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勇者です。うちの美人僧侶がドSすぎて、魔王より怖いです 〜治してはくれるけど、助けてはくれません〜  作者: キョウ


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第11話 どうやら、面倒ごとの匂いがします

「瞬く雷よ、青き光となり、敵を撃て――」


 湖畔に立つミナの長杖の先へ、青白い光が集まる。

 魔力の膨らみとともに、杖からぱちぱちと乾いた音が聞こえた。


「――《蒼雷の一閃》!」


 振り下ろされた杖から、一筋の電光が迸る。


 雷は湖の中央へ突き刺さり、青白い光が水中を走り抜ける。

 静かだった湖に幾重もの波紋が広がった。


 少しの間を置いて、水面に魚のような影が浮かび始める。

 白い腹を上に向けた魚型魔獣が、あちこちでぷかぷかと揺れていた。


「や、やりました……!」


 ミナが杖を胸元に引き寄せる。

 魔法が成功したと分かると、張り詰めていた頬が緩み、嬉しそうにこちらを振り返った。


「やったな、ミナ」


「はい!」


 今回の依頼は、湖に住み着いた魚型魔獣の一掃だった。

 一匹ずつは弱いが、水中を逃げ回るせいで剣では面倒な相手だ。 


 だから、今日はミナの雷魔法を試している。


 水を伝って広がる雷なら、細かく狙う必要もない。制御に不安のあるミナにとっても、ちょうどいい相手だ。


 なにより、俺が前に立たなくていい。


 火球の爆風で木にめり込むこともなければ、突然地面が吹き飛ぶ心配もない。


 非常に平和な依頼である。


「威力はさすがね」


 少し離れた木陰で、リラさんが湖を眺めていた。


 黒い髪を耳にかけながら、浮かび上がった魔獣の数を目で追っている。

 表情はいつもどおり落ち着いていたが、ほんの少し口元が緩んでいた。


 リラさんに褒められたのがよほど嬉しいらしく、ミナの顔がぱっと明るくなる。


「さて」


 青く澄んだ水面には、その死体が十数匹ほど浮かんでいる。


 今回の依頼は、倒して終わりではない。


 討伐数の確認も兼ねて、死体をすべて回収し、指定された場所まで運ぶ必要がある。


「そういえば、ミナって泳げるの?」


 尋ねると、ミナは露骨に目を逸らした。


「す、少しなら……」


「どのくらい?」


「水に顔をつけるくらいです」


「それを泳げるとは言わないな」


「すみません……」


 ミナは眉を下げ、杖の先で足元の土をつついた。


 別に謝ることではない。

 俺とリラさんもいるしな。


「リラさん」


「嫌よ」


「まだ何も言ってませんけど」


「一緒に回収してほしいんでしょう?」


 リラさんは木陰に腰を下ろしたまま、こちらを見もしなかった。


 白い手袋に包まれた手で裾を整え、湖から吹いてくる風を気持ちよさそうに受けている。


「服も汚れるし、髪も濡れるもの」


「俺だって汚れるんですけど」


「頑張って」


 ようやくこちらを向いたリラさんは、綺麗な笑顔で片手を振った。


 応援だけはしてくれるらしい。


 リラさんはさっきから、妙に退屈そうに湖を眺めている。

 今日はミナがすべて片づけたせいで、俺には傷一つない。

 治癒魔法もまだ一度も使っていない。


 ……俺が無傷だと不機嫌になる僧侶というのも、冷静に考えれば相当おかしい。


「はいはい、分かりましたよ」


 俺は諦めて靴と上着を脱ぎ、岸辺へ置いた。

 足を水へ入れた瞬間、思った以上の冷たさに肩が跳ねる。


「冷たっ」


 湖底の小石を踏みながら、ゆっくりと深い場所へ進んでいく。

 浮いていた魔獣の尾を掴み、岸へ向かって放り投げる。


 見た目は大きな魚なのだが、顔だけが妙に人間に似ている。

 濁った目。厚い唇。口の隙間から覗く細かな歯。


 水の中で襲われれば怖いのだろうが、こうして転がっていると、怖いというより気味が悪い。


 俺が死体を回収していると、岸からミナの声が聞こえてきた。


「そういえば、リラさんって、治癒魔法を使う時に詠唱しませんよね?」


「ええ、そうね」


 リラさんは湖畔の平たい岩へ腰を下ろしていた。

 その隣にはミナも座っている。


 二人とも、せっせと働く俺を眺めながら、のんびり話を始めていた。


 ……せめて岸まで流れてきた魔獣くらい、引っ張ってくれてもいいと思う。


「やっぱり! すごいですね!」


「私、天才だもの」


 リラさんが当然のように答えると、ミナは興味津々といった様子で身を乗り出した。


「無詠唱って、とても難しい技術ですよね?」


「慣れればできるようになるわ」


「わ、私にもできますか?」


「ミナなら、そのうちね」


 そう言われ、ミナは嬉しそうに頬を緩めた。

 よほど励みになったのか、膝の上に置いた手をぎゅっと握っている。


 そういえば、先日ギルドの前で鼻血を治してくれた駆け出しの魔法使いも、治癒魔法を使う前に詠唱していた。


『やわらかな光よ、癒しの灯を紡げ――《治癒》』


 リラさん以外から治療を受けたことがなかったので、あの時はずいぶん新鮮に感じたものだ。


 治癒魔法そのものが無詠唱なのではない。

 リラさんだけが、詠唱なしで発動できるらしい。


 まあ、魔法の才能がない俺には関係ない話ですけどね。


「もちろん、詠唱した方が魔法の威力も精度も上がるけど」


 リラさんが何気なく続けた言葉に、俺は魔獣を掴んだまま動きを止める。


「……今、なんて言いました?」


「詠唱した方が威力も精度も上がるって言ったのよ」


「ということは」


 俺はゆっくり岸を振り返った。


「リラさん、本当は今よりももっと早く治せるんですか?」


 ミナも気づいたらしく、恐る恐るリラさんを見上げる。


 リラさんはしばらく黙っていた。


 湖から吹いた風が、黒い髪をさらりと揺らす。

 やがて、薄紫の瞳がこちらへ向いた。


「ルカ」


「はい」


「何か言ったかしら?」


 目が笑っていない。


「いえ、なんでもありません」


 俺は魚型魔獣を抱えたまま、静かに前を向いた。


 これ以上聞けば、せっかく無傷で終われそうな依頼が台無しになる。

 そんな気がしてならない。


「それに、私の治癒魔法ならまだしも、ミナの攻撃魔法は基本的に詠唱した方がいいわね」


 リラさんは何事もなかったように話を続ける。


「無詠唱は、相手の意表を突きたい時や、牽制に使うくらいでいいわ。威力を出そうとすると、どうしても制御が雑になるから」


「は、はい!」


 ミナは真剣な顔で頷いた。


 教え方はちゃんとしている。

 本当に、性格以外は非の打ち所がない。


 俺は最後の一匹を岸へ運び、濡れた髪をかき上げた。


 冷え切った体で荷台まで運ぶのは、なかなか骨が折れた。

 馬車を借りてきたのは正解だったと思う。

 この量を背負って森の中を歩くなんて、考えたくもない。


「……これ、食うんですかね?」


 荷台に積まれた魚型魔獣を見下ろしながら、俺は呟いた。


「回収までが依頼なんだし、食べるんじゃないかしら」


 リラさんは興味のなさそうな顔で答える。

 荷台の上から、人間くさい顔が何匹もこちらを見ていた。


「……美味いのか?」


「ルカ、食べてみてよ」


「絶対嫌です」


「そう、残念ね」


 リラさんの眉がわずかに下がる。

 本気で残念そうなのが腹立たしい。


「さ、さて!」


 俺たちの間に流れた空気に耐えきれなくなったのか、ミナが慌てて立ち上がった。


「森を抜けて戻りましょう!」


「そうだな」


 俺は御者台へ乗り込み、手綱を握った。


 馬がゆっくりと歩き出す。

 湖の光が木々の向こうへ遠ざかり、代わりに湿った土と葉の匂いが濃くなっていった。


 ◇


 帰り道は、来た時よりも森が暗く感じた。


 頭上を覆う枝葉の隙間から細い光が差し込み、馬車が進むたびに地面の影が揺れる。


 荷台から漂う生臭い匂いのせいで、ミナはさっきから鼻を押さえていた。


「うぅ……」


「そのうち慣れるわ」


 リラさんが言う。


「慣れたくありません……」


 ミナが情けない顔で答える。

 そのやり取りに笑いながら、俺は手綱を引いた。


 道幅は狭く、木の根がところどころ地面から突き出ている。


 しばらく進んだ時だった。


「あっ!」


 ミナが突然、御者台の後ろから身を乗り出す。


「人です!」


 声に驚き、俺は馬の歩みを緩めた。


 ミナが指差した先。

 道から少し外れた木陰に、人影が倒れていた。


「誰か、あそこで倒れています!」


「リラさん、馬をお願いします」


 俺は馬車から飛び降り、人影へ駆け寄る。


「おい、大丈夫か!」


 返事はない。

 うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。


 さらに近づき、肩へ手を伸ばす。


「あんた、しっかり――」


 言い切る前に、声が止まった。


 倒れていたのは、若い女だった。


 白い肌に、腰まで伸びた銀髪。

 泥だらけで倒れているのに、見惚れそうになるほど整った顔立ちをしている。


 だが、銀髪の隙間から覗いたものに、俺の息が止まった。


 尖った耳。

 そして、額から伸びる二本の黒い角。


 ……魔族だ。

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