第22話:初めての商談【2】
「……魔法の水、ですか?」
胡散臭いネーミングに益々訝しい表情をするグリックさんに、あたしは笑みを崩さずに頷いた。
「これが、お売りしたい商品です。この水は素肌に馴染ませる事で、悪臭を消してくれる効果があります。しかも、人体に無害という優れモノです」
「……香水を禁じたという事は、私にこの水を試せという事ですか?」
「はい。その通りです。聞いただけでは胡散臭いだろうと思いまして、実際に試して頂いてその絶大な効果を知って貰いたいと思いまして」
何しろ、今までこの世には存在しなかった代物。
口でいくら説明しても眉唾物としか認識してくれないだろう。
ならば、実際に使用すればきっと気に入って貰える筈。
あたしはそう確信して瓶の蓋を開けて、掌に少量を溢した。
「これをこんな風に手に取って、耳の裏、首筋、脇の下を重点的にぬって、更に身体全体に馴染ませます。すると、気になる臭いは瞬く間に消えてしまうという正に魔法のような体験が出来ます。
あたしは扉の外におりますので、試して頂いたら呼んで下さい」
使用方法をざっと説明すると、あたしは奥さんを連れて部屋から出て行った。
☆
一人きりにされて、俺は茫然と魔法の水が入っている瓶を眺めた。
正直言って怪しい以外の何物でもない。
神子が実際に手に垂らしていたのだから毒物でない事は確かだと思う。
だが、臭いが消えるなんて胡散臭い代物を身に着けるには勇気がいる。
「いや、未知な物を恐れていては商売なんて出来るわけはない!」
よく扱われる商品なら普通に売れる。だが、店を大きくする為には新しい商品を入手する事が重要だ。
未知の物であればある程、価値があるのだ。
ならば、恐れている場合ではない。
神子の言う通りなら貴族が飛びつく代物だし、俺だって欲しい!
「よし、つ、着けるぞ」
まず、掌にそれを馴染ませて危険性がない事を確認してからゆっくり言われた手順でその水を身体に擦り込んだ。
☆
「中々呼ばれないね。もしかしてダメだったのかな?」
ミョウバン水は、お小遣いの少ないあたしにとって、ニキビ対策や制汗スプレーの代用として愛用していたから効果はよく知っている。
それなのに、いつまで待っても声が掛らない。
まさか、この世界の人には効果がないとか言わないよね?
だとしたら、計画の見直しをしなくちゃいけない。
さて、どうしよう……
そんな不安を抱きながらも次の一手を考えていると、突然ドアが勢いよく開け放たれた。
そして、そこには上半身を曝したままのグリックさんが恐ろしい形相であたしの腕を取った。
「何なんだこれは!?どうなっている!?」
商売人の顔完全に失ってますよ。グリックさん。
いや、それよりもこの状況にあたしの方がパニックだ。
だって、目の前にグリックさんの腹筋があるんですよ?
商人なのにうっすらだけど、シックスパックあるんですよ?
ついつい見てしま、いや違う!見ちゃダメ!
「と、取り敢えず服を着ましょ?」
流石に至近距離で男の人の裸を見て冷静でいられるほど達観した人生は歩んでないから。
いくら龍人族で慣れたといっても限界がある。
こんな至近距離にあたしと同世代の人の身体が、身体がぁ‼
あたしが耳が熱くなるのを感じながらそう訴えると、グリックさんは我に返って自分の状態を確認するとそのまま回れ右をしてドアを閉めた。
焦った。見た目は子供だけど、中身は大人のあたしとしてはマジ、本気で焦った……
落ち着こう。今のうちに落ち着こう。
大丈夫。あたしは出来る子だ。落ち着ける。
シックスパックの幻覚が見えるけど、気のせいだ。気のせいに決まっている。
あたしは、何度も深呼吸を繰り返して心を落ち着かせるために全力投球し続けた。
「……どうぞ」
暫くして声が掛ったので部屋に入ってみると、グリックさんはまずは非礼を詫びた。
「取り乱してしまい、申し訳御座いませんでした」
「いえ、どうやらお気に召して頂いたようで何よりです」
そう返すと、グリックさんは何度も頷きながら熱の籠った瞳を向けた。
「正に魔法の水でした。で、早速なのですがこの水を私の商会で扱う為の条件は御座いますか?」
「そうですね。先ずはこの水をいくらで取り扱おうと思ってらっしゃいますか?」
「銀貨10枚と考えております」
銀貨一枚は一万円に当たる。
奥さんが言うには銀貨10枚は一般的な家庭の月収になるらしい。
つまり、一般的な家庭には高価だけど、例えば何かの記念日や結婚する時の嫁入り道具的な物という立場なら買う人がいるかもしれないし、お金に余裕のある人なら必需品として購入するに違いない。
本当は、一般人にも簡単に手が届く値段にしたいけれど、そうなるとグリックさんに旨みがなくなるもんね。
「ならば、利益の半分をこちらに頂きたい」
「は、半分ですか!?相場は3割となってますので、あまりに暴利というものです」
「その代わり、今後この水はグリック商会以外とは取引しません。専売権を得られるのならば決して暴利とは言えないと思いますが?」
専売権と聞いてグリックさんの瞳が光った。
「ほう。我商会のみ販売を許す契約を交わして頂けるのですか?」
「ええ、勿論です。それならば高い買い物ではないのでは?」
今まで値踏みするような視線を送られていたけれど、今度はあたしが彼を値踏みするように見つめた。
その視線を受けて、グリックさんは面白そうに笑った。
「成程。条件に従わないのならば、他の商会を当たる気ですね?」
「あたしとしては、大店のグリックさんの所が一番だとは思っているのですが、その条件だけは譲れないので致し方ない、と」
そう不敵に笑って見せると、グリックさんも笑い返した。
「いいでしょう。その条件で契約させて頂きます」
今回、少しだけ長いです。




