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勇者です。うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第10話 うちの僧侶は、たぶん嫉妬なんてしないはず

 俺は、情けなくも、女性二人がかりで木から引っ張り出してもらった。


 そして、さっきのお願いを、もう一度だけ、今度はかなり切実に口にする。


「リラさん、治療お願いします。わりと本気で」

 

 木にめり込んでいた背中が、普通にめちゃくちゃ痛かった。


「あら、もう?」


「もうです。はっきり言って、めっちゃ痛いです」


「でも、さっきのルカ、木と仲良しみたいで可愛かったわよ」


「仲良くなった覚えはありません。向こうから一方的に抱きしめられただけです」


 俺が言うと、ミナが隣で申し訳なさそうに杖を抱える。


「す、すみません……私の火球が……」


「ミナのせいじゃないよ。いや、まあ、火球はミナのだったけど」


「やっぱり私のせいです……」


「違う違う。最終的に木に負けた俺が悪い」


「その慰め方はどうなんでしょうか……」


 ミナが余計にしゅんとした。


 難しい。

 新人魔法使いの慰め方がわからない。


 だって、俺は戦闘で一度たりとも、リラさんに慰められたことなど、ないのだから。


 リラさんはそんな俺たちを眺めながら、楽しそうに微笑んでいた。


「はいはい。じゃあ、見せて」


 リラさんが俺の背中に手をかざす。

 淡い光が落ちた瞬間、背中の奥に残っていた重さが、すっと抜けていった。


 すぐに痛みが消え、息がしやすくなる。

 木に負けた男から、ただの勇者に戻っていく。


 さすがだ。

 こういうところは本当に文句のつけようがない。


「どう?」


「完璧です。ありがとうございます」


「そう。私はもうちょっと、木の中のルカを見ていたかったのだけれど」


「感謝を返してください」


 やはりリラさんの僧侶の腕は本物だ。

 問題は、使う本人の趣味である。


 ◇


 俺たちはそのままギルドへ戻ることにした。


 魔熊討伐は成功。

 ミナの魔法も、多少の問題はありつつ、ちゃんと戦力になった。

 俺は木に負けたが、リラさんが治したので結果的には無傷だ。


 今日の依頼は、かなり順調だったと言っていい。


 ――だが。

 ギルド前の通りに出たところで、事件は起きる。


「わっ、すみません!」


 ギルド前は、夕方の依頼帰りでいつもより混み合っていた。

 そして、その横合いから誰かが飛び出してくる。


 飛び出してきたのは、若い魔法使い。

 ローブは少し大きく、手にした杖も新品らしい。

 たぶん、ミナと同じで登録したばかりの駆け出しだろう。


 その杖の先端が、俺の顔面に綺麗に入った。


「ぶっ」


 嫌な音がした。


 鼻の奥がつんと熱くなる。

 次の瞬間、ぽた、ぼた、と赤いものが落ちた。


 当たりどころが悪く鼻血が出てしまった。


「ルカさん!?」


 ミナが悲鳴に近い声を上げる。

 俺は片手で鼻を押さえながら、もう片方の手を軽く振った。


「だ、大丈夫。全然大したことない」


「大したことあります! 血が出てます!」


「鼻血くらいならよくある」


「勇者って鼻血もよく出るんですか!?」


「勇者関係あるかな、それ」


 そんなことを言っている間に、ぶつかった魔法使いが真っ青になっていた。


「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! すぐ治します!」


「あ、いや、平気だから」


「いえ、私のせいなので!」


 魔法使いは慌てて杖を構え、目を閉じる。


 俺が止める間もなかった。


「やわらかな光よ、癒しの灯を紡げ」


「《治癒》」


 小さな詠唱のあと、杖の先から小さな淡い光がこぼれた。

 光が俺の鼻先に触れると、じんわりと温かさを感じる。


 鼻の痛みが、少しずつ引いていく。

 本当に少しずつ。


 リラさんなら、こんな傷はたぶん一瞬で治す。


 だが、目の前の魔法使いは違った。

 額に汗を浮かべ、息を整えながら、慎重に魔力を流している。

 鼻血ひとつ止めるのにも、それなりに時間がかかっていた。


 でも、手は抜いていない。

 すごく、一生懸命さを感じる。


 ……こんな回復のされ方、生まれて初めてかも。


「……ふぅ」


 やがて、鼻の奥の熱が消え、血が止まる。

 魔法使いはほっとしたように杖を下ろし、深く頭を下げた。


「ほ、本当にごめんなさい!」


「いいっていいって。気にしないで」


「でも、顔に……」


「このくらいなら平気だよ。治してくれたし」


 俺が笑うと、魔法使いは少しだけ安心した顔になった。

 その時だった。


 後ろから、すうっと冷たい気配を感じる。


 慌てて振り返ると、その冷たい気配はリラさんからゆっくりと溢れ出ていた。


 目を細め、綺麗な顔で笑っている。

 けれど目の奥だけがまったく笑っていない。


「ルカ」


「は、はい」


「今、何をしてもらったの?」


「えっと……治療を」


「誰に?」


「この魔法使いさんに」


「へえ」


 声は軽い。

 軽いのに、なぜか背筋が伸びる。


 ミナが俺の横で小さくなった。

 杖をぎゅっと握りしめて震えている。


「リラさん、事故ですよ。事故」


「そうね。可愛い鼻血だったわ」


「鼻血に可愛いとかないですから」


「私が治す前に、他の人が触ったのね」


「触ったというか、治してくれただけで」


「私がいるのに?」


 まずい。

 なぜだか冷や汗が止まらない。


「リラさん、今のは不可抗力です。向こうも悪気はなかったし、すぐ治してくれたんですよ」


「そうね。とても一生懸命だったわ」


「ですよね」


「でも」


 リラさんの指先が、俺の鼻筋に触れた。

 白い手袋越しなのに、妙に冷たく感じる。


「……私のルカなのに」


 リラさんは、唇をきゅっと引き結ぶ。


「それに私ならもっと、上手く治せるわ」


「僧侶が、魔法使いに治療で張り合わないでください」


「ほら、ちょっとまだ残ってる」


 リラさんはひょいと指をかざす。

 すると、指先から治癒の光が舞った。


 鼻の奥に残っていたわずかな違和感が、一瞬で消える。

 ついでに、さっきまで歩いていた疲れまで軽くなった。


 やっぱりすごい。

 悔しいくらい、本当にすごい。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 リラさんは満足げに微笑んだ。

 すると、ミナがおそるおそる口を開く。


「あの、リラさん」


「なあに?」


「もしかして、今のは……嫉妬、ですか?」


 沈黙。


 通りを歩いていた人の足音まで遠くなった気がした。


 やめとけばいいのに。

 ミナ、お前はすごいところに魔法を放つんだな。


 リラさんはゆっくりとミナを見た。


「嫉妬?この私が?」


「す、すみません! 違いますよね! 違ったらすみません!」


「そうね」


 リラさんは少し考えてから、俺の頬に手を添えた。


「私の勇者様の怪我を、知らない子が勝手に治したのが、少し気に入らなかっただけよ」


「それ、だいぶ嫉妬寄りの感情じゃないですかね」


「ルカ」


「はい、黙ります」


 俺はすぐ黙った。

 勇者に必要なのは勇気だけではない。

 引き際を知る知性も大事だ。


 リラさんは、さっき俺にぶつかった魔法使いの方を見た。


 魔法使いはびくりと肩を震わせる。


「あ、あの、本当にすみませんでした!」


「いいのよ。治そうとしたことは悪くないわ」


 リラさんはにこりと笑う。


「ただ、次からは気をつけてね。この人、私のだから」


「リラさん!?」


「は、はいっ!」


 魔法使いは勢いよく頭を下げると、ほとんど逃げるように去っていった。


 俺はその背中を見送りながら、心の中で謝った。


 ごめん、たぶん君は悪くない。

 いや、絶対に。


「リラさん」


「なあに?」


「今の言い方は、誤解を生むと思います」


「あら。間違っていた?」


「……間違っては、ないかもしれませんけど」


 言ってから、しまったと思った。


 リラさんの表情が、ほんの少し柔らかくなる。


「そう」


 嬉しそうだった。

 それがまた、ずるかった。


 ミナが横で目をぱちぱちさせている。


「あの、ルカさん」


「何?」


「専属の僧侶さんって、大変なんですね」


「そうだね」


「でも、少し羨ましいです」


「どこが!?」


「だって、なんだかすごく大事にされてる感じがします」


 俺は言葉に詰まった。


 大事にされている。

 それは、たぶん間違っていない。


 リラさんは俺を死なせない。

 怪我を見て楽しむし、治療を渋るし、たまに人として大事な何かを神殿に置き忘れてきたみたいな顔をするけれど、それでも俺を見ている。


 俺が痛がるところも。

 俺が無理をするところも。

 俺が他人に治されたところまで。


 全部、見逃さない。


「……まあ」


 俺は鼻を軽く押さえながら、ため息をついた。


「大事にされてるのは、そうかもな」


 リラさんが隣で笑った。


「ええ。とても大事にしているわ」


「怪我込みで?」


「もちろん」


「そこは抜いてほしかった」


 ミナが小さく笑う。

 なぜか俺もつられて笑ってしまった。


 鼻血はもう止まっている。

 背中の痛みもない。

 今日も、なんだかんだで無事だった。


 ただし、ひとつだけ覚えたことがある。


 リラさんの前で、他の人に治療されてはいけない。


 たとえ鼻血でも。

 たとえ相手が善意でも。


 うちの僧侶は、俺の怪我に関してだけ、やたら心が狭い。


 そして俺は、そんなところまで少し可愛いと思ってしまっている。


 たぶん俺も、だいぶ手遅れなのだろう。

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