第80話:交渉するのに効果的な方法は?
『交渉スキル』を使わずに交渉しろ。
凛兄からそんな難題を突きつけられて、あたしはどうするべきかと悩んでいた。
だって、交渉の場所は謁見の間。
そこには凛兄だけではなく、エーデルさんもいる。
それならまだいいけれど、幹部の方々もいらっしゃるワケですよ。
そんな大勢に果たしてちゃんとアピール出来るのか?
途中で変な方向へと迷走したりしないだろうか?
いやいや、それ以前に絶対緊張するに決まっている。
しかも、回復したイレイザさんとフリューゲルさんも見に来るらしい。
そんな大勢の前でアピールなんて出来ないよぉ。
「大丈夫だ。当日は隣に私がいる。もし、迷走するような事があれば周りに気付かれないように叩いて知らせてやる」
「そうだね。私も傍にいてあげるよ」
カッツェさんもトールさんもそうは言ってくれるけど、上手く話せる自信がない。
「……話だけで何とかしようと思うからいけないんじゃないのか?」
徐にカッツェさんがそんな事を言ってきた。
すると、トールさんも何かを思い付いたように口を開いた。
「あ、そうだ。ほら、以前君はグリックさんに模型を作って『ぷれぜん』なるものをやったじゃないか。アレを使えないかな?」
「だ、だけど、模型は龍神国に置いてきているし……」
あたしがそう答えると、カッツェさんが名案とばかりに口を開いた。
「なるほど、プレゼンか。なぁ、ミレイ。プレゼンというのは通常予め文章を用意しておくだろ?全て口で説明するにはかなりの話術を必要とするが、全員に資料を配ればその手間が省けて楽になる」
「だけど、文章だけじゃ伝わりにくいよ。せめて映像があればいいのだけど……」
どうしよう。成功する気がしない。他にいい方法はないかな?
あたしがそう頭を悩ませていると、トールさんが気楽そうに答えた。
「なんだ。そんな事なら簡単だよ」
え?簡単ですと?
「映像だろう?街の様子とか模型とか模型とか全て私の頭に入っているからテレパシーで皆に見せればいい。幸いカッツェのテレパシーの能力が高くなって来ているからね。私の限界部分をカッツェが補えば問題ないさ」
「カッツェさん出来そう?」
そう訊ねると、カッツェさんは難しそうに考えていたけれど、やがて思い付いたように左の掌を右の拳で打った。
「補う量にもよるが、流石にその場にいる全員にテレパシーを伝える事は出来ない。だが、プロジェクターとしてなら見せる事が出来る」
「ぷ、ぷろじぇくたー?」
聞き慣れない単語に戸惑うトールさんにカッツェさんが強く頷いた。
「そうです。プロジェクターです。トールさんから発せられたテレパシーを私が受け取り、それを映像として凹凸のない壁に映し出す。
どうだ?ミレイ、それならイケるだろう?」
イケる所かバッチリだよ!
あたしはその素晴らしい案に何度も強く頷いた。
「じゃあ、後は紙とか用意出来るかな?みんなに資料が行き渡るように出来れば沢山あるといいのだけど……」
「紙は高価な上に人数も不明だからな。全員に紙での資料作成は難しいだろうな」
「別に資料はミレイさんの分だけで大丈夫じゃないかな?
えと、なんだっけ?ぷろ、じぇくたーだったかな?それって映写機みたいなものなのだろう?ならば、それだけで充分資料になる。
ミレイさんのぷれぜんなるものが上手く出来るように話すべき事を紙に書き出して纏めてそれを見ながら話せばいいと思うよ」
確かに。パワーポイントで作る資料ってプレゼン中は読まれない事が多いもんね。
興味があれば、内容は嫌でも覚えるハズだしあたしのカンペだけでいいかも!
方向性が決まったところであたし達は資料製作に取りかかった。
トールさんのテレパシーをカッツェさんが受け取って、それをあたしに送る。
そうすれば、あたしもトールさんの送った映像が頭の中でクリアに受けとる事が出来る。
あたしは、その映像をチェックしながらプレゼンに使えそうなモノをピックアップしていった。
「凄い!本当に水路が出来上がってる!」
「みんな頑張ったからね」
何故か微妙な表情をしながらそうトールさんは答えた。
いったい何があったんだろうと思ったけれど、聞いたところではぐらかしそうな雰囲気だったので、敢えて聞かない事にした。
にしても本当にみんな頑張ったんだなぁ。こうなると出来上がりがイメージしやすくてありがたい。これで完成予想図なんてあったら最高なんだけどなぁ。
なんて、思っていたらちょっと閃いちゃいましたよ。
「トールさん。この街の映像と模型を同時に出す事は出来ますか?」
すると、あたしの意図に気が付いたらしく、トールさんは「成程」と笑った。
「全く君は本当に面白い人だ。
カッツェ。今から私が二つの映像を重ねるから上手く街に模型が合うように微調整してそこの壁に出せるかい?カッツェの方がミレイさんがどんな街にしようとしているか想像しやすいだろう?それに、能力の容量もまだ余裕があるだろうから難しくはないだろう?」
そう振られてカッツェさんは目を丸くしていたけど、一度だけ頷いて意識を集中し始めた。そして、出来た合成図を壁にあっさりと映し出した。
「へぇ。こうして見ると凄いもんだね」
結構凄い事をやってのけているというのに、トールさんはカッツェさんを褒める事なく、完成した街のイメージを見ながら感慨深げに吐息を漏らした。
「これを最初に持ってきましょう。で、地獄谷と湯の花小屋を紹介して温泉地アピール。で、水路の映像も採用でお願いします。綺麗な水が手軽に飲める環境というのはそれだけで魅力的なものでしょうから」
「了解。よし、映像はこの辺でいいかな?次はミレイさんが話す原稿を作っていこう」
ここが肝だ。これが魅力的じゃないと折角の映像も無駄になる。
あたし達は頭を突き合わせて、食事も忘れるくらいに原稿作成に真剣に取りかかった。
☆
「どう思う?」
私室を美麗に譲り、エーデルの部屋で寝起きをしていたユウキは隣で横になっている妻に話しかけた。
「わちきはそのほうがいいと思いんすが、リン様には何か気になる事がありんすでありんしょうか?」
可愛らしく上目使いで自分を見る妻を愛しく思いながらも真剣な表情を崩す事なく続けた。
「他の魔王達がどう思うかそれが気になってな」
「そうでありんすね。確かに実力主義のこの世界でありんすから、リン様がそう思いんすのも仕方のない事なのかもしりんせん。
ならば、当日は新しい物好きのファティマ様と、穏健派のアーダルベルト様を交渉の場にお呼びしてはいかがでありんしょう?
三人の魔王が認めれば問題ないのでありんすから」
「ふむ……」
ユウキは人間の街に行ってはあれやこれやと物珍しいものを購入して悦に入っている女吸血鬼と、強面の癖に穏和な悪魔の男の姿を思い浮かべてボソリと呟いた。
「交渉の場であの小うるさいオバサンと厳つい顔の中年男がいて果たして美麗がマトモに話が出来るだろうか?」
小さな声でも耳元で呟かれればはっきりと聞こえる。
だから、エーデルは楽しそうに笑った。
「それほどに心配なんでありんしたら、『交渉スキル』を使うなと言わなければよろしかったではありんせんか」
すると、ユウキは不貞腐れたような表情になって続けて呟いた。
「だってよ、ムカつくだろ?俺に対しては固まるクセにあの龍人二人には平気とかって……俺の方が付き合い長いのによ」
その言葉にエーデルは心から楽しそうに笑った。
「あらまぁ、つまるところが嫉妬されてありんすのでありんすね?」
「……うるさい」
本音を突かれて、勇気が更に不貞腐れるとエーデルは慰めるようにユウキに抱きついた。
「まぁ、いいさ。二人を呼び寄せるとしよう。そこで失敗したらそれはそれであいつの力不足だ」
敢えて、そんな厳しい台詞を吐くと、ユウキはエーデルを抱き締め返して彼女の首元に顔を埋めた。
会社員の頃、パワーポイントで必死に作ったのに全く見てもらえず、それどころか寝てしまわれる方を見た時は悲しかったです。




