いや、違う。

 俺は、リラさんに膝枕をされていた。


 程よく柔らかい感触と、温かな体温が後頭部から伝わる。

 そしてなにより、頭を撫でられている。


 なんだ。

 ただの天国か。


 俺は状況を正確に理解し、もう少しだけ目を閉じることにした。


 これは怪我の治療に必要な時間だ。

 決して下心ではない。

 勇者として、治癒魔法の効果を最大限に受け取るための姿勢である。


「起きたね」


 しまった。

 バレた。


「はい、どいて」


 頭を撫でていた手が離れる。


 次の瞬間、どん、と俺の頭は膝の上から落とされた。


「ぐえっ」


 顔面が芝生に埋まり、少しだけ土の味がする。


「なにも落とさなくてもいいじゃないですか」


「状況が見えていなかった子には、ちょうどいいでしょ」


 リラさんは淡々と言った。


 俺は顔についた草を払いながら起き上がり、リラさんの隣に腰を下ろす。


 痛みはない。

 さっきまで殴られた頬も、床に打ちつけた鼻も、すっかり治っている。


 きっとリラさんが治してくれたのだ。

 殴った本人が治すというのは、なんともおかしな話だけれども。


「……すみません。俺が浅はかでした」


 俺は素直に頭を下げた。


 ギルド内での別パーティー同士の戦闘は御法度。

 あのままタイラを殴っていたら、確実に面倒なことになっていただろう。


 最悪、冒険者資格の剥奪。

 勇者なのに仕事を失うという、あまりにも情けない未来が待っていたかもしれない。


「でも、殴らなくてもよかったんじゃ……」


「手っ取り早かったから。あなた、あのままだと本当に殴ってたでしょう」


 リラさんは悪びれもせずに言う。


「同じパーティー内の揉め事なら、ギルド内でも問題にならないからね」


「理屈はそうですけど」


 そう。

 ギルドで禁止されているのは、あくまで別パーティー同士の私闘だ。

 同じパーティー内の揉め事は、基本的に自己責任。


 つまりリラさんは、俺を守るために俺を殴ったのだ。

 理屈は通っている。


「……ありがとうございます」


「貸し一つね」


 リラさんが口元を三日月みたいに曲げる。


「今度、いい怪我で返してもらうから」


「怪我で返すって、どういうことですか」


「そのままの意味だけど?」


 やっぱり、さっきの勇者にあげればよかったかな。


 一瞬だけ、そんな最低な考えが頭をよぎった。

 もちろん冗談だ。

 たぶん冗談だ。


「でも、リラさん」


「なに?」


「さっき、避けられましたよね」


 俺がそう言うと、リラさんは涼しい顔で頷いた。


「ええ」


「じゃあ、なんで避けなかったんですか」


「ルカがどんな顔をするのか、見たかったから」


「正直すぎませんか?」


 思わず声が裏返る。


 リラさんは悪びれた様子もなく、薄紫色の瞳を細めた。


「でも、本当にあなたに殴らせるつもりはなかったわ。あの人を殴ったら、あなたが困るでしょう?」


 リラさんは何でもないことのように言う。


「だから、あなたが規則を破る前に止めたの」


「その方法が俺を殴ることだったんですか」


「一番早かったから」


「もう少し平和な手段は?」


「あなた、言葉で止まった?」


「……止まらなかったと思います」


「でしょう?」


 ぐうの音も出ない。


 たぶん、あの時の俺はリラさんの言葉でも止まらなかった。

 タイラがリラさんに触れた瞬間、頭の中が真っ白になっていた。


 だから、リラさんは俺を殴った。

 俺を守るために。

 そしてたぶん、少しだけ楽しむために。


 この人は、そういう人だ。


「それにしても」


 リラさんが少しだけニヤつきながら、俺の顔を覗き込む。


「俺のリラさんに触るな、だっけ。ふふ、ずいぶん可愛いことを言うんだね」


 一気に顔が熱くなるのがわかった。

 茹で上がった真っ赤な勇者の完成だ。


「いや、それは、その、咄嗟に出ただけで……」


「咄嗟に出たんだ」


「……はい」


「へぇ」


 リラさんの唇が、ゆっくりと弧を描く。


 まずい。

 これは完全に、面白い玩具を見つけた時の顔だ。


「でも、俺の、は少しいただけないかな」


 リラさんの指先が俺の顎にそっと触れ、薄紫色の瞳が、すぐ近くで細くなった。


「私は物じゃないんだけど」


「大変申し訳ありませんでした」


 俺は即座に頭を下げる。


 勇者の誇りなど、今は芝生の上に置いてきた。

 命の方が大事だ。


「これは、お仕置きが必要かな?」


「本当に反省しております」


「早いね」


「命がかかってますので」


 リラさんはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく笑った。


「まあ、今回は私のせいでもあるし、特別に許してあげるわ」


 助かった。

 世界はまだ俺に優しかった。


「リラさんのせいじゃないですよ。悪いのは全部、あのクズです」


 そう言うと、リラさんは少しだけ満足そうに目を細めた。


 それから立ち上がり、俺の前に回る。

 風に揺れる黒髪が、陽の光を受けて綺麗に光っていた。


「でも、ありがとうね、ルカ」


 リラさんの手が、俺の頭にそっと乗る。


「私のために怒ってくれたのは、嬉しかったわ」


 指先が、俺の紺がかった髪を撫でる。


「大丈夫、ちゃんとかっこよかったよ」


 そう言って、リラさんは可愛く微笑んだ。


 ああ、敵わない。

 殴られて、引きずられて、脅されて、怪我で返せと言われたのに。

 このたった一言で、全部どうでもよくなってしまう。


 少なくとも、俺が勇者でいる間は、この人は誰にもあげられない。


 魔王を倒すその日まで、俺の隣にいてもらわないと困る。

 むしろ、ずっと魔王討伐したくないまである。


 もちろん怖いさ。

 めちゃくちゃ怖い。


 でも、それ以上に、どうしようもなく可愛く思えてしまう。


 やっぱり、うちの僧侶はめちゃくちゃ可愛い。

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