第70話:信頼を得るためには
本来ならすぐに本題に入らなくてはならないのだが、今のミレイでは近道を狙って遠回りになりかねない。
だから私は急く気持ちを抑えながらゆったりと話し続けた。
だが、話せば話すほどミレイの表情が曇っていった。
「嘘、でしょう?リン・ユウキって凛兄だったの?名前を聞いた時、同姓同名だなぁと思っていた程度だったのに、まさか本人だったなんて……」
拙い。言ってはいけない一言だったようだ。
一体あちらの世界であの男はミレイに何をやったんだ?
「あ、あの……り、凛兄は怒ってる?」
「いや、心配している様だった。
まぁ、あいつの事は置いておいて、その奥方はエーデルさんと言ってな、お前を救おうと必死になっていてお前から離れようとはしないんだ。だから、外にいる彼女を信じて彼女だけでいいから受け入れて欲しい」
そう言っても、ミレイは受け入れ難いのか返答に困っている。
ならば仕方ない。卑怯ではあるがミレイの優しさを利用しよう。
「実はな、これを言うべきか悩んだのだが、先日、私とトールさんがお前に『眷属にして欲しい』と言っただろ?」
何故急にそんな事を言うのだろうといった表情をしながらミレイは頷いた。
「『眷属』になるにはミレイが許可しないとならないと言ったが、実は申し込んだ時点で既に私達は眷属になっている。だから、ミレイが死ねばもれなく私達も死ぬ事になる」
「え!?嘘でしょう!?」
先程とは明らかに違う表情で喰らい付いてくる様子に私は心の中で苦笑しながら続けた。
「本当だ。その事には後悔はないが、私はまだやり残した事がある。だから、出来れば今死にたくはないと思っている」
そう言われて、ミレイは動揺しながらも直ぐに答えてきた。
「それを早く言って欲しかったよ。解った……正直怖いけど、その、エーデルさん一人ぐらいなら外からでも干渉出来るように意識を調整してみるよ」
これだ。あれだけ二の足を踏み続けていたのに、他の人の命が関わるとあっさり気持ちを切り替える。
彼女は、何処まで人がいいのだろうか?
先程の戦闘でもあの男曰く、ミレイはこんな姿になっても仲間をまず助けようと動いたという。
何故、自分の事より相手の事ばかり考える事が出来るのか?
私はそれが理解出来なかったが、それでもエーデルは受け入れるという約束を取り付けたので、ケセランパサランに声を掛けた。
『外にいる様子をミレイに見せる事は出来ますか?』
すると、呆れたようにケセランパサランが答えた。
『今私は君に身体を貸しているんだから、私の意思じゃ出来ないに決まっているじゃないか』
やはり、無理かと落胆した私にケセランパサランは続けて言った。
『龍人族は複数にテレパシーが使えるんだろう?なら、一々私に聞く必要はないんじゃないの?』
成程。ならば私が使えれば問題ないという事か。
トールさんに張り合ってスキルを磨いた甲斐があったな。
私は外の状況がミレイに解るようにこの空間と外の空間を接続した。
こちらの様子を向こうに見せる事までは流石に出来ないが、外の様子をミレイに映像としては見せる事が出来る。
「うわぁ、本当に凛兄がいる」
怯えたようなミレイの声が響いた。
だが、私はそれには答えず外にいるエーデルさんに語り掛けた。
「お待たせ致しました」
「カッツェ様!ミレイ、ミレイちゃんは無事にありんすか!?誘導中に切断状態になってしまいんしたので、わちきの思いんすに痛みがかなり辛い筈なんでありんすぇ」
そう言えば、先程はかなり苦しそうにしていた。
気遣うようにミレイを見ると、彼女は大丈夫と言うかのように頷いた。だが、よく見れば無理しているように見える。
これは、急がなくては。
「今は、何とか大丈夫そうです。ですが、急いだ方がいいと思われます。
ミレイはエーデルさん一人なら外部からアプローチ出来るように意識を調節するそうです」
「まことでありんすか!?あぁ、良かったでありんす」
これで漸く助けられると心から安堵している声がこの空間に響く。
だが、その後、冷たい声がリンに投げられた。
「始める前にリン様は部屋から出ていてくんなまし」
唐突にそう言われ、リンは納得出来ないといった表情で尋ねた。
「何故だ?ここは俺の部屋だぞ」
「それは胸に手を当ててよく考えてくんなまし。わちきをミレイちゃんに信用してもらうには外部から干渉しているのはまことにわちきだけだと感じてもらう必要がありんす。それには二人きりにならなくてはなりんせん」
「そんなの言わなきゃバレないだろ。外側に意識を向けられる状況じゃないんだからさ」
意識は向けられる状況ではないが、私が外の様子をミレイに見せているから筒抜けだ。
その事を知らせようと思ったが、このままの方がエーデルさんの誠意がミレイに伝わるだろうと判断し、そのまま放置する事になった。
結果、二人の遣り取りは非常にいい効果を発した。
何故ならエーデルさんが怒りを露にリンを睨み付けたからだ。
「そのような態度がいけないと何故判らないのですか!?ミレイちゃんはコミュ症という人とマトモに話す事が出来ない珍しい病に掛かっているのでしょう?」
コミュ障を何かの症候群だと思っているらしい。
エーデルさんは何と辛い病なのだろうと嘆いている。
「いや、エーデル。コミュ障は病ではなくて、な」
「黙らっしゃい!いいでありんすか?ミレイちゃんが回復して意識を外に向けられるようになりんした時に、そこにリン様がいらっしゃったらどうなると思いんすか?きっと裏切られたと感じるに違いありんせん。そうなってしまいんしたら、もしかしたら何か障りが出るかもしりんせんのでありんすよ!?」
「約束通り俺は干渉しない。見るだけだ。ミレイは妹も同然なんだ。心配するのは当然だろう?」
「まことに心配なら出て行ってくんなまし!不安要素は僅かでも排除しなくてはなりんせん!」
それでも居座ろうとするリンにエーデルさんは強硬手段で、ついにリンを部屋から追い出した。
そして、乱れた息を整えながら私に話し掛けてきた。
「お待たせしんした。早速始めさせたく存じんすが大丈夫でありんすか?」
ミレイを見ると、呆然としていた。
「ミレイ?」
「あ、うん。あんな凛兄見た事なくて吃驚しただけ。いつでも大丈夫だよ」
何故だろう?私もあの男のあんな様子を見て妙な違和感を感じる。そして、「ざまあみろ」という心境にもなっている。初めて見た時からあの男に敬意を抱けない。
こんな事は初めてだ。
そう感じる自分に首を傾げたが、今はそんな事にかまけている場合ではない。
私は、ミレイの治療の為にエーデルさんが遣りやすいように意識を調整した。




