第17話 嫌な予感ほど、よく当たるよね
「みんなー! ちょっと注目してねーん!」
よく通る大声とともに、ギルドマスターの部屋の扉が勢いよく開いた。
化粧の濃い大男――サグネさんが、胸を張ってギルドへ出ていく。
俺たちもその後に続くと、冒険者たちの視線が一斉に集まった。
当然、そのほとんどはメルヴィへ向けられている。
「さっきみんなが大騒ぎしてた、この魔族の女の子のことなんだけどぉ」
サグネさんはメルヴィの肩へ太い腕を回そうとして、すっと避けられた。
「あら、恥ずかしがり屋さんねぇ」
「違う」
「この子は魔王軍について重要な情報を持っている可能性があるわ。だから当分の間、捕虜として扱うことにしたわー!」
ギルド内がざわつく。
「捕虜って……」
「魔族をここに置くのか?」
冒険者の一人がおそるおそる手を上げた。
「で、でもマスター。魔族をギルドに置いておくなんて、危ないんじゃ……」
「そうねぇ」
サグネさんは頬へ手を添える。
「だから、しばらくはルカちゃんがお目付け役として一緒に行動します」
「そういうわけだ。俺が監視しながら、クエストにも同行させる」
剣の柄に置かれていた手が、いくつか離れる。
それでも、まだ険しい顔でメルヴィを見ている者もいた。
「もちろん、私も一緒よ」
リラさんが一歩前へ出る。
「何か問題があるのかしら」
その一声で、ギルドが静まり返った。
さすが、血染めの聖女。
面と向かって文句を言える者はいないらしい。
何人かがそっと目を逸らす。
「それにもし何か問題が起きた時は、ルカを煮るなり、焼くなり、好きにしたらいいわ」
リラさんは、さらりと付け加えた。
「煮られるなり、焼かれるなりするのは、あくまで俺なんですね」
「大丈夫。ちゃんと治してあげるから」
「治す前提なの!?」
……この人なら本気でそう思っていそうだから困る。
「お、おい、ルカ」
メルヴィが俺の袖を引いた。
「お前の僧侶は、そんなに偉い立場なのか」
「いや。ただみんなに恐れられてるだけだよ」
リラさんが、ゆっくりとこちらを向く。
「何か言ったかしら、ルカ」
「い、いえ! なんでもありません!」
「……お前がパーティーのリーダーのはずだろう」
メルヴィが呆れた顔で俺を見る。
うん、その認識で大丈夫だよ。
形の上では。
「これはアタシの決定――つまり、ギルドの決定よ」
サグネさんが大きく両腕を広げる。
「それでも文句がある人には、アタシが直接、熱い抱擁をしてあげるわー!」
誰も何も言わなくなった。
冒険者たちは示し合わせたように視線を逸らしている。
よく分かる。
俺も二度と受けたくない。
「じゃあ、これで決まり! 各自解散! 今日も冒険頑張ってねーん!」
サグネさんが手を叩くと、止まっていた空気が動き始めた。
「マスター、ありがとうございます」
「いいのよぉ。これもギルドマスターの仕事だもの」
サグネさんは笑ったあと、少しだけ顔を近づけた。
「それより、明後日からギルド間の定例会でしばらく街を離れるの。その間、くれぐれも気をつけなさい」
「……そういうこと言わないでもらえます?」
「あら、どうして?」
「なんか嫌な予感がするんですよ」
なんで、そういう不吉なことを言うんだ。
「大丈夫よぉ。そうそう騒ぎなんて起きないわ」
「ええ。私たちにはルカがついているもの」
リラさんが当然のように頷く。
「どれだけ傷ついても、どれだけ死にかけても、私がちゃんと生き残らせてみせるわ」
「そうならないことを祈ります」
「大丈夫です!」
ミナが胸の前で拳を握る。
「私も一緒ですから!」
ミナ。
頼もしいけど、君の「大丈夫」は最近ちょっと怖いんだ。
「……本当に変わった勇者パーティーだな」
メルヴィの呟きは、ギルドの喧騒に紛れて消えた。
◇
「とりあえず、監視も兼ねて、しばらくはメルヴィに俺たちのクエストへ同行してもらう」
俺たちはギルドの片隅にある丸テーブルへ移った。
メルヴィは周囲の視線を気にしながら、椅子へ浅く腰掛けている。
「見ての通り、前衛は俺。後ろからミナが魔法で援護してくれる」
「はい!」
「リラさんは治癒魔法担当です」
「基本的にはね」
その一言が怖い。
「それで、メルヴィは何ができるんだ?」
「弓と短剣は使える。里にいた頃は、魔獣と戦うこともあったからな」
「近距離と遠距離、どっちもいけるのか」
「どちらも最低限だ。正面から斬り合うのは得意ではない」
「それでも十分だよ」
俺が敵を引きつけている間に、ミナが魔法を撃つ。
そこへ弓と短剣を使えるメルヴィが加われば、今までより動きやすくなるはずだ。
「それと、もう一つある」
メルヴィが足元へ視線を落とした。
「召喚魔法だ」
「召喚魔法ですか!?」
ミナが勢いよく身を乗り出す。
「すごいです!」
「……魔族なら、そんなに珍しくない」
「そんなことないです!」
ミナは即座に否定した。
「人間では使える人がほとんどいないんですよ! 私も本でしか見たことがありません!」
「そ、そうなのか」
「しかも、契約した魔獣を呼び出せるなんて、本当にすごいです!」
青い瞳を輝かせるミナに見つめられ、メルヴィは目を泳がせた。
「……別に、大したものじゃない」
フードの端を指先でいじっている。
耳の先が、ほんの少し赤い。
「見せてもらってもいいか?」
「ああ。今なら少し魔力も戻っている」
「森では呼び出さなかったのか?」
「呼び出せなかった」
メルヴィの表情が僅かに曇る。
「里から逃げる間、何度も力を借りた。追手を引きつけさせたり、道を探させたりな」
「それで魔力を使い切ってたのか」
「お前たちに見つかった時には、召喚する力も残っていなかった」
あの時、少しでも見つけるのが遅れていたら危なかったかもしれない。
「一度呼ぶ程度なら問題ない」
メルヴィは立ち上がり、右手を床へ向けた。
「我が影に眠る牙よ」
「――《召喚》。おいで、ノラ」
足元の影から黒い靄が滲み出す。
それは床を這い、ゆっくりと獣の形を作っていった。
現れたのは、小型犬ほどの黒い狼だった。
艶のある毛並みに、赤紫色の瞳。
耳と尻尾の先では、黒い炎が揺れていた。
影から黒い狼が姿を現した瞬間、周囲の冒険者たちが再びざわついた。
何人かが身構えたが、ノラがメルヴィの足元で大人しくしているのを見て、剣までは抜かなかった。
「わぁ……!」
ミナが両手を胸元で合わせる。
「かわいいです!」
「影狼のノラだ」
メルヴィの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「触ってもいいですか?」
「急に近づかなければ――」
「ノラちゃん!」
メルヴィが言い終わる前に、ミナがしゃがみ込む。
しかし、ノラは一歩後ろへ下がると、そのまま俺の前まで歩いてきた。
「お?」
俺の靴の周りを一周し、くんくんと匂いを嗅ぐ。
少しだけ期待した。
――仲良くなれるかもしれない。
だが次の瞬間。
ノラはふいっと興味を失ったように顔を背け、そのまま俺の横を素通りした。
「えぇ……」
軽く傷ついた。
「あっ」
ノラは真っすぐリラさんのもとへ向かうと、足元へ身体を擦りつける。
「あら」
リラさんがしゃがみ、ノラの頭を撫でる。
するとノラは気持ちよさそうに目を細め、尻尾を揺らした。
正直、ノラがちょっと羨ましい。
「……ノラ」
メルヴィが低い声で呼んだが、ノラは耳を動かしただけで、戻ろうとしない。
「飼い主より、リラさんの方が好きみたいだな」
「黙れ、ルカ」
「ごめん」
目が本気だった。
「いい子ね」
リラさんが喉元を撫でると、ノラはすっかり身を預けた。
「うちのパーティーのボスが誰なのか、一瞬で理解したのかもな」
メルヴィの顔が、少しずつ険しくなる。
「ノラ。戻れ」
ノラは渋々立ち上がり、メルヴィの足元へ戻った。
「……召喚主は私だぞ」
小声で言い聞かせている。
ノラは聞いているのかいないのか、その場で丸くなった。
「うん。いい感じだな」
俺は頷く。
「メルヴィが加わってくれたら、パーティーのバランスも良くなる」
「しばらくの間だけだと言ったはずだ」
「分かってるよ。お前の安全が確保されるまで、だろ」
「勝手に先のことまで決めるな」
「でも、頼りにしてる」
メルヴィは何か言い返そうとして、結局、小さく息を吐いた。
「じゃあ、早速明日にでも――」
俺がそう言いかけた時だった。
「おいおい。勇者と魔族が一緒にいるとか、何の冗談だ?」
聞くだけで気分が悪くなるような、下品な声が届いた。
振り向かなくても分かる。
いつぞやのクズ――もとい、もう一人の勇者、タイラ・ガルドだ。
俺は思わず額へ手を当てる。
はぁ。
嫌な予感が当たるの、はやくないか。




