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うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです。〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第25話 この魔王軍、もしかして仕事で来てたりする?

 ギルド中へ、緊迫した声が響き渡る。


「魔王軍の襲撃です!」


「戦える冒険者は全員、北門前へ! 繰り返します、戦える冒険者は全員、北門前へ!」


 酒を飲んでいた冒険者たちが、慌てて武器を掴む。


 椅子が倒れ、食器が割れる。

 さっきまで笑い声に満ちていたギルドは、一瞬で戦場へ向かう兵士たちの顔へ変わっていた。


「行くぞ!」


 俺は《蒼哭》を腰に差し、駆け出した。

 リラさん、ミナ、メルヴィもすぐに後を追う。


 石畳を蹴る足音だけが、やけに大きく響く。

 普段は賑やかな大通りも、人々は家へ逃げ込み始めていた。


「……誤報じゃないかな」


 思わず漏れた言葉だった。


「そんなわけないじゃない」


 隣を走るリラさんが即座に切り捨てる。


「ギルドがこんな嘘をつく理由がないわ」


「……だよな」


 分かっている。

 分かっているけど、そうであってほしかった。


「……私のせいだ」


 後ろから、小さな声が聞こえた。


 メルヴィだった。


 俯いたまま、自分の胸元を強く握り締めている。


「私を狙って……」

 

 握り締めた指先が、小さく震えていた。


「メルヴィのせいじゃない」


 俺は振り返らずに答えた。


「俺も、お前を狙うなら街の外だと思ってた」


 クエスト中。

 人気のない街道。

 いくらでも襲える場所はある。


 それなのに、魔王軍は街そのものを襲ってきた。


「街ごと巻き込むなんて、俺も思わなかった」


 横でリラさんが静かに口を開く。


「たぶん、ギルマスターがいないのも理由ね」


「あ……」


 そうか。

 今、サグネさんはギルド間の定例会議へ出席している。

 街にはいない。


「ギルドマスターさんって、そんなにお強いんですか?」


 ミナが不思議そうに尋ねる。


「ああ」


 俺は苦笑した。


「たぶん、この世界でも十本の指に入ると思う」


 脳裏に浮かぶのは、あの濃い化粧と筋骨隆々の身体。


『ルカちゃーん!』


 うっふーん、と両手を広げて抱きついてくる姿まで思い出し、思わず身震いした。


「……今思い出しても怖い」


「同感」


 リラさんが即答する。


「ルカ。今日は忙しくなりそうね」


「……ちょっとだけ嬉しそうなのは、気のせいですよね」


 少しだけ空気が緩んだ。


 ――その直後だった。


 ガアアアアアッ!!


 門の向こうから、獣の咆哮が響く。


「急ぐぞ!」


 俺たちは北門を飛び出した。


 目の前に広がっていたのは、戦場だった。

 すでに二十人ほどの冒険者が魔獣と交戦している。


 血の匂いが風に乗る。


 狼。

 巨大な熊。

 人ほどもある大蛇。


 魔獣はまだまだいる。


「多すぎる……!」


 誰かが叫ぶ。

 すでに何人もの冒険者が倒れ、地面を赤く染めていた。


「リラさん!」


「ええ、分かってるわ」


 リラさんは前へ歩き出す。

 その表情には、さきほどまでの余裕はない。


 目を閉じて、両手を胸の前で重ねる。


「主よ、汝の化身となる我に、癒しの力を」


 リラさんが魔法の詠唱を始める。


『詠唱した方が、重い傷でも早く治せるって言ったのよ』


 以前、そんなことを話していたのを思い出した。


 俺は思わず息を呑む。

 リラさんが詠唱するなんて、初めて見た。


 この戦場が、今までとは違う場所なのだと自ずと理解する。


「天光満つるところに、我在り」


 淡い光が足元から広がり、赤く染まった地面を静かに照らした。


「我が前に流るる血を赦さず。我が光届くところ、命尽きることなし」


 リラさんの魔力が一気に膨れ上がる。


「――《聖女の祝福《ディアセイント・ヒール》》」


 温かな光が雨のように降り注ぎ、傷ついた冒険者たちを包み込む。

 広範囲治癒魔法だ。

 

「うおっ……!」


 倒れていた冒険者が次々と起き上がった。

 裂けていた傷が塞がり、折れた腕が元へ戻っていく。


「助かった!」


「まだ戦える!」


 歓声が上がる。


 ……これがリラさんの本気か。


 やっぱり、リラさんはすごい。


 ……今度から毎回詠唱してもらおう。


「ほら、あなたたち。治したんだから、さっさと働きなさい」


 思わず、口元が緩む。


 それでこそ、俺の僧侶だ。


「ミナ!」


「は、はい!」


「前には出るな! 味方から離れた魔獣に向かって魔法を撃て!」


「で、でも……!」


 ミナは杖を握りしめたまま、戦う冒険者たちへ視線を向ける。


 もし味方に当たってしまったら。


 その不安が、表情にはっきりと浮かんでいた。


「大丈夫!」


 俺は周囲の冒険者へ向かって叫ぶ。


「みんな! ミナの魔法でやられるほど柔じゃないよな!」


「「おう!」」


 頼もしい返事が返ってきた。


 ミナの表情から緊張が少しだけ消える。

 杖を握る手に、もう迷いはなかった。


「轟く雷鳴よ。空より下れ」


「天を切り裂く、刹那の煌めき。汝の道筋は我が示す」


 詠唱とともに、杖の先へ青白い雷光が集まっていく。


「――《雷帝の槍(ライトニング・ピアス)》」


 次の瞬間。


 轟音とともに雷が空から落ち、遠くの狼型魔獣をまとめて貫いた。

 魔獣達は、悲鳴を上げる間もなく、黒焦げになって倒れ伏す。

 

 相変わらず、凄まじい威力だ。


 ……あれだけは、喰らいたくないな。


「ミナ、その調子だ!」


 俺はミナに向けて、親指を立てた。


「は、はい!」


 ミナは頷くと、すぐ次の詠唱へ入った。


「メルヴィ!」


「……ああ」


「お前はリラさんとミナの護衛だ! 二人に近付く魔獣を止めてくれ!」


「了解した。我が影に眠る牙よ」


「――《召喚(サモン)》。おいで、ノラ」


 メルヴィはノラを呼び出し、三人は散開する。


「さて」


 俺は蒼哭へ手を掛けた。


「相棒」


 鞘から抜き放つ。


「お前の初陣だ」


 目の前の熊へ踏み込もうとした、その瞬間だった。


「おっと。勇者ルカ」


「あなたの担当者は、別にいます」


 聞き覚えのない男の声。


 直後。


 腹へ強烈な衝撃が突き刺さった。


「がっ……!」


 身体が宙を舞う。

 地面を何度も転がり、ようやく剣を突き立てて止まった。


「ルカさん!」


 ミナの悲鳴が響く。

 痛む腹を押さえながら顔を上げる。


 そこには、一人の男が立っていた。


 長身の男だった。

 額には二本の黒い角。

 漆黒の軍服は皺一つなく整えられている。


 男は、持っていた紙に一通り目を通すと、ようやく俺を見た。

 まるでこちらより書類の方が重要だと言わんばかりだった。


「初めまして」


 男は軽く一礼した。


「私は魔王軍幹部、ゾルディオ・イコルと申します」


 穏やかな口調だった。

 まるで挨拶でもするように。


「本日の業務は、この街の制圧となっています」


 そう言うと、彼の近くから一匹の蝙蝠のような一つ目の魔獣が現れた。


「……なるほど」


「あれが伝令役だったのね」


 リラさんの視線が、一つ目の魔獣へ向く。


「報告、ありがとうございます。予定より冒険者が多いですね」


「作戦を一部変更しましょう」


 男は紙へ目を落としたまま、片手を軽く上げる。


「そこ、熊部隊」


「門の破壊を優先してください」


「狼部隊は冒険者を足止めしてください」


「蛇部隊は負傷者を狙ってください」


 まるで部下へ指示を出す上司だった。


「……まったく」


 小さくため息をつく。


「……困りましたね」


「配置を外れている個体がいます」


 その瞬間。


「魔に連なる獣達よ。我が下僕となりて、存分に力を振え」


 詠唱が始まった。


「狂え、怒れ、誇れ。汝らの力を我に見せつけろ」


「――《虚兵の行進(ファントム・マーチ)》」


 ゾルディオが詠唱を終えると、黒い魔力が霧のように戦場を覆った。

 魔獣たちが一斉に咆哮を上げ、その目が赤黒く染まる。

 魔獣たちの身体から禍々しい魔力が噴き上がった。


「なっ……!」


 熊型魔獣が冒険者を盾ごと吹き飛ばす。

 狼は今まで以上の速さで駆け抜け、大蛇は鎧ごと兵士を締め上げた。


「ぐああああっ!」


 あちこちで悲鳴が響く。


 ゾルディオは書類を閉じた。


「少々予定は狂いましたが、これで問題ありません」


 一枚めくる。


「それでは」


 静かに俺を見た。


「本日の業務を開始いたします」


 その一言だけで、俺の背筋に冷たいものが走った。

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