第58話:衝突直前
ケセランパサランの扱きになんとか耐えきったのはいいけれど、あたしは馬車の中でぐったりとカッツェ兄さんにもたれ掛かっていた。
「終わったようだな」
至って冷静なカッツェ兄さんと相反してイレイザさんとナーデルさんは心配そうにあたしを覗き込んでいた。
「おい、ミレイ。大丈夫かい?」
「よく分からないけど、相当キツいんじゃない?とりあえずゆっくり休みなよ」
あぁ、いい人だ。
こんなにいい人がいるっていうのに、なんであたしの周りにはドSな鬼教官しか存在しないんだろう。
確かにそのお陰で、色々覚えられたから他の人から見れば恵まれていると思うのかもしれないけれど、本人からすれば不幸だ。
『やっつけ仕事で覚えさせたからこれ以上のレベルアップは望めないけど、後は自然に上がってくるから』
自然に?ポイント割り振りをすれば一瞬で上がるじゃん。
そんな事を思っていると、ケセランパサランが面白そうに答えた。
『へぇ。既に中層の記憶はいつでも思い出せるようになっているんだね。
意識調整のスキルはどうやら君と相性がいいのかな?』
その言い回しをするって事は、意識調整のスキルは本来は完全に調整出来ないものなんだろうか?
あたしのそんな疑問に、ケセランパサランは答える事なく話し続けた。
『実は割り振りで一気に上がるものと上がらないものがあるんだよ。だから武術や耐性系はポイント割り振り出来ないよ。それ以外のスキルは上げられるけど。
あ、後は『自動回復』みたいなユニークスキルもね』
え?そうなの?知らなかった。
『知らなくてもそういうものだと君は感じていたハズだよ。だから、武術や耐性系はスキルを割り振ろうとはしなかっただろう?』
確かに。まぁ、割り振ろうという気にもならなかったからだと思うけど……
あ、だけど空間魔法は魔法なのにあたしスキル分けしてないな。
『魔法ならスキル分け出来るんでしょ?なのに、何故空間魔法にスキル分けをしようとしなかったんだろ?』
『あ、ゴメン。そこはうっかり君に取得した事を知らせ忘れちゃったからだと思う』
そういう事もあるよねぇと笑う様子にあたしは全身の力が抜けていった。
いいのか?それで……
確かに空間魔法をいつ取得したのか覚えていない。
本来ならステータスのスキル欄に『new』と表示されるハズなのにそれさえもなかった。
そうか、それは天の声が知らせ忘れたせいだったんだね。
なんか、いろいろ聞きたい事が山とあるけどどうでもいいや。
そんな事より、今は寝たい。
あたしは重くなった瞼を開けている事が出来なくなって、瞼を閉じた。
☆
どのくらい眠っていたんだろうか?
あたしは突如襲ってきた沢山の殺気に飛び起きるように目を覚ました。
「え?何!?この感じは!?」
飛び起きて周囲をキョロキョロしていると、タクトさんが固い声で説明してくれた。
「数キロ先に例の賊がいる。そろそろ戦う準備をした方がいい」
馬車の窓から外を確認したけど、まだ視認は出来ない。
だけど、殺気だけはビリビリと感じてくる。
視認出来ないのに既に殺気を放って待機しているって事は、もしかしてあたし達がもうじき来るという事を知っているのだろうか?
そうなると、いつどこで彼等は知ったのだろうか?
そんな疑問を抱いていると、イレイザさんが忌々しげに口を開いた。
「こんな一本道だったら斥候に見つかるのは寧ろ当然か」
斥候……そうだよね敵さんだって馬鹿じゃない。斥候を置いて情報収集くらいするよね。
「千里眼ではどんな感じ?」
流石に数キロ先は困難らしく、カッツェ兄さんは意識を集中させていた。
そして、ややあってカッツェ兄さんから派手な舌打ちが漏れた。
「賊の格好をした者が10人。黒地の司教服を着た者が一人。そして、彼を囲むように術者が4人」
「黒地の司教服だと⁉敵は司祭レベルじゃなかったのかよ⁉」
イレイザさんが、目を剥いた。
「マズイな。黒地という事はシルバークロスか……」
既に目覚めて臨戦モードになっていたフリューゲルさんの表情も固かった。
無理もない。
自分の崇める神以外の宗教を一切認めず、敵と判断する者達が相手だ。
ましてや6人中4人が人間ではないのだから向こうの士気は鰻登りに上がっている事だろう。
あたしはカッツェ兄さんから、シルバークロスの司教以上の可能性が高いと事前に聞いていたから少しは落ち着いていられるけれどシュヴァイゲンのみんなは初耳の事に違いない。
「この殺気も納得だよね。やつらにとっては私達って最高のご馳走じゃん。殺す気満々なのも納得だよねぇ」
口調こそ軽いけれど、ナーデルさんは額に浮かんだ脂汗を腕で拭っている。
「捕縛は無理だな。殺す気でいなければ俺達は自分の足で家に帰る事は2度と出来ない」
『殺す』という単語を聞いて、あたしはビクリと身体を震わせた。
「まだ覚悟が出来ていないのか?殺し合いになる事は事前に言ったハズだ」
呆れたように言うカッツェ兄さんから視線を逸らすと、ナーデルさんがあたしを庇うように口を開いた。
「ちょ、待ちなよ。お兄ちゃんなんだからさぁ妹の気持ちぐらい解ってあげなよ。
ミレイちゃんは戦闘経験ないんでしょ?ワームやスケルトンと違って、相手は人間なんだから同族を殺す事に躊躇わないハズないじゃん。ましては、ミレイちゃんはまだ子供なんだからさ」
その言葉にカッツェ兄さんは鼻で笑った。
「必要ならば時に冷酷な判断が出来なくてどうする?ミレイ、お前はこいつらや私を死なせたいのか?」
「そんなわけない!」
あたしが即答すると、カッツェ兄さんは「そうだろう?」と頷いた。
「ならば、本気を出せ。相手は4人の魔術師を引き連れているという事は普通の魔法は全てマジックシェルで封じられる。相手の実力は不明だが、四大元素は効かないと考えた方がいい。
よって、お前の本来の力全て使い、全力で戦え」
本来の力、つまり魔力値も体力も本来のステータスに戻し、魔法も使えるもの全て使えという事だと判断するには充分だった。
だけど、四大元素が効かないなら雷系の『サンダー』か『サンダーボール』、空間魔法と雷を掛け合わした『ショックウェーブ』、後は重力系の『ゼログラビティ』か『ハイグラビティ』になる。
それらを全力で使ったら間違いなく死ぬ。
一人二人ではない。一度に大量に殺せてしまう。
大量殺戮者になれと言うの?
想像するだけで猛烈な嫌悪感が襲ってきて、あたしは身体が震えだすのを止められなくなっていた。
「ミレイ、無理すんなって。元々あたい等はルーキーは参加させずにあたい等だけでやるつもりだったんだからなんとかなるさ」
あたしの表情を見て、イレイザさんがそう安心させるように言うと、タクトさんもそれに続いた。
「イレイザの言う通りだ。俺達だけでいい」
「そうだね。君はまだ子供だ。殺人者になる必要はない。幸い僕の魔力もかなり回復したし大丈夫だ」
「ミレイちゃんは『ヒール』に専念してくれればそれでいいよ。あいつ等は私達でケチョンケチョンにしちゃうから」
そんな風に口々に言ってくれる言葉は暖かかったけれど、あたしの胸に深く突き刺さった。
ルーキーだから仕方ない。
踏ん切りがつけられないあたしを責めているようにさえ聞こえた。
それでも人を殺すという行為を受け入れる事が出来なかったあたしは、せめて攻撃範囲を自在に操れるように『空間魔法』のスキルレベルを最高に上げた。
するとその瞬間、ケセランパサランが報告してきた。
『空間魔法の習得レベルが最高になりました。新たに魔法『エスケープ』が使用出来ます』




