第68話:拒絶
体力路というのは魔力路と似ていて全く違うもの。例えるなら表と裏の関係だ。
魔力路は干渉しやすい表の道であるのに対し、体力路はその人の内に働く干渉しにくい裏の道だ。よって、美麗自身にも協力を仰がなくては、残った魔力を全部使いきっても治す事が出来ない。果たして、道を整えるという意味を美麗が理解出来るか?
どう説明すれば理解できるのか悩んでいたのだが、美麗はユウキと同郷である。ならば、その理屈が解るかもしれないと望みを抱きながらエーデルは平静を装って話しかけた。
「ミレイ。どうだい?かなり魔法を使うのが楽になったんじゃないかな?」
璃人としてそう聞くと、美麗は素直に頷いた。
「うん。少し楽になったよ」
「それは良かった。だけど、まだこれでは不十分だ。今度は身体に直接関係する道を整える必要がある」
意味が解らないのか、訝しげな表情を浮かべる美麗にエーデルは続けて説明した。
「人間の身体は魔力と体力で出来ている。魔力路は俺が正常にしたが、この世界風で言うなら体力路と言っていいのかな。所謂、経絡を巧く使って気の流れを正常にしなくては回復は困難だ。気功術を使える武芸者ならいいのだろうが、俺にはそれが出来ない。だから、ミレイ自身にやってもらう必要がある。
丹田って言ったら解るか?そこに気を流して経絡を伝って身体全体に循環させなくてはならない」
「気功って、太極拳とかやっている人達が使っているアレ?」
そう問い返されて、エーデルは返答に詰まった。
太極拳というものがなんなのか解らなかったからだ。
(『拳』といわす 単語が付いてありんすから、武術の事なのでありんしょう。でありんすが、『アレ』とはなんの事なんでありんしょう?)
エーデルは毛玉に助けを求めるように視線を向けたが、あくまで傍観者を決め込んでいるのか全く反応がない。
その様子に腹立たしく感じたが同時に落ち着いているという事は、美麗の言葉が正解だから何も言わないという風にも受け取れる。
「あ、あぁ。その通りだ。流石、俺の天使は賢いな」
返答に時間が掛かった事を怪しまれないように、先程美麗が言っていた璃人特有の枕詞を使って微笑んで見せた。
すると、美麗は安心したように笑みを浮かべた。
「やっと、兄さんらしい台詞出てきた」
全く疑いのない表情でそう答える美麗に、エーデルは巧く誤魔化せたと安堵しながら笑った。
「経絡と言われても解らないと思ったから経絡が書かれた絵を持ってきた」
経絡図を拡げて美麗に見せて、指で指し示しながら説明した。
「まずは丹田に意識を集中させる。そこで気を発生させて、その気を胴体から肩へ、そして肘、手、最後に指先へと流すようにイメージしろ。
気のイメージは何でもいい。だが、この文書には気は暖かいとあるからそれが丹田から順に流れて循環するようにイメージする方がいいだろう」
(集中とは言っても今、ミレイちゃんは魔法を使い続けてる状態でありんす。わちきは彼女が僅かでも気を流せるようにいいタイミングで誘導する必要があるでありんしょう )
気が流れる気配を感じながら巧いタイミングで誘導する。
言うのは簡単だが、気功師ではないエーデルにとってはかなり骨が折れる作業である。
エーデルは美麗に触れながら全神経を集中させた。
☆
あたしは言われた通り、丹田に意識を集中させた。
兄さんが助けてくれているのか、丹田のある部分周辺から暖かい手が添えられているのを感じた。
あたしはそれを頼りに、気を練った。
イメージとしては暖かい風が丹田に集まり、そこで円を書くように回転する感じだ。初めは小さな球体のようにその風が集まり、徐々に大きくなっていく。
すると、兄さんの手が心臓辺りに移動した。
あたしは、丹田に溜めたそれをゆっくり心臓へと移動させる。
それに反応するように心臓の鼓動が秒針を刻むように規則正しく響いてくるのを感じて心地が良い。
だけど、その時に違和感を感じた。
兄さんの手が兄さんではない別の者の感覚だ。
目を開くと暗闇の中に誰かがいる。
あたしの心の中に知らない誰かがいる。
そう感じた瞬間、あたしはその人の手を取った。
「ミレイ?どうしたんだ?気が散っていっている。ちゃんと俺の誘導を信じて気を練るんだ」
口調は兄さん。だけど、違和感が取れない。
「……あ、貴方は誰?兄さんじゃない。兄さんなのに兄さんじゃない!」
その事実を口にした瞬間、なんとも言えない嫌悪感が襲ってきてその手を拒絶した。
すると、暖かく感じた心臓は搾り取られるように締め付けられる感覚に襲われた。
「ウ、アァァッ!」
「ミレイちゃん!!」
遠くであたしを呼ぶ女性の声が聞こえた瞬間、兄さんは姿を消してあたしとケセランパサランだけとなり、あたしは心臓を押さえながら目を閉じた。




