第60話:白銀十字教
白銀十字教司教であるディルクはあり得ない光景を目にした。
邪教の蛮族を残らず裁く事が出来る筈だった『ディバイン・パニッシュ』から逃れた者がいたのだ。
獣人の女と魔族である青い髪をした魔法使い。
奴等は神罰が降る直前に姿を消した。
恐らく青髪が『エスケープ』を使ったに違いない。
滅多にそれを使える者は存在しないというのに、忌々しくも蛮族風情がその稀なる魔法を使い、そのクセになんと幼子を置いて逃げ出したのだ。
如何にも蛮族がやりそうな事である。
ディルクはそう感じながら眉を寄せた。
とはいえ、この幼子は侮れない。
幼いながらも重力魔法を詠唱省略で使用しただけでも驚きだというのに、魔力切れを起こす気配がなかった。
だからこそ術者に彼女を攻撃するように伝えた。
そして、狙い通りに彼女は魔法が使えなくなった。
魔力が強く重力魔法が扱えるという理由で、この場に無理矢理連れて来られたに違いない。
成人にはまだ程遠い子供にとってさぞや恐怖だった事だろう。だが、その恐怖に打ち勝ち、炎に焼かれた身体に鞭を打って仲間を救おうと動いた。
恐らく気力だけで動いたのだろう。その姿は蛮族と言えど、気高い行動だ。
それだというのに、青髪は魔法を唱えられなくなった彼女をあっさり切り捨てだのだ。
蛮族というのは、慈悲の欠片も持ち合わせない自分勝手な奴等だと枢機卿に教えられてはいたが、それを目の当たりにするとなんとも言えない吐き気に襲われた。
(この幼子は、何も判らないうちに邪教に巻き込まれた憐れな子羊だ。ならば、せめて私の手で墓を作ってやろう)
そう思い、幼子に近付こうとした時に、教徒達から驚きの報告を聞いた。
「司教様!この子供、まだ生きています!」
「なんだと⁉」
(邪教徒が『ディバイン・パニッシュ』の直撃を喰らって生きているわけがない!)
信じられない気持ちで駆け寄ってみると、幼子は微動だにしなかったが微かに息をしていた。
相当裕福な家で育ったのだろう。子供が身に付けるには余りにも豪華な防具は瑕一つなかった。
だが、それを身に付けている幼子は性別さえ判らないほど焼け焦げて赤黒くなっている。
全ての子供が持っている柔らかい皮膚は殆ど存在しない。流れる血液も熱を持って湯気が出ている。
生きている事自体が奇跡と言っても過言ではない状態だ。という事は、『ディバイン・パニッシュ』を受けてもダメージがなかったと考えるのが妥当だろう。
「『神罰』が効かなかった?」
自分でそう口にした瞬間に、ディルクは己の失態に気が付いてしまった。
全ての邪教徒に通用する魔法。
だが、それが効かない例がいくつかある。
一つは、神聖魔法の耐性を持っている場合。
これに関してはあり得ないとディルクは判断していた。
何故なら、他の属性と違い神聖魔法の耐性は簡単には付けられないし、仮に身に付けても耐性レベルが高くなくては防げないからだ。幼い子供が身に付けられる訳がない。
二つ目は、聖十字教の教徒だった場合。
白銀十字と同じ神を敬う者なら『神罰』が降る事はない。
白銀十字教の教徒と違い、聖十字教の教徒は邪教の者にさえ寛大だから紛れ込んでいたとしても不思議ではない。
だが、ディルクはその案をすぐに否定した。
子供は愛されるべき存在として慈しむ彼等が、いくら魔法の才能があったとしても幼子を一人で戦地に行かせるわけがないからだ。
よって、考えられるのは三つ目のまだ邪教の洗礼を受けていない場合だ。
洗礼を受けていない子供の魂は無垢の状態である。
洗礼を受ける事で神からの祝福を受け、その魂は洗練されていくのだ。
つまり、彼女を自分の手元に置いて正しい道を示せば、この子は立派な十字教徒となって人々の心を慈しみ癒す存在になっていたという事だ。
そんな子供を危うく殺すところだった事実にディルクは後悔と激しい胸の痛みに襲われた。
「死なせてなるものか!」
ディルクはすぐに詠唱を始めて、『治癒』の魔法を使った。
「『ハイ・キュア』」
脳が熱で破壊されればいくら『キュア』を使っても脳が死んでしまい、生ける屍となってしまう。
手遅れになる前に、ディルクは頭部から順に治療を始めていった。
やがて、皮膚が元通りになり、燃え尽きた髪の毛が生き物のように生え始める。
「おおぉ……」
幼子の顔を見た教徒達から敬うような吐息が漏れた。
「なんと……これはまるで聖なる経典を我等に授けて下さった天使様のようではないか」
そんな言葉が何処からか漏れ、教徒達は彼女に跪いて両手を胸の辺りで組むと頭を垂れた。
少女の神々しさにそうせずにはいられなかったのだ。
そして、ディルクもまた彼女に心を奪われたが、直ぐに我に返って素早く周囲に命令した。
「この少女は『神罰』に影響を受けなかった。つまりは我々の家族である!至急教会に連れ帰り本格的に治療を施さねば、大切な家族を蛮族の地でその魂を儚く落ちさせてしまう!
そうなる前に連れて行くぞ!」




