第21話 今の俺に、面倒ごとはごめんです
鍛冶屋を出てから、俺はずっと機嫌がよかった。
腰には、さっき買ったばかりの魔剣《蒼哭》。
黒銀の鞘は陽の光を鈍く弾き、歩くたびに腰元で小さく揺れている。
そのたびに、どうしても目がいってしまう。
数歩進む。
止まる。
腰を見る。
「……かっこいい」
思わず声が漏れる。
いや、本当に格好いい。
また歩く。
今度は少し長めに進む。
けれど、やっぱり気になって立ち止まる。
「……やっぱりかっこいい」
「ルカさん、本当に嬉しそうですね」
後ろを歩くミナが、くすくすと笑った。
「そう見えるか?」
「はい。さっきから何回も止まってます」
「そんなに止まってないだろ」
「少なくとも五回は止まっている」
メルヴィが冷たい声で言った。
その視線は、まるで珍獣でも見るようだった。
「ふふふ、たまにはいいじゃない」
リラさんが楽しそうに笑う。
「なんだか、リラさんも嬉しそうです」
「そうかしら」
そう言いながら、リラさんの視線は俺の腰元ではなく、俺の顔に向いていた。
いつもの人を試すような笑みではなく、どこか柔らかい笑みだった。
こんな表情をするリラさんは、あまり見たことがない。
あの極悪な性能の魔剣を手に入れたから嬉しいのか。
それとも、俺が喜んでいるから、リラさんも嬉しいのか。
……さすがに、それは都合よく考えすぎだろうか。
その答えはたぶん、リラさんしか分からない。
「あの魔剣で、そこまで喜べるのはお前くらいだろうな」
メルヴィだけは、いまだに俺たちに冷たい視線を送り続けていた。
「何言ってるんだ。格好いいだろ」
メルヴィは呆れたように息を吐く。
なんだ、そのため息は。
魔剣の良さは、分かる奴にだけ分かればいいのだ。
そうに決まっている。
やがて、見慣れた冒険者ギルドの建物が見えてきた。
俺は自然と歩く速度を上げる。
「ルカさん?」
ミナの声を背中に受けながら、ギルドの扉へ手をかけた。
中には昼を過ぎても酒を飲んでいる冒険者や、依頼帰りらしい連中が集まっている。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「帰ったぞー!」
勢いよく扉を開ける。
何人かが驚いて、こちらを振り返った。
その視線が集まったところで、腰の《蒼哭》へ手を添える。
「みんな、見てくれ!」
腰から鞘ごと引き抜き、魔剣を高々と掲げた。
「魔剣の勇者が帰ってきたぞー!!」
一瞬、ギルドの中が静まり返る。
「なんだなんだ」
「魔剣?」
「今、魔剣って言ったか?」
「それより、ルカってああいうキャラだったか?」
酒場にいた冒険者たちが、わらわらと集まってきた。
その人混みを押しのけるように、一人の男が飛び出してくる。
「る、ルカ! お前まさか!」
クロだった。
俺は何も言わず、腰の《蒼哭》をクロへ向ける。
それを目にしたクロの顔が、一気に輝いた。
「うおおお! かっけえええ!」
クロ。
やっぱりお前は話が分かる奴だ。
「お前、これ買ったのか!」
クロが勢いよく肩を組んでくる。
「ああ。一目惚れだ」
「だよな! これは買うよな!」
「分かるか!」
「分かる!」
固く頷き合う。
友情。
それは喜びを増幅させるもの。
そこへ、誰かが手を叩き始めた。
「ルーカ! ルーカ!」
「ルーカ! ルーカ!」
酔っ払い連中は面白がってすぐにノリ始めた。
「やめろやめろ! 恥ずかしいって!」
口ではそう言ったものの、悪い気はしなかった。
ミナまで遠慮がちに手拍子を始める。
「ミナまで!?」
俺が振り返ると、ミナは少し恥ずかしそうに笑った。
「え、えへへ……」
リラさんも楽しそうに、小さく手を叩いている。
メルヴィだけは冷たい目だった。
「……平和な連中だな」
呆れた声が聞こえたが、今は気にしない。
「なあ……」
騒ぎの端で、誰かが小声で話している。
「俺、あの魔剣が売ってた鍛冶屋に行ったんだけどよ」
「ああ」
「あれ、持ち主が傷つくほど切れ味が増す魔剣じゃなかったか?」
「マジか。諸刃の剣ってこと?」
「それは、なんとも言えない……」
話していた男が、ちらりとリラさんを見る。
リラさんは何も言わず、楽しそうに微笑んでいた。
「でも、ルカには血染めの聖女のリラさんがいるから……」
「あいつも大概ドMだよな……」
誰かがそんなことを呟いていた気がする。
だが、ノリノリの俺たちに、そんな声が届くはずもなかった。
◇
手拍子は、思ったより早く終わった。
最初こそ騒いでいた冒険者たちも、それぞれ酒や食事へ戻っていく。
散っていく連中が、妙に温かい目でこちらを見ていた気がするが、たぶん気のせいだろう。
「……やばい」
今さら恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
……ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
それでも。
「こいつの初陣はいつかな」
俺は椅子に座りながら、《蒼哭》の鞘を撫でた。
まだ抜いてすらいないのに、もう戦うところを想像してしまう。
「あなたなら、すぐ使うことになるわ」
向かいに座るリラさんが、具沢山のスープを口へ運ぶ。
遅めの昼食だ。
肉と野菜の匂いが立ち上り、ようやく、腹が減っていたことに気づく。
「はやく、その剣の性能を確かめたいわね」
リラさんの瞳が愉しげに細まる。
「その剣じゃなくて、俺の怪我が楽しみなんでしょう?」
「あら、心外ね。そんなこと言ってないわ」
言ってはない。
だが、ほぼ言っている様なものである。
「……金は必ず返す」
メルヴィも同じスープを前にして、ぽつりと言った。
手にした匙は止まったまま。
赤紫の瞳が、揺れる湯気の向こうへ向けられている。
「いいですよ! 私たちはもう仲間なんですから!」
ミナが身を乗り出す。
メルヴィは無一文だ。
武器以外ほとんど何も持っていない。
宿代も食事代も、今は俺たちが立て替えている。
「そうそう。あとでクエストの取り分から引いておくから」
冗談まじりに言うと、ミナが勢いよく俺を見る。
「ルカさん!」
青い瞳が、珍しく反抗的だった。
「冗談だって」
「もう……」
頬を膨らませるミナの横で、メルヴィは何も言わずスープを見つめていた。
「……仲間か」
小さな声だった。
匙の先が水面に触れ、丸い波紋がゆっくりと広がっていく。
その言葉を否定する者は、誰もいなかった。
「……ルカ」
誰かに呼ばれた気がした。
聞き慣れない声じゃない。
なのに、自分が呼ばれたとは思わなかった。
「おい、ルカ!」
今度ははっきり聞こえた。
振り返ろうか迷っているうちに、さらに声が飛んでくる。
「無視すんじゃねえ! 雑魚勇者が!」
そこでようやく分かった。
慌てて振り返ると、少し離れた場所でタイラが腕を組み、じっとこちらを睨んでいた。
……今の俺に、面倒ごとは無しにしてくれ。




