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乳がんとともに  作者: 蒼井 つばさ


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12/13

退院

7月も終わろうとしているある水曜日。


「明日、りんちゃんの脳のMRIを撮って問題なければ金曜に退院です。」


と、GCUの看護師から聞かされた。


新生児ということで、薬で眠らせてからの検査になるとのことだった。

確かにMRIは動いてはいけないし、撮影時間も長い。

私自身も何度も経験しているが、大人でもじっとしているのは大変なこともあるくらいだ。

赤ん坊に“じっとしていろ”というのも無理な話である。


そうして検査が行われた。

結果も問題ないとのことだったので、娘の退院は予定通り金曜に決定した。


娘の退院日は、私も病棟の看護師などに相談し、見送りをする許可をもらった。

娘をGCUの看護師にセレモニードレスに着替えさせてもらい記念撮影。

病棟の外に出る前、産科の助産師や医師たちにも顔を見せてあげようという計らいもしてもらった。

おかげで、娘がこれから退院するという挨拶をさせてもらうことができた。

産科の助産師たちも喜んでくれた。

それが私も嬉しかった。


病棟の外の待合には、私たちが出てくるのを待っていた夫と実母がいた。

実母も、前日から泊まり込みに来てくれているらしい。

看護師から夫に退院後の説明があり、その説明が終わると娘を夫に託す。


今の今まで私の腕の中にあった小さな重みが、ふっと消える。


不意に娘が先に退院していくという実感と共に、ほんのりとした寂しさに襲われる。


ひとまず、私を差し置いて3人の生活が始まるのだ。

なんだか悔しい気持ちと、このまま一緒に帰りたい気持ちに駆られる。


とはいえ、私も週明けには退院なのだ。


2日開くだけだはないか。


たかが2日。

されど2日。


きっと今まで生きてきた一生の中で、一番長い2日間だったと思う。


そんな、娘を見送ってからの2日半の間。

入院中の病室にも変化があった。


入院患者の入れ替わりは、少なくはない話であある。

だから、そういうことではない。


例の“お向かいさん”だ。


姿は見えなくても、面会やら医師とのカンファレンスが行われていたらしいことは感じていた。

時々院内リハビリの時や、他の同室の患者に

「余命宣告を受けたのよ。年は越せないだろうって。でもね、私は秋も越せないんじゃないかと思うの。」

そんなことを話していた声は、薄いカーテン越しに聞こえていた。


そんな彼女は、緩和ケア施設へ移る予定だったようだ。


自由が利きにくくなっている身体。


離床の際には、必ず看護師を呼ぶように言われていたのも聞こえていた。

それでも“自分でできることは自分でしたい”という気持ちが強かったのだろう。

ひとりで離床し、転倒するというアクシデントが数回に起こったこともあってのことだろう。


彼女の転院直前、看護師の管理下に起きやすいのであろう個室へ移動して行ったのだった。

きっと悔しかったに違いないのだ。


余命宣告。


年越しは無理かもしれない。


自身の直感ではもっと早いかもしれない。


そんな風に感じていた彼女は、穏やかな声で話してはいた。

だが、その本音はどんなに怖くて不安だったのだろう。


その不安を紛らわせるために話していたのかもしれない。


彼女はどうやら70代くらいの方だったが、そういう感情に年齢も性別も関係ないのだ。


私に向ける感情は確かに鋭かった。


転棟時のことは勿論あっただろう。


出産も終え、平日は娘の元へ面会に行く私。

快方へ向かいながら退院を予定している私。


もしかすると、そんな私への羨望の裏返しだったのかもしれないと、今なら思うのだ。


そうして、少し静かになった病室で1日ほど過ごし、退院日を迎えた。

7月の終わりの、よく晴れた日だった。


実母に娘を預け、夫がひとりで迎えに来てくれた。


退院手続き。

車椅子で帰宅する私のために、事前から紹介してもらっていた介護タクシーの手配。

そんな諸々も、終わらせてくれていた。


いよいよ待ち望んだ自宅へ帰れる。


入院したのは、まだ上着も必要なくらい肌寒い4月上旬のこと。

それが、こんなにも日差しの鋭い7月末になっている。


久し振りに吸った外の空気は、夏の熱気を帯びて少し蒸している。


それでも私にとっては、充分に清々しい気がしたのだ。

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