第66話:美麗の魔力
美麗の過去から抜け出したエーデルは予想以上に疲れている自分に驚いた。
『恋』という情欲を探して長い間潜り過ぎたせいだと思っていたのだが、美麗の心の中央の更に深い暗闇の世界に入った時にそれは間違いである事を知った。
暗闇に足を一歩踏み入れた瞬間、エーデルの身体を魔力の風が突き抜けた。
(なんでありんすか?こなたの魔力は!?)
激しい空気抵抗にエーデルの顔が辛そうに歪んだ。
そして、その魔力は暗闇の中央で苦しそうに身を屈めている女性から溢れていた。年は20代前半、艶やかな黒髪は眼を隠そうとしているのか視界を遮るくらいに前髪が長い。成人した美麗の姿なのだろうと思ったが、それよりも気になったのは白く光る毛玉の存在だ。
しかも、その毛玉。エーデルの気配に反応してこっちをじっと見ているのだ。
そして、驚いたように話しかけてきた。
「淫魔というのは相当魔力が高いんだね。彼女の中には入れるのは私ぐらいだと思っていたよ」
「……その口振りは、ぬし様はミレイちゃんが心の中で作った存在じゃありんせんのでありんすね?」
「うん、そうだよ」
毛玉がそう言うのと同時に、空気抵抗が急に軽くなって身体が楽になるのをエーデルは感じた。
「これは、ぬし様がやったんでありんすか?」
「勿論だよ。あのままの状態だと、私と会話している間に君が魔力切れを起こす可能性があるし、そうしたら美麗にも障りが出るかもしれない。だからこの空間だけ隔壁を作ってみた」
ただの毛玉じゃないと警戒を露わにしたエーデルだったが、毛玉は自分は敵じゃないと安心させるように言った。
「敵じゃありんせんのでありんしたら、早速本題に入らせて貰いんす。
外では、当城の治療師が彼女を治療しようとしたのでありんすが、治療を拒むかのように弾いてしまうとの事。何故なのか理由を知っていんすか?」
彼女が拒んでいるのではなく、他に理由がある可能性もある。そう思い、訪ねると「なんだ。そんな事か」と呟いて説明してくれた。
「勿論、拒んでいるワケじゃないよ。受け入れる余裕がないからだよ」
「それはどういう意味でありんしょう?」
「敵の攻撃を受けた美麗は頭部も酷い火傷を負い、思考が全く働かない状態だった。だけど、本能で死ぬと悟り、『ヒール』を継続的に掛け続けていた。そうしているうちに、敵の司教が勘違いしてくれて頭部を綺麗に治療してくれたんだよ。
そのお陰で、漸く頭が回り始めたワケなんだけど、治療に専念するために外からの連絡を完全に遮断しちゃったんだ。だから、彼女の前で会話しても一切耳に入ってこないし、外から治癒魔法を含む様々な治療も効果がない状態なんだよね」
しょうがない事だけどねと締めくくる毛玉に、エーデルは詰め寄った。
「ならば、中からならどなたでも治療が出来るのでありんすか?」
「うん。基本はね。まぁ、美麗の嵐のような魔力に耐えられるほど魔力値が高い人間なら可能だよ」
そうなると、エーデルがわざわざアプローチする為に過去に潜った事は無駄になる。
無駄な労力で貴重な魔力を使ってしまった事に項垂れていると、毛玉がフォローらしき事をしてくれた。
「大丈夫だよ。無駄にはなってないから。だって、今の美麗は『交渉』のスキルを使う余裕がないから知らない人間相手だと警戒して近付く事さえ出来ないから」
「つまるところ、わちきが彼女のお兄さんの姿になって接すればいいのでありんすね?」
「そういう事。本当は安心出来る恋人が相手ならベストなんだろうけど、お兄さんでも心は通わせやすいと思う」
正解とばかりにポニョポニョと跳ねる毛玉を見ながら、気になっていた事を質問した。
「一つ気になるところがありんすが、ぬし様は先程、治療に専念するために外部との連絡を遮断していんす と言っていんしたよね?もしや、彼女は『ヒール』以外に魔法を使ってありんすのでありんしょうか?」
何気なく聞いた質問だったが、返ってきた言葉に驚愕した。
「『ヒール』は今は使ってない。代わりに『オート・リジェネ』を使ってる。だけど、皮膚呼吸が出来ない状態だから四大元素を上手く使って空気中から酸素を取り出して呼吸している」
「あっさり言いんすが、それってかなり高等な技術が必要ではありんせんか!」
「普通なら到底出来ないけど、四大元素マスターの彼女には出来る。まぁ、結構悪戦苦闘しているけど……それは仕方のない事だよ。身体中焼かれて血液もかなり熱を持っている状態だからね。知っているとは思うけど、人間の組織は熱が高過ぎると壊れてしまう。だから、美麗は『アイス』を使って血液の温度を下げて脳を損傷させないようにしている」
「あ、あり得んせん……」
呆然とそう呟くように言ったエーデルに毛玉も頷いた。
「普通ならあり得ない事だよね。だけど、美麗の膨大な魔力と『自動回復』のスキル。そして、何度か繰り返されているレベルアップがそれを可能にしている。
だけど、魔力の道が寸断されているから効率が悪い。だから、助かる見込みはかなり低い。
気功術を体得していれば良かったのだけど、彼女にはそれがないからね」
『気功術』と聞いて、エーデルは顔を振り上げた。
「『気功術』といわす事は、身体を流れる魔力路を整えれば回復は一気に進むのでありんすか?」
「それでも治る確率は7割と言うところだけどね。気を整えないと完治は難しい」
エーデルは暫く難しそうな表情で考えていたが、やがて何かを思い出したのか手応えを感じた表情になった。
「イケる!あれならなんとかなりんす。ぬし様、わちきは一度外に出て、資料を見てきんすわ!」
そんな言葉を残して、エーデルは毛玉の言葉を待たずにその場から姿を消した。




