第27話 王宮からのお返事は予想外です!
王宮からの招待状が届いて三日後、私はロザリア様の部屋で、なぜか廊下の見取り図と格闘していた。
「先生、そこは違うわ」
「えっ、違いますか?」
「そこから庭園へ出たのなら、帰りは同じ扉を通ればよかったでしょう?」
「それがですね、戻ろうとしたら扉が閉まっていたんですよ」
「……別の扉だったのではなくて?」
「その可能性は、あります」
ロザリア様は額に手を当てた。
王宮への同行が認められるかどうか、まだ返事は来ていない。それなのに私たちは、ここ数日ずっと前回の迷子事件を検証している。
しかも困ったことに、私自身がどこを歩いたのか、ほとんど覚えていなかった。
「先生、本当に王宮へ行く気があるの?」
「あります! もちろんありますよ!」
「だったら、もう少し真剣に思い出してちょうだい」
「真剣なんですけど、思い出せないものは思い出せなくて……」
私が情けない声を出したところで、扉がノックされた。
「失礼いたします。お嬢様、王宮よりお返事が届きました」
セバスチャンさんの言葉に、私たちは同時に顔を上げた。
「本当!?」
「はい。ベルフォード様の同行につきまして、正式な回答をいただいております」
ロザリア様はすぐに立ち上がったけれど、私は思わず背筋を伸ばした。
(ついに来た……!)
正直なところ、許可が下りる可能性はそれほど高くないと思っていた。今回の招待状はロザリア様個人に宛てられたものだし、私は公爵家に雇われている家庭教師とはいえ、身分は男爵令嬢にすぎない。
「それで、どうだったの?」
ロザリア様が尋ねると、セバスチャンさんは一通の書状を差し出した。
「王宮側より、ベルフォード様の同行を認めるとのご返答でございます」
「本当ですか!?」
思わず声が裏返った。
「はい。ただし、いくつか条件がございます」
「……条件?」
ロザリア様が眉を寄せる。
セバスチャンさんは書状に目を落とした。
「ベルフォード様は、お嬢様の付き添いとして王宮へ入ることができます。ただし、交流会の正式な招待客ではございませんので、催しの進行中は指定された控えの間でお待ちいただくことになります」
「……えっ?」
私が驚くより先に、ロザリア様が声を上げた。
「先生は、わたくしと一緒に交流会へ出られないの?」
「はい。会場への入室は、招待状を受け取った方に限られるとのことでございます」
「そんな……」
ロザリア様は不満そうに唇を尖らせた。
けれど、私はほっと胸を撫で下ろしていた。
「よかったです!」
「……先生?」
「だって、正式な招待客でもない私が交流会に参加するのは、やっぱりおかしいですから。控えの間で待てるなら十分ですよ!」
「でも、先生がいなければ……」
ロザリア様はそこまで言いかけて、口を閉じた。
私は少しだけ首を傾げる。
「ロザリア様?」
「……何でもないわ」
ロザリア様は椅子に座り直し、腕を組んだ。
「わたくし一人でも、問題なく参加できるもの」
「もちろんです!」
私が笑顔で頷くと、ロザリア様はなぜか少しだけ不満そうな顔をした。
「……もう少し心配してもいいのではなくて?」
「ええっ!? だって、ロザリア様なら大丈夫だと思いますし……」
「……そういうことではないの」
どうやら、また何か間違えてしまったらしい。
私は困ってセバスチャンさんを見ると、彼は穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
◇
その日の午後、私は交流会についての説明を受けるため、公爵邸の応接室へ呼ばれた。
そこにはセバスチャンさんのほかに、公爵様もいらっしゃった。
「ベルフォード」
「は、はい!」
「今回の交流会について、少し話しておきたい」
公爵様は机の上に置かれた書類を指で押さえた。
「今回の催しは、第二王子殿下が中心となって開かれるものだ。表向きは同年代の貴族子女との交流だが、将来王宮に関わる家々の子どもが集められている」
「……はい」
「ロザリアにとっても、重要な機会になる」
私は背筋を伸ばした。
ロザリア様は、将来レオンハルト殿下の婚約者になることが予定されている。正式な婚約の発表はまだ先だとしても、周囲の貴族たちはすでに二人の関係を意識しているはずだ。
「ただし、今回は以前のような大規模な催しではない。参加者も限られているため、一人ひとりの振る舞いが目立つことになるだろう」
「……なるほど」
「ロザリアには、礼儀だけでなく、相手の話を聞く姿勢も身につけてほしい」
公爵様の言葉に、私は少し驚いた。
以前なら、ロザリア様が失敗しないことや、公爵家の名誉を守ることを強調されていた気がする。
けれど、今は少し違う。
「領地での視察を通じて、あの子は自分の考えだけで判断することの危うさを学んだようだ」
「……はい」
「その経験を、王宮でも生かしてほしいと思っている」
私は思わず笑顔になった。
「きっと、ロザリア様ならできます!」
「……期待している」
公爵様はそう答えたあと、少しだけ表情を引き締めた。
「ただし、王宮では領地とは違う難しさがある。正しいことを言えば、それで済むとは限らない」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「相手の立場や、背後にいる家の事情が関わるということだ」
私は思わず口を閉じた。
確かに、貴族の交流会では、何気ない言葉が思わぬ意味を持つこともあるのだろう。
「ベルフォード。君には、ロザリアが必要以上に気負わないよう、準備を手伝ってほしい」
「……はい。承知いたしました!」
私は深く頭を下げた。
公爵様の期待に応えたい。
けれど、それ以上に、ロザリア様が自分らしく交流会に参加できるようにしたかった。
◇
数日後、王宮では交流会に向けた準備が進められていた。
第二王子レオンハルトは、執務室の一角で招待客の名簿を確認していた。
「……ヴァレンシュタイン公爵令嬢は、参加してくれるそうだね」
側近が頷く。
「はい。公爵家より、正式なご返答をいただいております」
「それはよかった」
レオンハルトは穏やかに微笑んだ。
前回の交流会で、ロザリアが持ってきた橋の模型について話したことを覚えている。
最初は少し緊張していた彼女が、模型の話になると目を輝かせていた姿が印象に残っていた。
「今回は、彼女とももう少しゆっくり話せるといいな」
「殿下、今回の交流会には、各家のご子息やご令嬢が多数参加されます。特定の方にばかりお時間を割かれるのは……」
「わかっているよ」
レオンハルトは苦笑した。
「もちろん、皆と話すつもりだ。ただ、せっかく来てくれるのだから、挨拶くらいはきちんとしたい」
側近は一礼し、名簿を受け取った。
そのとき、部屋の扉が静かに開いた。
「レオンハルト」
入ってきたのは、王妃だった。
「母上」
レオンハルトはすぐに立ち上がった。
「交流会の準備は順調かしら?」
「はい。招待した方々からも、ほとんどお返事をいただいています」
「それは結構なことね」
王妃は満足そうに頷いたあと、名簿に視線を落とした。
「ヴァレンシュタイン公爵家のご令嬢も、参加するのね」
「はい」
「将来のことを考えれば、あの家との関係は大切にしなければなりません」
「……承知しています」
レオンハルトは少しだけ表情を引き締めた。
王妃はさらに名簿を確認していたが、ふと何かに気づいたように手を止めた。
「……そういえば、アルベルトは?」
「兄上、ですか?」
「今回の交流会には、関わらないのでしょうね?」
レオンハルトは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……兄上には、特にお願いしていません」
「それでよろしいわ」
王妃は静かに頷いた。
「今回の催しは、あなたが中心となるものです。余計な混乱は避けなければなりません」
「……はい」
レオンハルトは小さく答えた。
けれど、その表情には、どこか納得しきれないものが残っていた。
王妃が部屋を出ていったあと、彼はしばらく名簿を見つめていた。
「……兄上も、来てくださればいいのに」
誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉は、静かな部屋の中に消えていった。
◇
交流会の前日、私はロザリア様の部屋で最後の確認をしていた。
「挨拶の順番、会話の切り出し方、相手の話を聞くときの姿勢……よし、全部大丈夫ですね!」
「当然よ。何度練習したと思っているの?」
ロザリア様は少し得意そうに胸を張った。
「それに、今回は前回よりも参加者が少ないのでしょう? ならば、一人ひとりときちんと話す機会があるはずだわ」
「そうですね!」
私は頷きながら、手元のメモを閉じた。
「でも、無理に完璧を目指さなくても大丈夫ですよ。わからないことがあったら、素直に尋ねてもいいんですから」
「……わかっているわ」
ロザリア様は少しだけ考えたあと、静かに続けた。
「領地でも、わからないことを聞いた方が、いろいろなことが見えてきたもの」
その言葉に、私は嬉しくなった。
「はい! きっと今回も、素敵な経験になりますよ!」
「……そうだといいわね」
ロザリア様は窓の外に目を向けた。
夕暮れの光が、銀色の髪を淡く照らしている。
私はその横顔を見ながら、ふと考えた。
(……今回の交流会、何も起こらなければいいけど)
原作ゲームでは、ロザリア様とレオンハルト殿下の関係は、やがて大きくこじれてしまう。
けれど、その原因が何だったのか、私はまだすべてを思い出せていない。
だからこそ、今できることを一つずつ積み重ねるしかないのだろう。
「……先生」
「はい?」
「明日は、ちゃんと控えの間で待っていてちょうだいね」
「もちろんです!」
「勝手に歩き回ったりしないでちょうだい」
「だ、大丈夫ですよ! 今度こそ迷子になりませんから!」
私が胸を張ると、ロザリア様はじっとこちらを見つめた。
「……先生」
「はい?」
「その言葉、もう何度も聞いた気がするわ」
「うっ……!」
私は思わず言葉に詰まった。
ロザリア様は呆れたようにため息をついたあと、小さく笑った。
「……まあ、期待しないでおくわ」
「ひ、ひどいです!」
私が抗議すると、ロザリア様は楽しそうに笑った。
その笑顔を見て、私もつられて笑ってしまう。
明日は、いよいよ王宮での交流会だ。
ロザリア様にとって、どんな一日になるのだろう。
少しの不安と、それ以上の期待を胸に、私は明日の準備を進めるのだった。




