第23話 どうやら、今回のタイラは悪くないらしい
「俺は……そんなつもりじゃ」
タイラの掠れた声が、静まり返ったギルドに響いた。
「俺は見てたぞ」
倒れた椅子を起こしながら、一人の冒険者が口を開く。
「タイラが渡した腕輪が光って、そのあと爆発したんだ」
「ああ、俺も見た」
「間違いねえ」
一人が言えば、次々と声が上がる。
ギルド中の刺すような視線が、一斉にタイラへ向いた。
「おいおい。いくらルカのことが嫌いだからって、やりすぎだろ」
「だから言ったんだ。あいつはいつか問題を起こすって」
「……ここまでやるとは思わなかったけどな」
「違っ、俺は!」
タイラが一歩踏み出す。
その顔は青白く、いつもの威圧感はまるでない。
「今さら言い訳か?」
「今までの乱暴な振る舞いは見て見ぬふりしてきた。でも今回はそうはいかないぞ」
「違う……俺は、本当に知らなかった」
「知らなかったで済むかよ」
「ルカが庇わなきゃ、あの子は死んでたんだぞ」
「俺は助けようとしただけだ!」
ギルド中に、タイラの叫びが響く。
「森で会った魔族に頼まれたんだ! 本当に困ってるように見えた!」
「それで、助けてやろうと思っただけだ!」
それでも、周囲の疑いの目は消えなかった。
「だから信じたってのか?」
「勇者が聞いて呆れる」
「違う! 最初に木彫りを見せたのは――」
「もういい」
一人の冒険者が首を振る。
「言い訳は聞き飽きた」
「今まで散々好き勝手やってきたんだ」
「誰がお前を信じる?」
タイラの口が止まる。
何か言い返そうとするように、唇がわずかに動いた。
けれど、声は出ない。
握りしめられた拳だけが、小さく震えていた。
「待ってくれ」
俺は立ち上がろうとした。
まだ身体は重かったが、それでも放ってはおけない。
「あいつは最初に木彫りを見せた。それでメルヴィ本人か確認してから腕輪を渡したんだ」
周囲が静かになる。
「最初から爆発させるつもりなら、そんな回りくどいことはしないだろ」
「でもよぉ……」
「俺には、タイラも騙されていたように見えた」
その一言で、タイラの肩がぴくりと震えた。
けれど。
「それでも爆発させたのは事実だろ」
「ルカが庇わなきゃ、あの子は死んでたぞ」
「ルカ、お前はよくやった。さすがだ」
そして、一人の冒険者がぽつりと呟いた。
「……ああいう奴が、本物の勇者なんだろうな」
「……っ」
タイラの肩が震える。
何か言おうとして。
結局、何も言えずに踵を返した。
「あっ、おい!」
俺が呼び止めても、タイラは振り返らなかった。
あっという間にギルドの外へ飛び出し、その姿は見えなくなる。
誰も追いかけようとはしなかった。
「……タイラ」
あいつは助けようとしていた。
それだけは分かる。
だから余計に、胸糞が悪かった。
「彼も魔族に踊らされたようね」
隣でリラさんが静かに言う。
その声に、責める色はなかった。
「そうですね。メルヴィ、お前は大丈夫か?」
「ああ」
メルヴィは木彫りの鳥を胸へ抱き寄せる。
「ケガはない」
赤紫の瞳にはまだ涙が残っていた。
「……これだけでも、私の元へ返ってきた」
木彫りを優しく撫でる。
「父が作ってくれたものだ。腕輪は偽物だったが……これは本物だ」
少しだけ笑う。
「嬉しい方が、強い」
「ちゃんと返ってきてよかったな」
「ああ」
小さく頷く。
「……ルカ。守ってくれて、ありがとう」
メルヴィに真っ直ぐ礼を言われると、なんだか落ち着かない。
だから何も言わず、頭をぽんと撫でた。
「や、やめろ! 子供扱いするな!」
口では怒る。
けれど、手は振り払われなかった。
「何をしているのかしら」
背筋がひやりとした。
振り返ると、リラさんが薄く微笑んでいる。
笑ってはいる。
……目だけは、ものすごく冷めていた。
◇
ギルドを飛び出してからも、タイラは走り続けた。
街の視線から逃げるように。
誰の声も聞こえない場所を求めるように。
気づけば、足は以前あの魔族と出会った森へ向かっていた。
「出てこい、魔族野郎!」
飛びかかってきた魔獣を一刀で斬り伏せる。
「俺様をハメやがって!」
血を払う間もなく、次の魔獣へ剣を振るう。
一匹斬っても、二匹斬っても、胸の奥に溜まったものは少しも消えなかった。
「くそ……」
ギルドで浴びせられた言葉が、何度も頭の中で響いていた。
『誰がお前を信じる?』
何か言い返したかった。
違うと叫びたかった。
けれど、その言葉は喉で詰まった。
自分は力さえあれば、何でも押し通せると思っていた。
派手な鎧をまとい、他者を威圧する。
気に入らない相手は脅し、ルカにも何度もつっかかった。
その積み重ねが、今になって自分の首を絞めている。
だから今さら、
――信じてくれ。
その一言だけが、どうしても口にできなかった。
『ああいう奴が、本物の勇者なんだろうな』
「なんで、俺様じゃなくて、ルカの野郎が……」
剣を握る手に力が入る。
「俺だって……勇者らしいことをしようとしただけじゃねえか」
誰もいない森に、掠れた声が落ちる。
「おやおや」
背後から、穏やかな声が聞こえた。
「随分とご立腹なご様子で」
タイラが勢いよく振り返る。
以前見た時と装いは違った。
けれどその顔を見た瞬間、頭に血が上る。
「……テメェ」
木陰には、一人の魔族が立っていた。
黒い軍服を乱れなく着こなし、手元の書類へ目を落としている。
内容を一通り確認すると、ようやくこちらを見た。
「業務へのご協力、誠にありがとうございました」
その瞳は、ただ淡々と次の仕事を見据えていた。




