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第59話:血の雨

 


『エスケープ』という魔法を手に入れた。

 説明を読むと、戦闘時のみ使用可で、使えば戦線を離脱する事が出来るらしい。


『やれやれ。君は本当に戦いたくないんだね』


 呆れた口調でケセランパサランはそう言った。


『その魔法は、逃げ出したいと強く念じた者にしか獲る事が出来ないユニークマジックなんだ』


『ユニークマジック?』


『特殊な条件を獲得出来なきゃ獲られないからユニークと表現している。だから当然スキルにもユニークは存在する』


『そうなると、エスケープを使える人は殆どいないのね?』


『そうなるね』


 なら、いざとなったらこれで逃げ切れるよね?

 良かった。もしもの事があったらこれを使ってみんなを逃がそう。


『まぁ、使うタイミングはよく考えてよ。因みにかなりの魔力を消費するから無詠唱は殆ど使えないと思った方がいい。詠唱省略を使った方がいいよ。じゃないと魔力切れを起こすよ』


 戦地で魔力切れとか洒落にならない。

 あたしは無詠唱は使わない事を誓った。


『さて、そろそろ始まるね。お手並み拝見させて貰うよ』


 ケセランパサランはそう言って会話を終了させた。



 ☆


 意識を外に向けると、今まさに戦闘が始まろうとしといた。

 賊の姿はまだ戦闘範囲に入ってないけれど、視認出来るようになっている。

 フリューゲルさんは、イレイザさん、タクトさん、ナーデルさんとカッツェ兄さんに『プロテス』『ブースト』『ファスト』そして、『マジックシェルオール』をかけた。

『マジックシェルオール』は全ての魔法攻撃を跳ね返すメリットがあるけれど、一度しか耐えられないというデメリットがあるため、滅多に使用しない魔法だそうだ。

 だけど、どんな属性の魔法が来るか判らない時は、ないよりましだから御守り代わりにかけたらしい。

 そして、イレイザさんとタクトさんが敵が射程距離まで近付いたところで先手必勝とばかりに飛び出していった。

 そんな二人を取り囲むように敵は包囲を縮めながら距離を詰めていき、剣を斬り下ろしてきた。

 その攻撃をイレイザさんは手甲で受け止め、透かさず剣で突き刺す。そして、休む間もなく次の敵に飛びかかる。

 タクトさんも大斧を軽々と振り回し、敵を薙ぎ倒していく。

 一瞬で、賊姿をした敵は半数となった。

 それでも、二人は手を緩める事なく攻撃を続ける。

 ナーデルさんは馬車の屋根からスケルトンから奪ったロングボウで術者めがけて矢を放った。そして、カッツェ兄さんは上空から『アイスストーム』を唱える。

 鋭く尖った氷の粒が術者全体に降り注ぐ。

 だけど、それらは術者に届く事はなかった。

 何故なら『シェル』で防御されたからだ。

 術者は4人。それぞれが、四大元素を弾けるように詠唱を終えて、魔法名を唱えれば発動出来る状態にしているらしい。

 ナーデルさんの弓は、司教服の男が『プロテス』とは違う魔法で防御しているようで、届く直前で勢いをなくしバラバラと落ちていく。

 それを見ながら上空のカッツェ兄さんは『アッシドストーム』を唱えた。

 土が隆起し砂嵐を巻き起こしながら、生き物のように術者達に襲いかかる。

 だけど、やはり『シェル』により術者達の手前で動きが止まるが、カッツェ兄さんの本当の狙いは砂嵐の方だった。

 砂嵐で攻撃する事は出来なくても視界を遮る事が出来る。

 砂嵐で視界がなくてもカッツェ兄さんには正確に相手の居場所を察知出来る。

 だから、カッツェ兄さんは透かさず急降下して術者の一人を剣でほふった。

 術者の首が胴体と切り離され、宙を飛んでいく。そして、残された胴体は少し遅れてから赤い血を吹き出させて地面に倒れていった。

 それを見た術者の顔が強張り、既に水属性のシェルを唱え終わっている術者が魔法を唱えようとしたが、透かさずカッツェ兄さんはその術者の顔面を掴むと、詠唱省略で『ファイアーボール』を放った。

 ゼロ距離で放たれたその魔法は術者の頭部を消炭に変えた。

 その瞬間、強烈な殺気が司教服の男から放たれ、あたしは思わず馬車から飛び出して叫んだ。


「カッツェ兄さん!跳んで‼」


 馬車から司教のところまで距離が離れている。

 聞こえるわけないと解ってはいたけど、そう叫ばずにいられなかった。

 だけど、千里眼はあたしにも向けられていたようで、カッツェ兄さんは頷きながら地面を蹴り上げた。


「『ゼログラビティ』‼」


 あたしは、そのタイミングで無重力の魔法を唱えた。

 重力に支配されなくなったカッツェ兄さんは、地面を蹴り上げた力により矢よりも早い速度で空高く飛んでいった。


「き、君達はいったい……」


 飛び出したあたしを守ろうと、フリューゲルさんも馬車から出てきた。

 そして、判定石には表示されなかった魔法を使うあたし達に驚愕していた。

 だけど、それを説明している暇は今はない。

 何故なら、イレイザさんが術者から『ファイアーボール』を喰らい、油断した隙に生き残っていた賊姿の敵に斬り付けられたからだ。

『ヒール』をかけるには、至近距離じゃなければ威力が弱い。

 あたしは迷わずフリューゲルさんを振り払い、イレイザさんに駆け寄った。

 だけど、その瞬間ファイアーボールがあたしに放たれた。


「『マジックシェル・ファイアー』‼」


 とっさにフリューゲルさんが詠唱省略で放ってくれたけれど、それは一歩届かず、ファイアーボールはあたしに直撃した。


「ウッッッッァアァ‼‼」


 炎があたしに襲いかかる。生き物のようにそれはあたしの皮膚を這い回り、あたしの身体を焼いていく。

 自分の皮膚が焼ける臭いと痛みが身体を襲い続ける。


『炎耐性Lv.1を習得しました』


 ケセランパサランの声が遠くで聞こえる。

 だけど、炎は相変わらずあたしを焼いている。


『炎耐性がLv.2に上がりました』『炎耐性がLv.3に上がりました』『炎耐性がLv.4に上がりました』


 煩い!あんたはそれしか言う事はないのか!?

 そう心の中で叫んだ頃、炎が身体を蝕む感覚がなくなった。

 身体中が痛む。空気の動きだけで激痛が走り、あたしはその度に呻き声を漏らさずにはいられなかった。

 自分の身体を見てみると、肌が見えている所は全て赤黒く焼け爛れ、皮膚が紐のように垂れ下がっていた。

 幸い、ゴーグルのお陰で目は無事だ。だけど、顔も焼け爛れているのは感じる。

 このままあたしは死んでしまうのだろうと本能で感じたけれど、取り敢えず無詠唱で『ヒール』を最高出力で掛けながら無事な目で、皆の姿を捜した。


 イレイザさんの姿がある。最早立っている事が出来ないのか地面に倒れ込んでいる。

 良かった。まだ生きている。

 生きているなら『ヒール』をかける事が出来る。


『ヒール』と唱えようとした途端、声を出せずに代わりに激痛と共に血が噴き出した。


 喉が完全に焼けていて声が出せなくなったと判断するより先に悶えながらも咄嗟に無詠唱で『ヒール』を掛けた。

 続いて、近くで倒れていたフリューゲルさんに触れながら『ヒール』を掛け、タクトさんとナーデルさんの姿を捜した。

 だけど、二人の姿はどこにもいない。

 周囲を見回したけど、見当たらない。


 そして、ふと上を見上げると、視界が赤く染まった。

 赤く染まったゴーグルを外して再び上を見る。

 その瞬間、あたしは声にならない声を上げた。


「ヴッゴッガッ……!!」


 二人を見つけた。

 だけど、二人からは生命反応を感じる事が出来ない。

 どう見ても即死の状態だ。

 タクトさんはナーデルさんを守ろうとしたのか彼女を抱きしめていた。

 だけど、そんな二人の身体を岩が棘のように隆起し、それが二人の身体を何本も貫いていた。

 ゴーグルを染めたものの正体は、そこから止めどもなく流れていた血液が、雨となってあたしに降り注いでいたのだ。

 身体が熱い。燃えるように熱い。

 それは、怒りからなのかそれともカッツェ兄さんに言われていたのに戦闘に参加しなかったあたしの弱さに対してなのか、火傷のせいなのかは判らない。

 だけど、心の奥が何かに燃え尽くされそうだ。


 こんな状況にしたのは間違いなくあたしだ。

 あたしが、カッツェ兄さんが言ったように神鳴を奴等にさっさと落としてしまえばこんな事にならなかったのだ。


 あ、カッツェ兄さん!カッツェ兄さんは何処?


 あたしは空間魔法でカッツェ兄さんの気配を捜した。

『ゼログラビティ』で重力制御のなくなったカッツェ兄さんは遥か上空に飛ばされたハズだ。

 必死に捜していたけれど、気配がない。

 更に上空を捜そうとして、あたしは咄嗟にそれを中断させた。

 何故なら、司祭服の男から光が放出される気配を感じたからだ。


『神聖魔法』だ!


 術を見た事がなくてもそう感じた。

 何故咄嗟にそう思ったのか?

 恐らく、セレナさんがアイスさんを治療した時に彼女の手が光ったのを思い出したからなのかもしれない。

『神罰』という名の無慈悲なあれを放たれたらイレイザさんもフリューゲルさんも死んでしまう!


 これ以上仲間を死なせてたまるか‼


 カッツェ兄さんの行方が不明なのは心配だけど『エスケープ』を使うしかない!

 だけど、喉が焼けて声が出ない。

 魔力がどのくらい削られるかは判らないけれど、あたしは迷わず『エスケープ』を無詠唱で使った。

 すると、今までの感覚とまるで違う身体の中が搾り取られるような感覚に奪われて、あたしは気を失いそうになったけれど、なんとか踏ん張った。

 そして、イレイザさんとフリューゲルさんの姿が見えなくなったところで、あたしは光の洪水を浴びて意識を失った。




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