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第71話:優しき淫魔

 


 ☆


 エーデルさんって言うのか。凛兄の奥さん。

 艶めかしくて、黙っていたら氷像のような美しさを持っている人なのに、凄くいい人なんだな。あたしと何の面識もないのにあんなに心配してくれるなんて。

 あたしは、そんな事を思いながらカッツェさんが見せてくれた外の様子を見ていた。

 感情豊かで魅力的であたしが持っていない物を全て持っているような人。

 そんな人が、必死にあたしを助けようとしている。

 あたしが彼女を追い出した時に、彼女の喚ぶ声がまだ耳に残っていた。

 あれは、心の底からあたしを助けたい思いと、それが出来なくなった嘆きが込められていた。

 そして、今も夫である凛兄を追い出して、全身全霊であたしを助けようとしている。

 そんな人にならこの身を委ねてもいいかもしれない。


 あたしは、再び丹田に気を集めるよう集中した。

 皮膚の上から暖かい手が当てられているのが伝わる。

 優しい手だ。何故あたしはこの手を払い除けたのだろう。

 彼女の優しさが思いが込められているようだ。

 その手が、ゆっくり心臓に移動する。

 あたしはその動きに従って、気の玉を移動させた。

 再び、心臓が規則正しく鼓動するのを感じる。

 そして、そこから両肩へと移動し、腋窩から肘、手首、そして掌へと移動させて両手の指と指が触れあうギリギリまで寄せて丹田の前辺りに置く。

 木に抱きつくような格好と言えばいいのかもしれない。

 その状態で気が右手から身体を通過して左手に抜けるようにイメージする。

 上半身が熱くなったのを感じた頃に、エーデルさんの手が大腿の付け根へと移動する。

 そして、その手は徐々に膝の裏、足首、そして足先へと移動していく。


「今でありんす!右足から気を取り込みながら丹田に集めた後に左手からそれを放出し、右手でそれを吸収して丹田に送り込み左足に放出してくんなまし。そいで、また右足でそれを取り込んでくんなまし」


 難関来た!

 ちょっと待ってくれと思ったけれど、冷静になって考えてみたら8の時に循環させればいいって事だよね。

 それなら出来そうな気がする。

 あたしは、言われた通りにそれを試した見た。

 何回も何回も繰り返していくと、身体の底からエネルギーが漲るのを感じた。

 そして、その瞬間に身体が一気に楽になっていった。


『気功術Lv.1を獲得しました』


 ケセランパサランから出た天の声が出た。

 カッツェさんはいきなり自分から発せられた言葉に驚いた様だったけれど、それよりもあたしの様子に安堵しているようだった。


「大丈夫なようだな」


「うん。かなり楽になったよ。後は魔法をこのまま継続すれば完治すると思う。だけど、魔力切れの恐れがあるかも」


「では、そうならないようにマジックポーションを口から流し込む事にしよう」


「エリクサーがあればいいのだけど、かなり高いらしいからね。それでお願い。口への接続はしておくから」


 龍神国から持ってきたお金を無駄に使うわけにも行かないしね。

 あ、そう言えばフリューゲルさん達はどうなったんだろう?


「あたしが目覚めるにはもう少し掛かると思うの。だから、その間にお願いがあるのだけど」


「何でも言ってみろ」


 カッツェさんは相当安心したのか、あたしの願い事ならどんな事でもやろうという強い意思を込めた瞳でそう答えた。


「うん。あのね、フリューゲルさん達を捜して欲しいの。二人とも酷い怪我をしていたから心配で」


 すると、カッツェさんは呆れたように溜息を吐いた。


「お前という奴は……」


「ゴメン。へ、変な事言っちゃったかな?」


「いや、言っていない。了承した。では、私は二人を捜しに行ってくるからミレイはしっかり養生しろ」


 変な事言っていないと答えているのに、その表情はまだ呆れている。

 やっぱり変な事を言ったのかもしれない。

 どうしよう。や、やっぱり嫌われちゃったりする?

 そっとカッツェさんの表情を盗み見ると、カッツェさんは再度溜息を漏らした。


「安心しろ。私はお前を嫌いにならない。では、早速捜しに行ってくるとしよう」


 カッツェさんは、一度あたしの頭を撫でると去り際にとんでもない言葉を言い残した。


「そうそう。先程の『眷属』の話だが、嘘だ。お前が死んでも私もトールさんも死ぬ事はないから安心しろ」


 え?え?ちょっと待ってそれって、あ、あたしを騙したの!?

 酷い!冗談でも言っていい言葉じゃない!心配したんだよ!?死なせちゃったらどうしようって!!


「カッツェさんの馬鹿!!目が覚めたらそのエラ耳グッチャグチャに揉み潰してやる!!」


「ほう。それは楽しみだ」


 カッツェさんはそう答えてケセランパサランの中から気配を消した。

 そして、あたしはケセランパサランと二人っきりになった。



 ☆


 外に出ると、その場にへたり込んでいるエーデルさんがいた。

 どうやら魔力切れを起こしているらしく、ミレイの丹田の辺りに手を置いたまま動けないようだ。


「エーデルさん、ありがとうございます」


 感謝の気持ちを込めて、私は近くにあった毛布を手に取り、エーデルさんに掛けると部屋を出た。

 すると、部屋の前にある壁に寄り掛かっていたリンが私に詰め寄った。


「美麗は!美麗は大丈夫なのか!?」


「あぁ、後は自力での回復を待つだけだ」


「そ、そうか」


 リンは安心したように息を吐き切ると、私が部屋から出た事に不思議に思ったのか理由を聞いてきた。


「白銀十字と戦った仲間を捜すようにミレイに頼まれた。お前、知らないか?」


 すると、リンはバツが悪そうな表情になった。


「実は、なぁ、お前にまだ話していない事がある」


 なんだ?妙に歯切れが悪い。


「なんだ?早く話せ」


「ミレイは咄嗟にエスケープを使って魔族と獣人を逃がした。だが、リザードマンと人間は残念ながら……」

「死んだのか」


 間髪入れずそう答えると、リンは嫌そうな顔で私を見た。


「なんでそんなに冷静なんだ?」


「ミレイは二人を捜してと言っていた。つまり、他の二人は死んだと考えるのが当然だ」


「そうだろうが、お前はなんとも思わないのか?」


「私はミレイが無事ならそれでいい。二人を捜しに行くのだってミレイが頼んだからやるだけだ」


「あぁ!クソッ!!」


 苛立ちを露わにリンは頭を掻き回すと、急に懐かしそうに私を見た。


「本当にお前はあいつに似ているよ。そいつはな、俺の双子の弟で徹底した排他主義でな、身内以外と交流を取ろうとしなかった。理由は単純だ。美麗を可愛がっていてな、美麗が虐められたり怖がられたりする様を見ながら育ったものだから人間嫌いになって身内以外はゴミ屑を見るような視線を投げる奴だった。

 元々冷静な奴だっただけに、上辺しか見ようとしない人間を観察し、嫌悪するようになったんだ。

 お前もそんな傾向があるようだな」


 その弟は正しい。外見でしか物を見ようとしない人間を嫌悪するのは当然の事だ。

 私の考えている事が伝わったのか、リンは派手な吐息を漏らして付いてくるように言った。


「まぁ、いいさ。取り敢えず二人には会わせよう。今、違う部屋で治療中だ」


 良かった。これで早くミレイに報告出来る。

 私は、リンの後ろに従って二人のいる部屋へと向かった。



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