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勇者です。うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第5話 俺のリラさんに、触るな

「怒った顔も可愛いじゃねぇか」


 タイラは、リラさんの冷たい声など気にも留めていないようだった。


 むしろ、面白がっている。

 その目つきが、ひどく気に入らない。


「おい、俺は将来有望な勇者だ。今のうちにパーティーに入っておいた方がいいぞ」


「お断りします」


 間髪入れずに、リラさんは断る。


 よし。

 その調子だ、リラさん。

 声も顔も姿勢も完璧だ。

 できれば、そのまま穏便に終わってほしい。

 俺の胃のためにも。


「あなたも勇者であれば、専属の僧侶がいるはずです」


「ああ、いたな」


 タイラは鼻で笑った。


「いたんだが、俺らについてこられない雑魚でな。神殿に返したんだわ」


 背後の魔法使いと狩人が、くすくすと笑う。

 その笑い方に、酒場の空気が少しだけ冷えた。


「本当は、最後のクエストで囮にしたんすけどね」


「大怪我して泣いてましたよ。いやぁ、可哀想でしたねぇ」


「もうあいつで遊べないのが残念だぜ」


 にやにやと、口を歪めながら二人は笑う。


 その瞬間、俺の中で何かがすっと冷えた。


 既に嫌な奴だとは思っていた。

 関わりたくない奴だとも思っていた。


 けれど、これはもう、そういう話ではない。


「……下衆が」


 小さく漏れた声は、クロのものだった。


 向かいに座るクロが、珍しく笑っていない。

 それでも、リラさんの表情に変化はなかった。


 ただ、薄紫色の瞳だけが、さっきよりも深く冷えている。


「あいにく、私も専属の僧侶です。すでに仕える勇者様がいますので」


 ありがとう、リラさん。

 信じてたよ。


 あんな奴に鞍替えされたら、さすがにへこむどころじゃない。


「関係ねぇよ」


 タイラは肩をすくめた。


「そんな勇者より、俺の方がいいに決まってる」


 俺の方を見ることもなく、タイラは言う。

 たぶん、俺がその勇者だということも分かっていない。

 それはそれで腹が立つが、今はまだ我慢する。


 ……あいつ、俺が本当に強い勇者だったらどうするつもりだったのだろうか。


「……私の勇者様は泣き虫ではありますが、少なくとも仲間を囮にするような下衆ではありませんので」


 泣き虫。

 そこは否定したい。全力で否定したい。


 けれど、リラさんが俺を「私の勇者様」と呼んでくれた。

 その事実だけで、俺はもう少しだけ戦える気がしてしまった。


「けっ。パーティーの僧侶じゃなくてもいい。俺の女にしてやってもいいぜ」


 タイラが、舐めるようにリラさんを見た。


 やめろ。

 それ以上は、やめておけ。


 俺の心の中にいる理性が、必死に叫んでいる。

 同時に、俺の心の中にいる勇者っぽい何かが、すでに椅子から立ち上がっていた。


 タイラがもう一度、リラさんの肩へ手を伸ばそうとした、その時だった。


 どしゃんっ。


 やたらと気持ちのいい音が、ギルド中に響きわたる。

 酒場にいた冒険者たちの視線が、一斉に俺へ集まった。


 床に倒れている男。

 それは、勢いよく走り出そうとして、自分の椅子の脚につまずいた俺だった。


「お、おい、ルカ。大丈夫か?」


 クロが引きつった声で聞いてくる。


「ああ、全然大丈夫。ちょっと床と親睦を深めただけだ」


 俺は精一杯、平気そうに笑う。


 本当は顔面を思いきり床に叩きつけたせいで、鼻がめちゃくちゃ痛い。

 勇者として以前に、人としてかなり格好悪かった。


 それでも、俺は立ち上がるしかない。


 リラさんが、ちらりとこちらを見ていた。

 その目は、怒っているようにも、呆れているようにも見える。


 違います。

 助けに入ろうとしたんです。

 失敗しただけです。


 俺は心の中でそう言い訳しながら、タイラたちの方へ足を進めた。


「お取り込み中、すみません」


 できるだけ低く。

 できるだけ丁寧に。

 穏便に。


 ここはギルドだ。

 喧嘩をすれば、最悪、冒険者資格を剥奪される。


 世界平和の前に、俺の生活費が死ぬ。


「この人は、俺の専属僧侶でして」


「ああ?」


 タイラがようやく俺を見る。


「てめぇが勇者か?」


「はい。一応」


「見るからに弱そうだな」


「よく言われます」


 嘘だ。

 別に言われたことはない。

 ただ、今は言い返している場合じゃない。


「弱そうなお前より、俺の方がいいだろ」


 タイラは俺を無視するように、再度リラさんへ顔を向けた。


「おい、僧侶。やっぱり俺の女になれ」


 今度こそ、タイラの手がリラさんの華奢な肩を掴む。


 たぶん、リラさんなら避けられた。

 さっきみたいに、半歩ずれるだけで済んだはずだ。

 なのに、リラさんはなぜか動かなかった。


 なぜ避けなかったのか。

 俺が冷静であったなら、その理由を考える余裕もあったのかもしれない。


 けれど、その時の俺には無理だった。


 タイラの下卑た手が、リラさんの綺麗な肩を掴んだ瞬間。


 ぶちん、と。


 自分の中で何かが切れる音がした。

 そして、気がつくと俺は、タイラの手首を掴んでいた。


「放せ」


「あ?」


「俺のリラさんに触るな」


 低い声が出た。

 自分でも少し驚くくらい、冷えた声だった。


 俺だってまだ、自分からリラさんの肩を掴んだことなんてないんだぞ……!


 それを、こいつは当たり前みたいに。


 タイラの手首に力を込める。


 骨が軋む感触が、指先に伝わった。

 同時に、タイラの顔から余裕が少しだけ消える。


「知るかよ。おい、てめぇ。俺とやる気か?」


 タイラが凄んだのと同時に、周囲の冒険者たちが一斉に息を呑んだのが分かった。


 魔法使いと狩人も、ようやく笑うのをやめる。


 だけど、不思議と怖くはなかった。

 この前の魔狼と比べれば、全然怖くない。


 リラさんの笑っていない目と比べれば、むしろ優しい。

 死にかけた俺に「まだいけるよ」と言った僧侶の笑みに比べれば、この程度の凄みなんて、春風みたいなものだった。


「ルカ!」


 クロが叫ぶ。


「ギルド内でのパーティー同士の戦闘は御法度だ! やめとけ!」


「知らん」


 俺はタイラから目を離さずに答えた。


 知らない。

 資格も、規則も、明日の生活費も、今は全部知らない。


 リラさんに触った。

 リラさんを、あんな目で見た。


 それだけで、十分だった。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、雑魚勇者が!」


 タイラが空いた手で剣の柄へ手を伸ばしたのを確認して、俺も、ありったけの力で、もう片方の拳を握る。


 殴る。


 たぶん殴ったら終わる。

 いろいろな意味で終わる。


 でも、もう止まれない。


 次の瞬間。


 ぼごっ。


 重い衝撃が、俺の横っ面にめり込んだ。


「ぐえっ」


 視界が斜めに吹っ飛ぶ。

 俺はタイラではなく、横から飛んできた何者かの拳によって、見事に殴り飛ばされた。

 床を転がり、椅子の脚に肩をぶつけて止まる。


 痛い。

 ものすごく痛い。


 今日の俺は、床と仲良くなりすぎている。


「あら、ごめんなさいね、ルカ」


 聞き慣れた、澄んだ綺麗な声が聞こえた。

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