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勇者です。 うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第3話 顔で、魔王討伐を決めました

 結局、もう一戦させられた。


 リラさんが回復させた魔狼との再戦は、またしてもギリギリの戦いだった。

 俺も嫌だったが、たぶん魔狼も嫌だったと思う。


 なぜなら、終盤にリラさんが、


「やっぱり良いわね。あともう一回くらい見たいかも」


 と呟いた瞬間、魔狼が全力で首を横に振ったのだ。


 巨大な魔狼が、血まみれの顔でぶんぶんと首を振る光景は、正直ちょっと面白かった。


 最終的には、俺の剣で苦しまないように一撃でとどめを刺した。

 そこは勇者として、冒険者として、きっちりやったつもりだ。


 問題は、その勇者が今、ギルドの大テーブルに突っ伏していることだった。


「はぁー……なんか疲れたぁ……」


 森から戻った俺は、ギルド併設の酒場にある大テーブルで、椅子にもたれかかっていた。


 身体の傷はない。

 リラさんの治癒魔法で、骨も肉も血も完璧に元通りになっている。


 ただし、心が疲弊していた。

 主に僧侶のせいで。


「今回も大変だったみたいだな、ルカ」


 向かいの席から声が聞こえる。


 顔を上げると、冒険者仲間のクロが苦笑いを浮かべていた。


 正式な名前はクロス・イルベニアというが、長いので俺はクロと呼んでいる。


 茶髪短髪で、腰には使い込まれた剣。

 腕も立つし、面倒見もいい。

 ギルドではわりと頼られている剣士だ。


「ああ、クロ……おつかれぇ……」


「お前、声が死んでるぞ」


「身体は生きてる。心が死んでるだけ」


「またリラさんか」


 俺は無言で頷いた。


 クロはちらりとギルドカウンターの方を見る。


 リラさんは受付嬢と何やら話をしていた。

 遠目で見ても、やっぱり一際綺麗で、ギルドにいる冒険者たちも、ちらちらとリラさんを見ている。


 分かる。

 見てしまう気持ちはものすごく分かる。


 ただ、あれに近づくと危ない。

 命は危なくないかもしれないが、心は確実に危ない。


「今回は、倒した魔狼を回復させられて、もう一回戦わされた」


「え?」


 クロの顔が固まった。


「倒した魔狼を?」


「うん」


「回復させて?」


「うん」


「もう一回戦わされた?」


「うん」


 クロはしばらく黙ったあと、真顔で呟いた。


「さすがリラさん。そんなの聞いたことねぇよ」


「俺も」


「いや、でもすげぇな。魔獣も回復できるんだな」


「そういう問題じゃないんだよぉ」


 俺はテーブルに額をつけた。

 木の冷たさが、ほんの少しだけ心地よかった。


「勇者も、僧侶は選べないってことか」


 クロが何気なく言ったその言葉に、俺は少しだけ顔を上げる。


「……選べなかった、というか」


「というか?」


「選ばなかった、というか」


「なんだそりゃ」


 意味が分からない、という顔でクロが首を傾げた。


 俺はため息をつきながら、昔のことを思い出す。


 ◇


 俺が十五歳になった日のことだ。


 この国では、十五歳になると一度、神殿で神託を受ける。

 神託によって与えられるのは、いわゆる職業――ジョブだ。


 農民、商人、剣士、魔法使い、狩人。

 人によって授かるジョブは違い、戦えるジョブを授かった者の多くはギルドに登録して冒険者になる。


 そして、その中でも特別に面倒くさいジョブがあった。


 勇者。


 魔王を倒せる力を持つ者に与えられるという、聞いただけなら格好いい職業である。


 俺、ルカ・アルトは、その日までただの村の少年だった。


 紺がかった黒髪に、青灰色の瞳。

 村ではそれなりに整った顔立ちだと言われることもあったが、剣の才能に恵まれていたわけでも、特別な魔力を持っていたわけでもない。


 親父に畑を手伝わされ、母さんに買い物を頼まれ、将来は町で剣でも習って冒険者になれたらいいな、くらいに考えていた。


 そんな俺は、十五歳になったその日、神殿の奥で髭を生やした神父にこう告げられたのだ。


「あなたのジョブは、勇者になります」


「え、勇者?」


 思わず聞き返してしまった。


「はい。勇者です」


「魔王を倒すとかいう、あの勇者?」


「その勇者です」


「えー……まじか」


 正直、最初に思ったのは感動ではない。

 面倒くさそう、である。


「これって、絶対に魔王を倒しに行かなきゃいけないやつですか?」


「基本的には、そうですね」


「基本的には」


「ただ、強制ではありません」


「え、そうなんですか?」


 神父は静かに頷いた。


「あなたの他にも勇者はいますので」


「勇者って、そんなにいるんですか?」


「現在確認されているだけでも、数名ほど」


「けっこういますね!?」


 百年に一人の選ばれし存在、みたいなものを想像していた俺は、そこで一気に肩の力が抜けた。


 なんだ。

 俺でなくてもいいのか。


「勇者とは、魔王を倒す可能性を持つ者に与えられるジョブです。必ず未来を決めるものではありません」


「可能性?」


「はい。たとえば、あなたが投げた石が巡り巡って、何年後かに瀕死の魔王へ当たる可能性があるとします」


「はい」


「その場合、あなたのジョブは勇者になります」


「判定ゆるくないですか?」


「もちろん、そんなことはほぼ起こりません」


「でしょうね」


「ですが、神託とは可能性を示すものです。魔王討伐に向かうかどうかは、最終的には本人次第です」


 俺は神父の説明を聞きながら、なんとなく納得した。


 つまり勇者とは、絶対に魔王を倒す者ではない。


 魔王を倒せるかもしれない者。


 そういう扱いらしい。


「というわけで、魔王討伐を掲げるかどうかは、あなたの判断に任されます」


「へぇ……」


「ただし、魔王討伐を掲げてくださるのであれば、神殿より専属の僧侶を派遣いたします」


「専属の僧侶?」


 その言葉に、ぴくっと反応してしまった。


 十五歳である。

 思春期である。

 専属の僧侶、と聞いて、少し胸が躍ったとしても仕方ないのである。


「ちなみに、どんな人ですか?」


「少々お待ちください」


 神父は聖書みたいな分厚い本を取り出し、ぱらぱらとページをめくった。


 やがて、あるページで手が止まる。


「あー……」


 神父の眉間にしわが寄った。


「うーん……」


「なんですか、その反応」


「いえ」


 神父は少し悩んだあと、小さく呟いた。


「……まあ、いいか」


 今、まあいいかって言ったな。


 この神父、絶対に言った。


 俺が不安を覚えるより早く、神父は奥の扉へ向かって声をかけた。


「リラ、出てきなさい」


 扉が開いたその瞬間、俺は息をするのを忘れた。


「はじめまして、勇者様」


 そう言いながら、彼女は薄紫色の瞳を細め、柔らかく俺に微笑んだ。


「壊れない程度に、ちゃんと面倒を見てあげるわ」


 現れたのは、黒髪の僧侶だった。

 歳は俺より少し上くらいだろうか。


 真っ直な黒髪。

 薄紫色の瞳。

 明るい小麦色の肌。

 白と黒を基調にした修道服。


 そして、非常に整った顔。


 顔が良かった。

 ものすごく良かった。

 俺の十五年の人生で見た誰よりも、綺麗だった。


「今、派遣できる僧侶は彼女だけ――」


「魔王は、必ず俺が討伐します」


 神父が言い終わる前に、俺は即座に宣言していた。


「決断が早いですね」


「勇者ですから」


 嘘だった。


 顔で決めた。


 多少、彼女の物騒な挨拶に違和感を覚えなかったわけではない。


 けれど、その違和感を押し流すくらい、彼女は俺の好みだった。


 死ぬほど顔が好みだったから、俺は魔王討伐を決めた。


 それが俺、ルカ・アルトと、僧侶リラ・ノエルの初めての出会いだった。


 ◇

 現在。


「つまり」


 ギルドの大テーブルで話を聞き終えたクロが、呆れたように言う。


「お前は顔で冒険者人生を決めた結果、あのリラさんを引いたわけか」


「言い方」


「違うのか?」


「……違わない」


 遠くのカウンターで、リラさんがこちらを見ている気がした。

 たぶん気のせいではない。


 あの日の俺に言ってやりたい。


 顔だけで僧侶を選ぶな。

 命がいくつあっても足りなくなるぞ、と。

 

 ……でもたぶん、もう一度同じ場面に戻っても、俺は同じ返事をするだろう。


「楽しそうだね、何を話しているの?」


 背後から、聞き慣れた声がした。


 耳に入るだけで、少しだけ背筋が伸びる。

 澄んでいて、やたら綺麗な声だった。

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