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乳がんとともに  作者: 蒼井 つばさ


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13/13

日常生活の始まり

病院から帰宅すると、物置部屋だった1階の部屋は綺麗に畳と襖が張り替えられていた。

薄皮一枚剥いだようにくすみの取れた部屋。

そこには、私用の介護ベッド、その(かたわ)らにはベビーベッドが設置されている。

そのベビーベッドの中では、2日振りに再会する最愛の娘が気持ちよさそうに眠っていた。


そんな姿を見てようやく

『あぁ、帰ってきたんだなぁ。』

と実感する。


が、現実はそうそうそんな余韻に浸らせてはくれない。


3時間おきのミルクが待っているのだから。

娘の場合、早い時で1時間半しかもたないなんていうことも珍しくはなかった。


整形外科医からは、色々制限がかかっていた。

前屈姿勢

右足に体重をかけること

腰を捻ることなど…


そのため、娘が泣いて起きてきても、私には抱き上げてあやしてやることもできない。

オムツ交換をしてやることもできない。


ただただ、夫や実母に抱かれあやされてる姿をみることしかできなかった。

それが、本当に辛く悔しかった。


『ママは私なのに…。』

『本当は私が一番に抱っこしてあげたいのに…。』


それでも、できることは自分でやりたいという思いは夫に伝えた。

そうして、ミルクの時間にはベッドのサイドテーブルに調乳セットを持ってきてもらうことにした。

そうすると、夫にオムツ交換をしてもらっている間に私が調乳することもできるのだ。


オムツ交換が終わったら私のところに連れてきてもらい、私が授乳するという形をとるようになった。


少しだけ、やっと母親らしいことができるようになったのだと思えるようになった。


…少しだけ。



一方、私の治療等に関しては、


週2回の訪問看護

2週ごとの往診

3週ごとの抗がん剤


というサイクルになっていた。


最初は関わる予定の看護師が、“顔合わせも兼ねて”ということで1度に2、3人きてくれていた。

人手もあるということで、その時に入浴介助をしてもらったりもした。


抗がん剤の副作用で半分以上脱毛も進んでいた。

長かった髪は、ニット帽から出てくる毛先を娘がぎゅっと掴んだりもしていた。

まだまだ脱毛もある。

剃るのは難しくても、切ってもらうことはできるかもしれないと、入院中からずっと考えていた。

それを思い切って、訪問看護の看護師に伝え、髪をバッサリ切ってもらったこともある。


実母には月1度は自宅に帰ってもらっていた。


本来、実家の家族が嫌いで、出来る限りの距離を置きたいと思っていた。

そんな私にとっては、”実母が同じ家の中にいる”ということは、ストレスで息苦しくもあった。

それでも実母がいたから、洗濯や料理はお願いできたし、特に夫は多少の負担は少なくなっていたはずなのだ。


…母は料理下手だけれども。


だが、私はどうしても実母と同居という状況が耐えきれなくなっていた。

退院からしばらく経った頃、夫に

「せめて母の月イチ帰宅の期間を1週間に伸ばしてもらいたい。」

という気持ちを伝えていた。


夫の負担は大きくなるのは解っていた。

だが、娘も夜間まとまって眠れるようになっていたこともある。


ゆくゆくは3人で生活していくからその練習を兼ねる

ということ

一泊だと慌ただしいだろうからゆっくりしてきてもらう

という理由をつけて、帰宅期間を延長してもらうことにしていた。


そんな中、6クール目の抗がん剤が終わった後、乳腺外科主治医から

「お薬がよく効いていて、特に転移箇所はほぼわからないくらい小さくなっています。

 最大8クールまで出来るけど、抗がん剤は心臓にも負担がかかるから、一旦ここでやめて、女性ホルモンを抑え るお薬に変えていこうと思います。」

ということが伝えられた。


更に

「一緒に分子標的薬っていう薬も使いたいんだけど、ホルモン剤を先に始めて、少し経過観察をしてから始めようと思います。」

という治療方針の説明がされた。


こうして、一旦抗がん剤から卒業することになったのだ。


また、翌年の春には夫の育休が終わる予定だった。

自宅で私一人では、娘を安全にみてあげることができなくなる。


そんな理由から、保育園探し…所謂“保活”も始めていた。


少しでも自分の目で保育園を観たかった。

保育園に車椅子で見学に行ってもいいのかなど、各保育園に確認してもらいながら進めていた。

自宅から通える園を5園ほどピックアップし、車椅子で行ってもいいところには私も行った。


そんな風に日常を過ごしていた。


だが、抗がん剤で落ちていた抵抗力を侮ってはいけなかったのだ。

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