第19話 魔剣ってだけで、心踊るのは俺だけ?
翌朝。
「どうした、その顔は」
宿で顔を合わせたメルヴィの目の下には、うっすらと隈ができていた。
「……ミナの寝相が悪すぎただけだ」
「本当にごめんなさぁぁぁい!」
ミナが勢いよく頭を下げる。
「え?」
俺は二人を見比べた。
「一緒の布団で寝たのか?」
「ち、違う!」
メルヴィが声を大にして否定する。
「ミナがどうしてもと言うからだ!」
「……ほんとうに一緒に寝たんだ」
「今は、そこじゃない!」
メルヴィが顔を真っ赤にして睨んでくる。
その隣で、ミナも負けないくらい顔を赤くしていた。
「私、朝起きたら抱きついてて……」
「二回蹴られた」
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
「布団も全部取られた」
「うぅ……本当にごめんなさい……」
俺は思わず吹き出した。
「仲良くなれて良かったじゃん」
「良くない!」
即答だった。
「あら。朝から楽しそうね」
階段からリラさんが降りてくる。
「楽しそうなのはルカだけだ」
「ミナも楽しそうよ?」
「私は別に楽しんでません!」
涙目で否定するミナを見て、リラさんはくすりと笑った。
「今日は依頼もないし、街を歩きましょうか」
「リラさんから誘うなんて珍しいですね」
「たまにはいいでしょう?」
いつもなら、すぐにでも次のクエストに行こうとするリラさんなのに、今日はなんだか珍しいな。
けど、昨日の依頼も無事に終わったばかりだ。
たまには、のんびりするのも悪くない。
「あっ、そういえば!」
ミナが何かを思い出したように声を上げる。
「ルカさん、昨日鍛冶屋さんに行きたいって言ってませんでした?」
「そうだった!」
完全に忘れていた。
「新しい剣が入ったって、クロが言ってたんだ!」
「急に元気になったな」
メルヴィが呆れたように言う。
「勇者にとって剣はロマンなんだよ」
「意味が分からん」
「ミナなら分かるよな?」
「はい。新しい杖を見ると、わくわくします」
「ほら」
「ますます分からん」
宿を出た俺たちは、そのまま鍛冶屋へ向かった。
店へ入ると、熱気と鉄の匂いが一気に押し寄せる。
壁一面に並ぶ剣、槍、斧。
どれもよく手入れされていて、見ているだけでも楽しい。
「いらっしゃい」
奥から鍛冶屋の店主が姿を見せる。
革の前掛けを着けた、大柄な男だった。
無精髭と、丸太みたいに太い腕が目立つ。
「好きに見ていきな」
「ありがとうございます!」
俺はさっそく壁に並ぶ剣を見始めた。
一本一本、重さや長さを確かめながら歩いていく。
どれも悪くない。
そんな中――
「……うわ」
思わず足が止まった。
店の一番奥。
他の剣とは少し離れて、一振りだけ飾られている。
黒銀の刀身に、青白い紋様。
鍔には蒼い宝石が埋め込まれ、まるで勇者のために作られたような美しい姿をしていた。
「何これ……めちゃくちゃ格好いい」
「おっ、そいつに目を付けたか」
店主が笑う。
「魔剣《蒼哭》だ」
「魔剣……《蒼哭》!」
魔剣だ。しかも名前まで格好いい。
「《蒼哭》……」
「二回言いましたよ」
「だって《蒼哭》だぞ?」
「三回目だ」
メルヴィが呆れたようにため息をつく。
俺は、そんなため息を気にもせず、魔剣へ近づいた。
「どんな能力なんです?」
店主は腕を組みながら答える。
「持ち主が傷ついた時、流れた血と魔力を喰らって切れ味が増す」
「……ん?」
雲行きが怪しくなってきた。
「一度喰った魔力は、治癒魔法で傷を治しても戻らねぇ」
「……つまり?」
「その戦闘中だけ、傷つけば傷つくほど強くなる魔剣だ」
「買いましょう」
「買いません」
リラさんと俺の声がぴったり重なった。
「最高じゃない」
「どこがですか」
「私が何回治しても強くなるのよ?」
「そこが一番駄目なんですよ」
リラさんは本気で欲しそうな顔をしている。
下手したら、俺以上に目を輝かせている。
「ルカにぴったりね」
「俺に何をさせる気ですか」
「いつも通りよ」
「いつも通りが怖いんです」
メルヴィが魔剣を見て眉をひそめた。
「つまり、治してまた傷つけば、その分だけさらに切れ味が増すのか」
「そういうことだ。ただし、戦闘が終われば元に戻る」
「最悪だな」
「だよな?!」
思わず身を乗り出してしまう。
どう考えても勇者が振るうような剣じゃない。
「ちなみに、歴代の所有者はどうなったんです?」
ミナがおそるおそる尋ねる。
店主はあっさり答えた。
「全員死んだ」
「でしょうね!」
思わず声が裏返る。
「最後の一撃だけは、どいつも凄まじかったらしいがな」
「参考になりません!」
俺が頭を抱える横で、リラさんは魔剣をじっと見つめていた。
「やっぱり良いわね」
「どこがですか」
「ルカを治しても、ちゃんと強くなるのよ?」
「その発想が怖いんですよ!」
「だって、私がルカを治すたびに、剣はもっと強くなるんでしょう?」
「その前に、俺がまた傷つく工程を挟まないでください」
リラさんは少しだけ残念そうに肩を落とした。
「惜しいわね」
「惜しくないです」
メルヴィも呆れたようにため息を吐く。
「お前たちは、普段からそんな戦い方をしているのか」
店主もまた、そんな俺たちを見て苦笑する。
「まあ、だから売れ残ってるんだ」
「ですよね」
「見た目だけなら、一級品なんだがな」
その言葉に、俺はもう一度《蒼哭》を見る。
黒銀の刀身に、青白い紋様。
吸い込まれそうなほど綺麗な蒼い宝石。
やっぱり格好いい。
どう見ても格好いい。
「ちなみに、値段はいくらです?」
「金貨百五十枚」
あまりにも平然と言われて、思わず声が漏れた。
「高っ!」
「一応魔剣だからな」
うーん、と唸る。
……その金で半年は生きられるな。
冷静に考えれば、俺が持つべき剣ではない。
でも、この見た目は反則だ。
俺は他の普通の剣を何本か手に取ってみる。
どれも使いやすそうだし、値段も手頃だ。
……なのに。
気が付けば、また《蒼哭》を見ている。
「……」
「ルカさん?」
ミナが不思議そうに首を傾げた。
俺は腕を組む。
扱いづらいし、値段も高い。
そして、歴代所有者は全員死亡ときた。
冷静に考えれば、買う理由なんて一つもない。
ないんだけど。
「……これください」
一瞬、店の中が静まり返った。
勇者になってから貯めた金が、ほとんど消える。
それでも、口から出た言葉を引っ込める気にはなれなかった。
「えっ」
ミナが目を丸くする。
「本当に買うのか」
メルヴィが信じられないという顔で俺を見る。
そんな中、リラさんだけが満面の笑みだった。
「さすが私の勇者様」
「違います」
俺は勢いよく首を振る。
「見た目が格好よすぎるんですよ!」
店主が吹き出した。
「そんな理由で魔剣を買う奴は初めて見た」
「だって格好いいじゃないですか!」
店主は苦笑しながら肩を竦める。
「気持ちはわかるがな」
店主は棚から魔剣を外し、俺へ差し出した。
魔剣を受け取った瞬間。
「……重っ」
思っていた以上にずしりと重い。
それだけで、妙に気分が高揚した。
「……やっぱり格好いい」
「もう完全に惚れてるな」
メルヴィが呆れる。
「仕方ないだろ」
俺は《蒼哭》を腰に下げる。
鏡はないが、きっと似合っている。
こいつが、他の冒険者の腰にぶら下がっていたら、俺は間違いなく後悔する。
その姿を見たリラさんが満足そうに頷いた。
「ええ。よく似合ってるわ」
「そうですか?」
「ええ」
その一言だけで、少し嬉しくなった。
……あれ?
そういえば俺。
見た目だけで選んで、あとから苦労したことがあったような。
ちらりと隣を見る。
相変わらず、リラさんは綺麗だった。
「どうしたの?」
「いえ」
俺は苦笑する。
見た目で選んだからといって、後悔しているわけじゃない。
……たぶん。
◇
鍛冶屋を出ると、柔らかな日差しが街を照らしていた。
リラさんは、ふと屋根の上へ視線を向ける。
「……」
「リラさん?」
「何でもないわ」
そう言って微笑む。
いつも通りの笑顔だった。
「ほら、行きましょう」
「はい」
俺は新しい相棒の柄を軽く叩き、リラさんが屋根の上に何を見つけたのかも知らず、その後を追いかけた。




