第21話 図書館で思わぬ再会を!
「先生、今日はずいぶん嬉しそうね」
「えへへ、わかりますか?」
「わかるわよ。さっきから何度も時計を見ているもの」
午後の授業を終えたところで、ロザリア様にそんなことを指摘されてしまった。
今日は王国の地理について勉強したあと、先日完成させた橋の模型を使って簡単な実験を行ったのだけれど、ロザリア様は新しい補強方法を思いついたらしく、最後まで熱心に設計図を書き込んでいた。
もちろん、私も授業は楽しかった。ただ、今日はもう一つ楽しみにしている予定がある。
「実は、これから王立学院の図書館に行くんです!」
「図書館?」
「はい! 調べたいことがあるんですけど、学院の図書館には専門書がたくさんありますから」
私が笑顔で答えると、ロザリア様はじっとこちらを見つめた。
「……先生」
「はい?」
「先日、わたくしが何と言ったか覚えている?」
「えっ?」
「夜遅くまで勉強するのは控えなさいと言ったでしょう」
「あっ、もちろん覚えていますよ! 今日は少し調べものをするだけですから!」
「その『少し』が信用できないのよ」
「うう……」
返す言葉がない。
以前、図書室で休むように言われたのに勉強を始めてしまったことを、ロザリア様はまだ覚えているらしい。
「それに、先生は本を読み始めると時間を忘れるでしょう?」
「そ、そんなことは……」
「あるわよね?」
「……はい」
私が素直に認めると、ロザリア様は呆れたようにため息をついた。
「まったく。今日は日が暮れる前に帰りなさい。それから、夕食を抜いて勉強するのも禁止よ」
「わ、わかりました!」
「本当に?」
「本当です!」
ロザリア様はしばらく疑わしそうに私を見ていたけれど、やがて小さく頷いた。
「それならいいわ。明日の授業に遅れたら承知しなくてよ」
「はい! ありがとうございます!」
「別にお礼を言われるようなことではないわ」
そう言って顔を逸らすロザリア様を見て、私は思わず笑みを浮かべた。
(ふふっ、相変わらず素直じゃないなぁ。でも、心配してくれているのはちゃんと伝わってくるよ)
◇
王立学院の図書館に到着したのは、午後のお茶の時間を少し過ぎた頃だった。
卒業してからまだそれほど時間は経っていないけれど、正門をくぐると懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「わあ、懐かしい!」
石造りの校舎に、手入れの行き届いた花壇。中庭の噴水も、学生だった頃と変わらず水をたたえている。
(ここで三年間勉強したんだよね。迷子になって授業に遅れそうになったこともあったけど……)
もっとも、卒業生なのだから道に迷う心配はない。
少なくとも、そう思いたい。
私は見慣れた廊下を進み、無事に図書館へ到着した。
「よかった、今日は迷わなかった!」
思わず小さく拳を握ると、近くにいた学生が不思議そうにこちらを見たので、慌てて何でもないふりをした。
(危ない危ない。卒業生なのに図書館へ行けただけで喜んでいたら、変な人だと思われちゃう)
受付で卒業生用の利用証を提示し、私は早速目当ての書架へ向かった。
今日調べたいのは、地方における教育制度についてだ。
先日、公爵家の図書室で読んだ本には、地域によって子どもたちが受けられる教育に大きな差があると書かれていた。特に、農村部では読み書きを学ぶ機会が少なく、教師の数も足りていないらしい。
(将来先生になるなら、こういうこともちゃんと知っておきたいよね)
私は教育制度に関する書架を探し、何冊か本を取り出した。
◇
「うーん、こっちの本にも載っていないなぁ」
机に広げた資料を見比べながら、私は小さく唸った。
地方の学校制度についてはある程度わかったものの、実際にどんな教材を使っているのか、教師たちがどうやって授業を進めているのかといった具体的な情報は、なかなか見つからない。
(制度の説明は多いんだけど、現場の話が少ないんだよね)
別の書架を探そうと立ち上がったところで、背後から声をかけられた。
「……エリシア?」
「はい?」
振り返ると、そこには見覚えのある少年が立っていた。
落ち着いた雰囲気に、柔らかな微笑み。王宮の庭園で道案内をしてくれた、あの親切な人だ。
「あっ! アルベルト様!?」
「やっぱり君だったんだね」
「わあ、びっくりしました! こんなところでお会いするなんて!」
思わず声が大きくなり、近くの学生たちがこちらを振り返った。
「あっ、すみません……!」
慌てて口元を押さえると、アルベルト様は小さく笑った。
「相変わらず元気そうだね」
「はい! アルベルト様もお元気そうで何よりです!」
「ありがとう。ここには調べものに?」
「そうなんです! 地方の教育制度について調べていて」
「地方の教育制度?」
アルベルト様は少し驚いたように目を見開いた。
「奇遇だね。僕も同じことを調べに来たんだ」
「ええっ!? 本当ですか!?」
私は思わず身を乗り出した。
「はい。特に地方の学校で使われている教材について知りたくて」
「教材?」
「はい! 制度について書かれた本は多いんですけど、実際にどんな授業をしているのかが気になっているんです」
そう説明すると、アルベルト様は興味深そうに頷いた。
「なるほど。僕は地方の学校がどんな支援を必要としているのかを調べているんだけど、確かに教材のことも重要だね」
「支援、ですか?」
「うん。学校を増やすだけでは、十分な教育を受けられるとは限らないから」
その言葉に、私は思わず目を輝かせた。
「そうなんです! 建物があっても、教える人や教材が足りなかったら授業はできませんから!」
「君もそう思う?」
「もちろんです!」
私は大きく頷いた。
(すごいなぁ。アルベルト様、ちゃんと現場のことまで考えているんだ)
王宮で出会ったときも落ち着いた人だと思ったけれど、こうして話してみると、勉強に対する考え方もとても真面目な人らしい。
◇
「もしよかったら、一緒に資料を探さない?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。君の方が教育について詳しそうだから、僕も色々教えてもらいたいしね」
「そんな! 私もまだまだ勉強中ですよ!」
「それなら、お互いに学べることがありそうだ」
そう言って微笑むアルベルト様に、私は嬉しくなって頷いた。
「はい! ぜひお願いします!」
私たちは書架へ向かい、地方の教育に関する資料を探し始めた。
「この本はどうかな?」
アルベルト様が差し出したのは、地方の教会が運営する学校についてまとめられた古い記録だった。
「あっ、これです! こういう資料を探していたんですよ!」
「役に立ちそう?」
「はい! 実際の授業内容や教材についても書かれています!」
私は夢中になってページをめくり、気になる箇所を手帳に書き留めた。
すると、隣から小さな笑い声が聞こえてきた。
「……ふふっ」
「えっ、どうしました?」
「いや、君は本当に楽しそうに勉強するんだなと思って」
「えへへ、つい夢中になっちゃうんです」
「王宮で会ったときもそうだったね」
「そうでしたっけ?」
「うん。庭園の花を見ただけで、授業で習ったことを嬉しそうに話していたよ」
「あっ、覚えていてくださったんですね!」
「もちろん」
アルベルト様は穏やかに頷いた。
私は少し照れくさくなりながらも、再び本に目を落とした。
(なんだか不思議だなぁ。王宮で偶然会った人と、今度は図書館で一緒に勉強しているなんて)
でも、好きなことについて誰かと話せるのは、やっぱり楽しい。
◇
気づけば、窓の外の光が少しずつ傾き始めていた。
「……あっ!」
私は時計を見て、思わず声を上げた。
「どうしたの?」
「もうこんな時間!?」
ロザリア様との約束を思い出し、慌てて手帳を閉じる。
「すみません、アルベルト様! 私、そろそろ帰らないといけなくて!」
「そうなんだ。何か予定があるの?」
「いえ、実は教え子に、日が暮れる前に帰るよう言われているんです」
「教え子に?」
「はい……」
私が事情を説明すると、アルベルト様は少し驚いたあと、楽しそうに笑った。
「君の生徒は、しっかり者なんだね」
「そうなんです! 最近は私の方が注意されることも多くて……」
「それだけ君のことを気にかけているんだろうね」
「えへへ、そうだと嬉しいです」
私は本を元の場所へ戻し、机の上を片づけた。
「今日はありがとうございました! おかげで、探していた資料が見つかりました!」
「こちらこそ。君と話せて勉強になったよ」
「本当ですか?」
「うん。特に、学校の数だけでなく、授業の中身にも目を向ける必要があるという話は参考になった」
「そう言っていただけると嬉しいです!」
アルベルト様は少し考えるように視線を落とし、それから私を見た。
「エリシア」
「はい?」
「もしよかったら、今度も教育について話を聞かせてもらえないかな」
「えっ、私でいいんですか?」
「もちろん。君の考え方は面白いから」
その言葉に、私は思わず笑顔になった。
「ぜひ! 私もアルベルト様のお話、もっと聞いてみたいです!」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
私たちは図書館の入口で別れた。
帰り道、私は今日見つけた資料のことを思い返しながら、自然と足取りが軽くなっていることに気づいた。
(今日は本当に楽しかったなぁ。アルベルト様って、話していると色々なことを考えさせられる人なんだよね)
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
(そういえば、アルベルト様って普段は何をしている人なんだろう?)
王宮にいたから貴族の関係者なのかもしれないけれど、詳しいことは何も聞いていない。
(まあ、今度会ったときに聞いてみればいいかな!)
私はそう考えながら、夕暮れの学院をあとにした。




