第8話 間違えても、怒りません!
「ロザリア様、今日は特別授業をしましょう!」
「……特別授業?」
翌朝、学習室に入った私は、持ってきた大きな紙袋を机の上に置いた。
ロザリア様は不審そうにそれを眺め、眉をひそめる。
「何をするつもりなの? 先に言っておくけれど、くだらない遊びに付き合うつもりはなくてよ」
「大丈夫です! ちゃんと勉強になりますから!」
「……その言い方、まったく信用できないわね」
うっ、なかなか厳しい。
でも、今日の授業はきっとロザリア様のためになると思う。
「では、こちらをご覧ください!」
私は紙袋から、木の棒や紐、小さな板を取り出した。
「……何よ、これ」
「橋を作る材料です!」
「……は?」
ロザリア様はぽかんと口を開けた。
「橋?」
「はい! この前、橋を架ける問題を考えましたよね? 今日は実際に小さな橋を作ってみようと思いまして」
「……あなた、正気なの?」
「もちろんです!」
「わたくしは公爵令嬢なのよ? こんな工作みたいなことをさせるつもり?」
「はい! せっかくなので、一緒にやってみませんか?」
ロザリア様は呆れたようにため息をついた。
「……まったく、あなたは本当に変な人ね」
「よく言われます!」
「自慢しないでちょうだい!」
……うん、いつもの調子だ。
◇
「では、まずはこの二つの台の間に橋を架けてみましょう!」
私は机の上に木箱を二つ置き、その間に材料を並べた。
「条件は、材料を全部使わなくてもいいこと。それから、この小さな重りを載せても壊れない橋を作ることです」
「……そんなの、簡単でしょう」
ロザリア様はすぐに木の棒を手に取り、慣れた様子で組み合わせ始めた。
図面を描くのは得意なだけあって、配置も手際がいい。
「おお、さすがですね!」
「まだ完成していないでしょう。静かにしてちょうだい」
「あ、はい!」
私は口を閉じ、隣で作業を見守った。
やがて、ロザリア様は完成した橋を得意げに持ち上げた。
「できたわ。これなら問題ないでしょう」
「では、重りを載せてみましょうか」
「ええ」
ロザリア様が小さな重りを橋の中央へ置いた、その瞬間。
ぱきっ。
「あっ」
木の棒が一本外れ、橋がぐにゃりと崩れてしまった。
「……」
「……」
しばらく、二人とも無言で崩れた橋を見つめた。
「……何よ、これ」
ロザリア様の声が低くなった。
「こんなはずでは……」
「どうやら、中央の支えが少し弱かったみたいですね」
「わかっているわ!」
ロザリア様は勢いよく顔を上げた。
「……笑いたければ、笑えばいいじゃない!」
「えっ?」
「失敗したのよ! わたくしが! こんな簡単なこともできなかったんだから!」
その声には、怒りだけでなく、どこか怯えたような響きがあった。
……ああ、そうか。
ロザリア様にとって、失敗はただの失敗じゃないんだ。
「笑いませんよ」
「……は?」
「だって、まだ終わっていませんから」
私は崩れた橋の部品を拾い、机の上に並べ直した。
「一回目でうまくいかなかったなら、二回目を作ればいいんです」
「……二回目?」
「はい! 今度は中央の支えを工夫してみましょう」
ロザリア様は信じられないという顔で私を見つめた。
「……あなた、怒らないの?」
「どうして怒るんですか?」
「だって……失敗したでしょう」
「そうですね。でも、わざと壊したわけではありませんし」
「……」
「むしろ、どこが弱いのかわかりました。これは大きな発見ですよ!」
ロザリア様は何か言いかけて、口を閉じた。
「……本当に、変な人」
「あはは、今日だけで何回目でしょうね」
「数えていないわ!」
そう言いながらも、ロザリア様は再び木の棒を手に取った。
◇
「……ここを三角形にすれば、力が分散するのではなくて?」
「おお! いい考えですね!」
「それから、紐の結び方も変えた方がいいわね」
「なるほど、確かに!」
二回目の橋作りが始まると、ロザリア様は先ほどよりも慎重に材料を組み合わせていった。
途中で何度も手を止め、図面を書き直しながら考えている。
私は隣で必要な材料を渡したり、質問に答えたりするだけ。
……うん、いい感じ。
「できたわ」
しばらくして、ロザリア様が完成した橋を机に置いた。
「では、重りを載せてみましょうか」
「……ええ」
ロザリア様は少し緊張した様子で、そっと重りを載せた。
今度は、橋が崩れない。
「……!」
「やりましたね!」
「……まだよ」
ロザリア様は慎重に、もう一つ重りを載せた。
橋は少ししなったものの、しっかりと形を保っている。
「……できた」
小さく呟いた声は、いつもの威張った調子とは違っていた。
「できたわ……!」
「はい! 大成功です!」
私は思わず拍手した。
ロザリア様は橋を見つめたまま、少しだけ口元を緩める。
「……当然よ。わたくしが本気を出せば、これくらい」
「はい。でも、一回目の失敗があったから、もっと丈夫な橋が作れましたね」
「……」
「失敗しても、そこから考え直せばいいんです」
ロザリア様はしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……でも、失敗したことは消えないわ」
「そうですね。消えません」
「……だったら」
「でも、成功したことも消えませんよ」
そう答えると、ロザリア様は目を見開いた。
「一回目に失敗したことも、二回目に工夫して成功したことも、どちらもロザリア様が頑張った結果です」
「……」
「私は、二回目を諦めなかったロザリア様を褒めたいです」
ロザリア様は慌てて顔を背けた。
「……もう、わかったわ!」
「あはは、すみません!」
「本当に、あなたは褒めすぎなのよ!」
そう言いながらも、彼女は完成した橋を大切そうに机の端へ置いた。
◇
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
授業が終わる頃、いつものメイドさんがお茶を運んできた。
彼女は机の上に置かれた小さな橋を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「まあ……素敵な橋でございますね」
「……当然でしょう。わたくしが作ったのよ」
「お嬢様が?」
「何よ。悪い?」
「いえ、とんでもございません! とてもお上手でございます」
ロザリア様はふんと鼻を鳴らした。
「……最初は壊れたけれど」
「えっ?」
「……何でもないわ!」
ロザリア様は慌てて顔を背けた。
私は思わず笑みを浮かべる。
……今、自分から失敗したことを口にしたよね。
ほんの小さなことかもしれないけれど、ロザリア様にとっては大きな一歩なのかもしれない。
「ロザリア様、この橋、どうしますか?」
「……どうするって?」
「せっかく作ったので、飾っておきませんか?」
「……そんな子どもみたいなこと、するわけないでしょう」
「ええっ、そうですか?」
「当たり前よ。わたくしはもう十一歳なのよ?」
そう言いながら、ロザリア様は橋をそっと持ち上げた。
「……でも、捨てるのはもったいないわね」
「そうですね!」
「仕方ないから、しばらくここに置いておいてあげるわ」
「はい!」
……うん、よかった。
◇
その日の夕方、ロザリアは一人、学習室で完成した橋を眺めていた。
小さな木の橋は、机の端に置かれている。
「……最初は、壊れたのよね」
そう呟きながら、そっと指先で橋に触れた。
もし、あのときお父様やお母様が見ていたら、きっと叱られていただろう。
けれど、エリシア先生は怒らなかった。
笑うこともなく、ただ『もう一度作りましょう』と言った。
「……変な人」
ロザリアは小さく呟いた。
でも、今日は不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ、明日はどんな授業をするのだろうと、少しだけ楽しみにしている自分がいる。
「……別に、楽しみなんかじゃないわ」
誰もいない学習室で言い訳をしてから、ロザリアはもう一度橋を見つめた。
そして、誰にも見られないように、ほんの少しだけ微笑んだ。




