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うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです。〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第26話 この幹部、俺を査定しているようです

「本日の業務を開始いたします」


 そう告げたにもかかわらず、男は動かなかった。


 俺を一度だけ見て、すぐに書類へ視線を落とす。

 奴は、何かを確認するように小さく頷き、さらさらと紙へ文字を書き込んでいく。


「あんたが、俺の担当じゃないのか」


「ええ」


 返事はすぐに返ってきた。

 だが、視線は相変わらず書類へ向いたままだ。


「あなたの担当は私ではありません」


「私はあくまでこの現場の責任者です。基本的に戦闘は担当者にお任せしています」


 紙を一枚めくる。


「……ですが」


 そこでゾルディオは顔を上げた。

 再び、俺と目が合う。


「担当者の到着が少々遅れているようですね」


 淡々とした声。


「担当者が到着するまでは、私が対応いたします」


 次の瞬間。

 その姿が、ふっと消えた。


「ルカ! 右よ!」


 リラさんの叫びと同時に剣を構える。


「ぐっ……!」


 ただの蹴り。

 剣で受けたはずなのに、身体ごと持っていかれそうになる。

 地面を踏みしめ、なんとか踏みとどまった。


「これはこれは」


 ゾルディオは片足を振り抜いた姿勢のまま、小さく感心したように頷いた。


「良い反応速度でした」


 そう言った直後には、もう俺を見ていない。


 視線は後方へ。


「……というより」


「彼女のおかげですか」


 ゾルディオの視線の先には怪我人へ治癒魔法をかけながら、こちらを見ているリラさんがいた。


「こんな状況じゃなければ、ルカがボコボコにされるのは私は嬉しいのだけれど」


「あいにく、今は手が離せないの。もう少し待ってから蹴り飛ばされなさい」


 この人は、本当に相変わらずだ。


「あなたも」


 リラさんは俺ではなく、治癒を終えた冒険者へ視線を向ける。


「治したんだから、さっさと戻りなさい」


「も、もう少しだけ休ませてください……」


 冒険者が情けない声を漏らす。


「……」


 リラさんは微笑んだ。

 けれど、その目だけは少しも笑っていない。


 たったそれだけで十分だった。


「い、行ってきます!」


 冒険者は飛び上がるように立ち上がり、慌てて戦場へ戻っていく。


「なるほど」


 その様子を見届けると、ゾルディオは納得したように頷いた。


「想定よりも怪我人が少ない理由は彼女でしたか」


 また書類へ視線を落とす。

 さらさら、とペンが走る音だけが妙にはっきり耳へ届いた。


「重要事項ですね」


 書き終えると、ようやく俺を見る。


「では」


 書類を閉じることなく、一歩踏み出した。


「勇者ルカ殿」


「あなたの能力も確認いたします」


 その言葉を合図にしたように、足元がぶれた。


 速い。


 剣を振る暇もなく、反射的に横へ飛ぶ。

 さっきまで立っていた場所に、黒い靴底が地面を抉る。


 そこからは防戦一方だった。


 奴の蹴りに剣を合わせるたびに、腕が軋む。


 蹴りはどれも鋭く、受けるだけで体勢を崩されそうになる。

 まともに受け続ければ、そのうち押し切られるだろう。


「くそっ!」


 蹴りを受け流した勢いのまま踏み込み、《蒼哭》を振り抜く。


 何度か打ち合ううちに、一つだけ見えた。


 蹴りを振り抜いた、その一瞬。


 そこへ剣を滑り込ませる。


 だが、ゾルディオは半歩だけ身を引いた。


 届かない。


 そう思った瞬間、ぴりっと布の裂ける音が耳に届く。

 黒い軍服の裾が、わずかに裂けていた。


「……ほう」


 ゾルディオは初めて視線を落とし、裂けた裾を一瞥する。

 そのまま何事もなかったようにペンを走らせる。


「観察力は良好ですね」


 さらさら、と紙を擦る音が響く。


「剣術は平均以上と」


 さらに一行書き加える。


「残る項目はあと一つ」


 次は届く。

 そう思って踏み込んだ瞬間、ゾルディオの姿が視界から消えた。


 しまっ――


 腹へ鈍い衝撃が突き刺さった。


「がはっ!」


 身体がくの字に折れ、そのまま数歩吹き飛ばされた。


 口の中へ鉄の味が広がり、地面へ赤い雫が散った。


「耐久力は想定以上ですね」


 ゾルディオは、淡々とペンを走らせる。


「やめろ!」


 そのとき、甲高い声が戦場へ響く。


 聞き覚えのある声だった。


 顔を上げると、弓を握ったまま立つメルヴィが、震える瞳でゾルディオを睨みつけていた。


「お前の狙いは私だろう!」


「降伏する!」


「だから街には……ルカには、手を出すな!」


 ゾルディオは追撃しなかった。


 ゆっくりとメルヴィへ向き直る。

 戦場の喧騒など存在しないかのような穏やかな足取りだった。


「こんにちは」


 軽く一礼する。


「同胞の女性」


「メルヴィ、と言いましたか」


 その名を呼ばれた瞬間。

 メルヴィの肩が小さく震えた。


「私の納品物は、気に入っていただけましたか」


「……っ」


 言葉が出ない。


「里の方々は、なかなか口を割ってくださらなかったので」


 事務報告でもするような口調だった。


「あなたのお名前を伺うまで、少々お時間を要しました」


 その一言で、メルヴィの顔から血の気が引いていく。


「そ……そんな……」


「てめぇ!」


 《蒼哭》を握り直し、斬りかかる。


 だが。


 ゾルディオは視線すら向けず、半歩身体をずらしただけだった。

 空を切った刃が風を裂く。


「最初は、対象者メルヴィだけ始末できれば業務完了だったのですが」


 残念そうに肩をすくめる。


「どこぞの勇者殿が、仕事を失敗したようでして」


「……やっぱり、あれはお前か」


「ええ」


 短く答えると、また紙をめくる。


「その結果、魔王様より追加業務が届きました」


 淡々と読み上げる。


「対象者メルヴィごと、この街を滅ぼせ」


「以上が現在の業務内容です」


 メルヴィの膝から力が抜ける。


 地面へ崩れ落ちた彼女を見ても、ゾルディオの表情は少しも変わらなかった。

 ゾルディオは書類を閉じず、そのまま戦場の奥へ視線を向けた。


「さて」


 小さく息をつく。


 まるで予定どおりに次の工程へ移るような、そんな自然な仕草だった。


「お待たせいたしました」


「勇者ルカ殿。あなたの担当者が到着したようです」


 その一言を境に、魔獣たちが左右へ散っていく。


 何かを迎え入れるように、道を作った。

 その奥から、一人の男がゆっくりと姿を現す。


 重い足音が、地面を叩く。


 一歩。


 また一歩。


 近づくたびに、その顔がはっきり見えてくる。


 血走った目。

 全身から滲み出る禍々しい魔力。


 肩で荒く息をしながら、それでも真っ直ぐこちらだけを見据えている。


 見間違えるはずがない。


「……タイラ」


 思わず名を漏らす。


「では私は責任者として」


 ゾルディオは書類を脇へ抱える。


「以降は担当者へ一任し、私は業務の進行確認に移ります」


 その声音は、最初から最後まで何一つ変わらなかった。

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