第15話 やっぱり、面倒ごとになりました
翌朝。
俺たちは湖畔をあとにし、依頼主の家へ立ち寄った。
「おや、もう終わったのかい」
家の前にいたおばさんが、俺たちを見るなり目を丸くした。
「ええ。湖の魔獣は討伐しました。これでもう大丈夫だと思います」
「そうかい。それはよかった」
おばさんはほっと胸をなで下ろす。
「ありがとうねぇ。報酬はギルドを通して支払うから、街で受け取っておくれ」
「分かりました」
おばさんは、ふと思い出したように笑った。
「そういえば、人面魚は美味しかったかい?」
その一言で、頭の中にあの顔が蘇る。
串に刺され、焼かれながらも、どこか恨めしそうにこちらを見ていた顔。
……あれは、しばらく夢に出そうだ。
「……顔はともかく、美味しかったです」
「そうだろう?」
おばさんは満足そうに笑った。
美味しかったのは認める。
できれば、もう二度と食べたくはないけどな。
◇
街へ入る前に、メルヴィには深くフードを被ってもらった。
左右から伸びた角は、布の下へどうにか収まっている。
「本当に、これで気づかれないのか?」
「黙ってれば大丈夫だろ」
「その根拠のない自信はどこから来るのだ」
「ルカさんですから」
ミナがなぜか納得したように頷いた。
「どういう意味だ、それ」
「そのままの意味でしょう」
リラさんまで頷く。
なんだか、早くも嫌な予感がしてきた。
門を抜けると、メルヴィはフードの端を押さえながら、行き交う人や馬車へ忙しなく目を向けた。
「これが、人間の街……」
「珍しいか?」
「別に」
即答したわりに、今度は露店に並んだ果物を見ている。
「周囲を確認しているだけだ」
「そういうことにしておくか」
「何がおかしい」
なぜか少しだけ睨まれた。
「どうせならギルドまで寄ってけ。何か情報があるかもしれない」
「ああ、わかった」
意外とすんなり了承された。
なんだかんだ、人間の街には興味があるらしい。
……フードさえずれなければ、厄介ごとにも巻き込まれないだろう。
俺たちは馬車を預け、そのままギルドへ向かった。
扉を開けた瞬間、酒と料理の匂い、それから冒険者たちの騒がしい声が押し寄せてくる。
「おお、ルカ!」
聞き覚えのある声が響いた。
酒場のテーブルから、クロが大きく手を振っている。
顔は赤く、片手にはなみなみと酒の入った木杯。
昼間から随分できあがっていた。
「聞いたぜ、ルカ! 魔法使いをパーティーに入れたんだってな!」
「声が大きい」
「この子だろ?」
クロがミナへ視線を向ける。
「よかったな、ルカ。ようやく前衛一人、僧侶一人の無茶苦茶な構成から卒業できたじゃねえか!」
「俺もずっと無茶苦茶だと思ってたよ」
「あら。私は気に入っていたけど」
「俺の負担しかない構成を気に入らないでください」
リラさんは楽しそうに笑っている。
クロは木杯を置くと、今度は俺たちの後ろに立つメルヴィへ目を向けた。
「お。このフードの子も新入りか?」
「いや、こいつは――」
「随分警戒してんな」
クロが立ち上がる。
酔った足取りで近づき、挨拶代わりにメルヴィの肩へ手を伸ばした。
「俺はクロ。ルカとは昔から――」
その手が触れる寸前、メルヴィが鋭く身を引いた。
同時に腰を落とし、クロの手首を掴む。
「うおっ!?」
「メルヴィ!」
俺が名前を呼ぶと、メルヴィはすぐに手を離す。
ただ、勢いよく動いたせいで、深く被っていたフードがずれてしまった。
銀色の髪の隙間から、片方の角が露わになる。
「……角?」
近くにいた冒険者の呟きが、妙にはっきりと聞こえた。
酒を飲んでいた者が手を止める。
椅子を引いて距離を取る者。
無言で様子を窺う者。
剣の柄へ手を伸ばす者もいた。
「魔族だ」
「なんで魔族が街の中にいる」
ざわめきがギルド内へ広がっていく。
メルヴィの手が、腰の短剣へ伸びかけた。
俺はメルヴィの前へ出た。
「抜くな」
ミナも慌ててメルヴィのそばへ寄り、手を握った。
「だ、大丈夫ですから!」
誰かの剣が、鞘からわずかに浮いた。
「あなたも、抜かない方がいいわよ」
リラさんの声は穏やかだった。
それなのに、剣へ伸びていた手が確かに止まる。
クロは完全に酔いが醒めた顔で、ずれたフードと周囲を見回している。
「……すまん、ルカ」
「酔いすぎだ、バカクロ」
「ああ、本当に悪かった」
クロはメルヴィに向かって頭を下げた。
「驚かせるつもりはなかったんだ。肩を叩こうとしただけで……いや、初対面の相手に勝手に触ろうとした俺が悪い。本当にすまない」
メルヴィは答えなかった。
周囲の視線から逃れるように、フードを深く被り直す。
「ルカ」
野太い声が飛んできた。
「どういうことだ」
冒険者の一人が、剣の柄に手を置いたまま俺を睨んでいる。
「なぜ魔族を連れてきた」
「森で倒れていたところを見つけた」
「それで助けて、街まで連れてきたのか?」
「ああ」
「正気か?」
ざわめきが強くなり、後ろでメルヴィが小さく息を呑んだ。
ここで黙れば、メルヴィは魔族というだけで敵と決めつけられる。
「少なくとも、こいつは傷だらけで森に倒れていた。魔王軍に追われていたと言っている!」
俺はギルド全体に聞こえるように声を張った。
「魔族の言葉を信じるのか?」
「信じるかどうかを、今ここで決めるつもりはない」
俺は一度だけメルヴィを見る。
「こいつは、魔王軍に襲われた里の生き残りだと言っている」
「証拠は?」
「ない。だからギルドに判断してもらうんだ」
俺は受付の奥へ目を向けた。
「今も魔王軍に追われてるなら、情報を持ってるかもしれない。だから事情を聞いて判断してもらう」
「ギルドに?」
「ああ。俺たちだけで決める話じゃない」
俺は受付へ声を飛ばした。
「ギルドマスターはいるか?」
「呼んできます!」
受付嬢が奥へ走っていく。
それでも、冒険者たちの警戒は解けていない。
「逃げられたらどうする」
「もし何かあれば、俺が責任を取る」
「おい」
背後からメルヴィの声がした。
「勝手なことを言うな」
「ここで俺が責任を持たなかったら、誰が持つんだよ」
「私の問題だ」
「森で倒れてたやつが言っても説得力ないぞ」
メルヴィは悔しそうに唇を噛んだ。
「安心しろ、いきなり仲間だなんて言ってない」
俺は周囲の冒険者たちを見回した。
「少なくとも、こいつは今ここで何もしてない。ただ魔族だからって、話も聞かずに剣を向けるのは違うだろ」
何人かが気まずそうに視線を逸らし、剣の柄から手を離した。
それでも、こちらを疑う視線までは消えない。
「俺からも頼む」
クロが俺の隣へ並んだ。
「クロ?」
「騒ぎを起こしたのは俺だ。まずは話くらい聞いてやってくれ」
その顔には、さっきまでの酔いは残っていなかった。
メルヴィは俺とクロを交互に見たあと、何も言わずに俯いた。
やがて、受付の奥の扉が開いた。




