長い3ヶ月
その日、すぐに夫に報告をすると
「そうか…。
でも、医師の言う通りしてたら大丈夫や。
全国的にもすごい医師なんやから。」
なんて、あまり根拠のない励ましの言葉をかけてくれた。
確かに主治医は、大きな病院の乳腺外科の外来科長だかではある。
あまり根拠はないが、今はそんな言葉でも嬉しかった。
そこからは
『最低限、次の検査の結果が出るまではどうしようもないんやから。
あんまり色々考えずに過ごそ!』
そう思い直して過ごした。
ほぼ空元気な3ヶ月だった。
そこから2ヶ月後くらいに、7月に旅行をする計画が立てられた。
遠方に住む、私の友人に会うための旅行だ。
出発は、検査結果がわかる直後。
結果によっては、どんな気持ちで旅行に出かけることになるのかという不安はあった。
娘よりも幼い子どものいる友人たちに会いに行く旅行。
“小さい子が好きな娘のため”だと夫は言っていた。
だが、おそらくどんな結果になったとしても、私の励みにするつもりだったのかもしれない。
そうして旅行の計画も進めていった。
7月はCTを撮った日に、レントゲン撮影と整形外科の受診もあった。
整形外科に関しては、なんの心配もないと思っていた。
4月の結果が気がかりではあったが、それは乳腺の話。
骨には関係がない。
番号が呼ばれ、診察室に入る。
「調子はどうですか?」
「特に変わりないです。」
なんて、いつもの挨拶文句から始まる。
「今日、CTとレントゲン撮ってきてもらったんだよね…。」
と、マウスをクリクリする担当医。
『なんか、この雰囲気覚えがある。
イヤな予感がするな…。』
そんな風に感じる空気感があった。
直感的に、良い話が聞けるわけじゃないと悟る。
「んー。今の時点では、いいことか悪いことかわからないんだけどね。」
歯切れの悪い言葉が出てくる。
発覚当時の頃の骨の写真を画面に出しながら、担当医は続ける。
「転移で溶けてる骨は、こんな風にもやっと映ってはっきりしないのね。」
「健康な骨は、周りが白く映るの。
蒼井さんの場合は、一回溶けた骨が固まったから真っ白に映ってるけど。」
「それが、今回少しもやっとしてはっきり映ってないのね。」
そのあとも担当医は話を続けているが、ほとんど頭に届いていない。
なんとなく聞こえて、記憶に残っていることを整理する。
その限りでは、次回またCTなりレントゲンなりを撮って様子を見るしかないようだった。
3ヶ月程前に、乳腺外科の方で原発巣が大きくなっていると言われたばかりだ。
骨の方も再転移か、残っていた転移巣が乳腺同様肥大したのだろうか。
そんな不安が押し寄せる。
翌週は乳腺外科の定期診察日。
そんな直前に、また一つ不安が増えてしまったわけだ。
こちらの不安も、また3ヶ月ほど持ち越さなければならないらしい。
整形外科受診の翌週、乳腺外科の主治医に整形外科で言われたことを訊いてみたら
「特に心配しなくても良いと思います。」
とは返ってきたが、やはり同じCT画像でも見ているところが違う。
はっきりしたことは言えないという雰囲気だった。
乳腺外科の見解では、原発巣は急激な肥大は認められないという。
手術にするということで話はまとまった。
乳腺全摘出でも
部分切除でも
どちらでも良いという。
かかる時間も、入院期間もそんなに変わらないらしい。
私のようなStage4の場合、乳房同時再建はできないらしいという話は目にしたことがある。
実際はどうなのかと思い、主治医に訊いて見ることにした。
結果、基本はしていないという。
再建をするには大掛かりな手術になるため、手術にも回復にも多くの時間がかかるらしい。
以前にも話があった通り、手術に延命の効果があるわけではない。
それならば、一旦取るとこだけを取ってから様子を見る。
数年後、ほぼ治ったと判断できたら再建に踏み切ったら良いのではないか。
そういうことだった。
直感的に
『あぁ。将来的にも再建するつもりはないんだろうな。』
と悟る。
だが、私も女だ。
やはり、胸がなくなることには抵抗があった。
そのため、ひとまず部分切除を選ぶことにした。
手術の予約をするにしても、1ヶ月半ほど先まで予約は取れないらしい。
その場で仮予約を抑えることになった。
手術予定日は9月24日
そのため、9月の頭に造影剤を使用したMRIを撮る。
そこでどれくらい大きくなっていて、どれだけの範囲で切除をするか決めるという。
その結果によって、最終的に部分切除か全摘か決めようと思ったのだった。




