第18話 この勇者、本当に懲りないね
「おいおい。勇者と魔族が一緒にいるとか、何の冗談だ?」
声の主は、案の定もう一人の勇者――タイラ・ガルドだった。
俺は思わず額へ手を当てる。
こいつ、俺たちに絡まないと気が済まないのか。
タイラは取り巻きの魔法使いと狩人を連れ、肩で風を切るようにこちらへ歩いてきた。
初めはメルヴィを見ていたが、すぐにその視線がリラさんへ移る。
「そろそろ俺様の僧侶になる覚悟はできたかよ」
「……」
リラさんは返事をしない。
それどころか、タイラの方を見ようともしていない。
頬杖をついたまま、ノラの頭を撫でている。
ノラは満足そうに尻尾を揺らしていた。
完全な無視だった。
タイラの顔がひきつる。
「けっ……相変わらず癪に障る女だぜ」
前にも似たようなことをして、痛い目に遭ったはずなのに。
学習しないのだろうか。
いや、学習する頭があったら、そもそもこんな絡み方はしないか。
タイラは舌打ちすると、今度はメルヴィへ向き直った。
「ま、良かったな」
俺を親指で示す。
「お前と出会ったのが、この雑魚勇者でよ」
「雑魚勇者って本人の前で言うなよ……」
「俺様がお前を見つけてたら、勇者として真っ先にぶった斬ってるぞ」
メルヴィの目が細くなる。
「……待て」
「あ?」
「今、勇者と言ったか」
「そうだ。俺様も勇者だ。この雑魚と一緒にされたら困るがな」
がはは、と品のない声が、ギルドに響く。
こいつ、マジでうざいな。
メルヴィは返事もせず、タイラを頭の先から足元まで値踏みするように眺めた。
「……お前も勇者なのか」
「さっきからそう言ってんだろ」
「お前のようなものが勇者とは」
心底嫌そうに眉を寄せる。
「世も末だな」
酒を飲んでいた冒険者まで、木杯を口元で止めた。
「……なんだと?」
「聞こえなかったのか」
「魔族風情が、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「調子に乗っているのはお前だろう」
メルヴィは立ち上がる。
「人間は、お前に頼らなくてはいけないほど人手不足なのか」
「てめぇ、どういう意味だ」
「なるほど」
小さく息を吐く。
「頭まで悪いらしい」
タイラの額に青筋が浮かんだ。
「これでは魔王を倒されるのは当分先だ」
そして俺を見る。
「ルカの方が、いくらかましだな」
「え、なんで今、俺まで貶されたの?」
「褒めている」
「その褒め方、全然嬉しくない」
赤紫の瞳が再びタイラへ向く。
「ルカまで、お前と同じ勇者だと思われるのは、さすがに気の毒だ」
なんで俺まで巻き込むんだ。
でも良いぞ、もっと言ってやってくれ。
それまで黙って拳を握っていたミナまで、身を乗り出した。
「わ、私も!」
タイラに睨まれ、ミナの肩がびくりと跳ねる。
杖を握る手は、小さく震えていた。
それでも真っ直ぐタイラの目を見続けている。
「ルカさんを悪く言うあなたは、嫌いです!」
タイラの笑みが消える。
「てめぇら……殺すぞ」
その低い声に、さすがに俺も立ち上がる。
「タイラ。ここはギルドだぞ」
「黙ってろ、雑魚」
「さっきから雑魚雑魚うるさいな」
タイラはメルヴィを睨む。
「捕虜のくせに、勇者の陰に隠れて吠えるだけか?」
メルヴィの手が短剣へ伸びた。
けれど、俺がその手を掴む。
「やめろ」
「離せ」
「ギルドで喧嘩したら、お前の立場が悪くなる」
「先に喧嘩を売ってきたのはこいつだ」
「そうだけど」
ここで刺したら、全部台無しだ。
「ルカ」
リラさんが立ち上がる。
「離してあげたら?」
「あなたも止めるところですよね?」
「彼は、一度じゃ足りなかったみたいね」
リラさんは薄く笑った。
「今度は、身体が忘れないようにしてあげるわ」
……一体、なにをするつもりなんですか。
一拍置く。
「もちろん、ギルドの外でね」
そこはさすがに守るんだ。
でなきゃ、前に俺を殴ってまで止めた意味がなくなるもんな。
タイラが鼻で笑う。
「相変わらず、その雑魚の飼い主気取りかよ」
リラさんが静かにタイラを見る。
「……あなた、本当に愚かね」
リラさんの冷たい視線がタイラを捉えた、その瞬間。
空気が一段、冷えた気がした。
タイラの肩が大きく跳ねた。
あの日のことは、さすがに身体が覚えているらしい。
「ちっ」
舌打ちして踵を返す。
「覚えてろよ」
「断る」
メルヴィが即座に返す。
あの捨て台詞、本当に吐く奴いるんだな。
タイラは振り返ることなく、そのままギルドを出て行った。
取り巻きの二人も、周囲の視線から逃げるようにそのあとを追った。
扉が乱暴に閉まり、ギルドに気まずい沈黙が落ちた。
「……喧嘩を売る相手は選んだ方がいいぞ」
俺はメルヴィの手を離す。
「嫌いなものは嫌いだ」
メルヴィは吐き捨てた。
「ああいう、自分より弱い相手にだけ威張る奴が一番嫌いだ」
その言葉だけは、軽く流せなかった。
「……まあ、気持ちは分かる」
「なら止めるな」
「止めるよ。俺はお前のお目付け役だから」
「面倒な奴だ」
「お互い様だろ」
リラさんの足元ではノラが丸くなってあくびをしている。
当のノラだけは、さっきの騒ぎなど興味もないらしい。
しばらくすると、止まっていたギルドのざわめきが少しずつ戻ってきた。
「それじゃあ今日は解散ですね!」
ミナが手を合わせた。
「ところで、メルヴィさんは今夜どうするんですか?」
「野宿でいい」
「だめです!」
ミナが勢いよく立ち上がる。
「私の宿に来てください!」
「必要ない」
「必要あります!」
珍しく一歩も引かない。
「ちゃんと屋根のあるところで寝てください。少なくとも、今夜は逃げなくていいんですから」
メルヴィは黙り込む。
「……分かった。一晩だけだ」
「はい!」
その笑顔を見て、メルヴィの口元がほんの少しだけ緩んだ。
「それじゃあ、また明日な」
俺たちはギルドをあとにした。
少し歩いたところで、リラさんが足を止める。
「私はここでいいわ。また明日」
「え? 宿、こっちですよね?」
「少し用事を思い出したの」
そう言うと、リラさんは家と家の間の細い路地へ入っていく。
相変わらず自由な人だ。
「じゃあ、また明日!」
ミナが手を振る。
リラさんは振り返らず、ひらりと片手だけ振って見せた。
◇
――その少し後。
人気のない路地。
夕日も届かない細い道の軒下に、小さな黒い魔獣が張りついていた。
赤い一つ目だけが、不気味にぎょろりと動いた。
次の瞬間、白い手袋が黒い身体を鷲掴みにする。
ぐちゃり、と湿った音が響いた。
「あら、汚いわね」
リラは、掌の中で潰れた魔獣を冷たく見下ろした。
「覗き見なんて、趣味の悪い子ね」
手袋についた黒い液体を、嫌そうに払い落とす。
そして何事もなかったように、リラは路地をあとにした。




