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悪役令嬢の家庭教師になりました! ~私が我儘なお嬢様を育てていたら、冷遇王子にも懐かれた件~  作者: ドネルケバブ


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第19話 公爵令嬢は先生を休ませたい!

「エリシア先生、聞いているの?」

「はいっ! もちろんです!」

 勢いよく返事をしたものの、目の前に座るロザリア様の表情は険しく、どうやら今の返答は正解ではなかったらしい。

「それなら、わたくしが今何を質問したのか答えてちょうだい」

「ええっと……橋の模型について、でしょうか?」

「それは昨日の授業でしょう!」

「あっ、そうでした!」

 思わず笑ってごまかそうとすると、ロザリア様は机に置いていた羽根ペンをぴたりと止め、呆れたように私を見つめた。

「今日は王国の交易路について勉強しているのよ。先生がそんな調子でどうするの?」

「す、すみません! ちょっと考え事をしてしまって」

「考え事?」

「はい。大学の入学試験について、少し……」

 そう答えると、ロザリア様は眉をひそめた。

「大学の?」

「ええ。まだ先の話ではあるんですけど、試験の準備は早めにしておいた方がいいかなと思いまして」

 家庭教師の仕事を始めてから、毎日は想像以上に充実していた。ロザリア様の授業内容を考えたり、教材を作ったりするのは楽しくて仕方がないし、帰宅してから大学の入学試験に向けた勉強をする時間も、私にとっては大切なひとときだ。

 ただ、最近は調べたいことが次々に増えてしまい、気づけば夜遅くまで机に向かっている日が続いていた。

(昨日も、あと一問だけって思っていたら、いつの間にか日付が変わっていたんだよね)

「……先生?」

「はい?」

「あなた、顔色が悪いわよ」

「えっ、そうですか?」

「そうよ。目の下にも、うっすら隈ができているじゃない」

 ロザリア様に指摘されて目元に触れてみたけれど、自分ではよくわからない。

「大丈夫ですよ! ちょっと寝不足なだけですから」

「それを大丈夫とは言わないのではなくて?」

「うっ……」

 正論だった。

 ロザリア様はしばらく私の顔を見つめたあと、開いていた教科書をぱたんと閉じた。

「今日はここまでにするわ」

「えっ!? まだ授業の途中ですよ?」

「先生がその調子では、まともな授業にならないでしょう」

「で、でも、もう少し休めば集中できますから!」

「その『もう少し』を、今から取ればいいのよ」

 そう言って椅子から立ち上がるロザリア様を、私はぽかんと見上げた。

(あれ? なんだか立場が逆転していない?)


◇


「というわけで、今日はもう授業をしないわ」

「本当にいいんですか?」

「何度も言わせないでちょうだい」

 ロザリア様は腕を組み、いかにも不機嫌そうな顔をしている。

「ただし、勘違いしないことね。あなたが倒れて授業ができなくなったら、わたくしが困るから休ませるだけよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「だから、わたくしのためだと言っているでしょう!」

 頬を赤くするロザリア様が可愛らしくて、つい笑ってしまった。

「それでは、お言葉に甘えて少し休ませてもらいますね」

「ええ。ちゃんと休むのよ」

「はい!」

 私は元気よく返事をして勉強部屋を出た。

 とはいえ、急に時間が空いてしまうと、何をすればいいのかわからない。

(せっかくだし、少しだけ本を読もうかな。公爵家の図書室には、学院でも見かけなかった本がたくさんあるし)

 そんなことを考えているうちに、私の足は自然と図書室へ向かっていた。


◇


「わあ、やっぱりすごいなぁ……」

 ヴァレンシュタイン公爵家の図書室には、天井近くまで届く本棚がいくつも並び、歴史書から自然科学、外国語の文献まで幅広い本が揃っている。

 初めてここを案内してもらったときは、あまりの蔵書の多さに感動して、セバスチャンさんに笑われてしまったくらいだ。

(今日は授業もお休みになったし、普段は読めない本を探してみよう!)

 私は棚を眺めながら歩き、ふと一冊の本に目を留めた。

『王国各地の教育制度とその変遷』

「これ、面白そう!」

 手に取ってページを開くと、地方ごとの学校の仕組みや、身分による教育機会の違いが詳しくまとめられている。

 王都では貴族の子どもを中心に教育機関が整っているけれど、地方では読み書きを学ぶ機会さえ限られている地域もあるらしい。

(そうなんだ。地域によって、こんなに違いがあるんだね)

 私は近くの机に腰を下ろし、夢中になって読み進めた。

 途中で気になった部分を手帳に書き写し、別の本と照らし合わせているうちに、いつの間にか机の上には数冊の本が積み上がっていた。

「なるほど……この地域では、教会が学校の役割を担っているんだ」

 思わず声に出した、そのときだった。

「エリシア先生?」

「はい?」

 顔を上げると、図書室の入口にロザリア様が立っていた。

 その視線が、私の前に広げられた本と手帳へゆっくり移っていく。

「……あなた、何をしているの?」

「えっと、本を読んでいます!」

「それは見ればわかるわ!」

 ロザリア様はつかつかと歩み寄り、机の上に積まれた本を見て目を見開いた。

「わたくし、休みなさいと言ったわよね?」

「はい! ですから、好きな本を読んでいたんですけど……」

「どうして休憩中に勉強しているのよ!」

「ええっ!? でも、これ、すごく面白いんですよ!」

「面白いかどうかは聞いていなくてよ!」

 ロザリア様は額に手を当て、深いため息をついた。

「まったく……先生は、自分のことになると本当に駄目なのね」

「うう、すみません」

「しかも、手帳まで広げているじゃない。どう見ても休憩ではないでしょう」

 言われてみれば、そのとおりだった。

(でも、勉強って楽しいから、疲れている感覚があんまりないんだよね)

 私が本を名残惜しそうに見つめていると、ロザリア様は何かを決意したように顔を上げた。

「わかったわ。先生を自由にしておくのが間違いだったのね」

「えっ?」

「今日は、わたくしがあなたを休ませてあげる!」

「……はい?」

 ロザリア様は胸を張り、自信満々に宣言した。

「特別授業よ! 題して、エリシア先生の休息計画!」

(えええっ!? そんな授業、聞いたことないんですけど!?)


◇


「まず、先生はそこに座ってちょうだい」

「は、はい!」

 ロザリア様に連れられてやってきたのは、庭園に面した小さな応接室だった。

 大きな窓から柔らかな日差しが差し込み、ゆったりとした長椅子と丸いテーブルが置かれている。

「ここなら、余計な本もないでしょう?」

「そうですね……」

「その手帳も預かるわ」

「えっ!?」

「どうせ何か思いついたら書き始めるつもりなのでしょう?」

「……よくおわかりで」

 私が渋々手帳を差し出すと、ロザリア様は満足そうに頷いた。

「それでは、お茶を用意させるわ」

 彼女は控えていた侍女に声をかけ、紅茶と焼き菓子を運ぶよう命じた。

「先生は甘いものがお好きでしょう?」

「はい! 大好きです!」

「だったら、少しは大人しくしていられるわね」

 しばらくすると、侍女が紅茶と焼きたての小さな菓子を運んできた。

 ふんわりと甘い香りが広がり、私は思わず顔をほころばせる。

「わあ、美味しそう!」

「冷めないうちにいただきなさい」

「はい! いただきます!」

 菓子を一口食べると、優しい甘さが口いっぱいに広がった。

「んんっ、美味しいです!」

「……そう」

 ロザリア様はそっぽを向いたけれど、少しだけ嬉しそうに見えた。

 私は紅茶を飲みながら、窓の外に広がる庭園を眺めた。

 風に揺れる木々の葉や、花壇を行き来する蝶をぼんやり眺めていると、普段はあまり意識していなかった疲れが少しずつほどけていくような気がする。

「……ロザリア様」

「何かしら?」

「こうして何もしない時間って、久しぶりかもしれません」

「でしょうね。先生はいつも何かしているもの」

「えへへ、つい楽しくなっちゃって」

「楽しいのは結構だけれど、倒れるまで続けていたら意味がないでしょう?」

 ロザリア様はそう言って紅茶を一口飲み、少し考えるように視線を落とした。

「……先生は、大学に行きたいのよね?」

「はい」

「それなら、なおさら体調を崩している場合ではなくてよ。勉強ができなくなったら困るでしょう?」

 その言葉に、私は思わず目を瞬かせた。

(あれ? もしかして、私の進学のことまで考えてくれている?)

「ありがとうございます、ロザリア様」

「だから、お礼を言われるようなことはしていないわ! わたくしの授業に支障が出ないようにしているだけよ」

「はい、そういうことにしておきますね!」

「その言い方、何か含みがあるわね!?」

「いえいえ、そんなことありませんよ!」

 私たちは顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


◇


 しばらくお茶を楽しんでいると、ロザリア様がふと時計に目を向けた。

「先生、少し横になったらどうかしら」

「えっ、ここでですか?」

「ええ。長椅子があるでしょう」

「でも、さすがに公爵家の応接室で寝るわけには……」

「今日は特別に許してあげるわ。わたくしがそう言っているのだから、問題ないでしょう?」

 その言い方があまりにも堂々としていて、私は思わず笑ってしまった。

「それじゃあ、少しだけ」

 長椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預ける。

 窓から差し込む日差しが心地よく、遠くから聞こえる鳥の声も穏やかで、気づけば瞼が重くなっていた。

(あれ……思っていたより、疲れていたのかも)

「……先生?」

「はい……」

「眠いなら、無理に返事をしなくてもいいわ」

「でも……」

「いいから、休みなさい」

 いつもより少しだけ柔らかな声が聞こえた気がして、私はそのまま目を閉じた。


◇


 次に目を開けたとき、窓の外の光は少し傾いていた。

「……あれ?」

 体を起こすと、膝には薄い毛布が掛けられている。

(いつの間に……?)

 部屋を見渡すと、少し離れた椅子にロザリア様が座り、一冊の本を読んでいた。

「あっ、ロザリア様!」

「ようやく起きたのね」

「すみません! 私、寝てしまって……」

「知っているわ。ずいぶん気持ちよさそうだったもの」

 ロザリア様は本を閉じ、私をじっと見つめた。

「少しは休めた?」

「はい! おかげさまで、すっきりしました!」

「それなら結構よ」

 私は膝に掛けられた毛布を持ち上げた。

「あの、この毛布は……?」

「侍女に持ってこさせたのよ。風邪をひかれたら困るもの」

「そうだったんですね。ありがとうございます!」

「何度も言わせないでちょうだい。全部、わたくしのためよ!」

 ロザリア様はぷいっと顔を逸らした。

 私は毛布を丁寧に畳みながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

(ロザリア様、本当に優しいところがあるんだよね。本人は絶対に認めないけど)

「それじゃあ、明日からは元気いっぱい授業ができますね!」

「当然よ。今日休ませた分、明日はしっかり教えてもらうわ」

「はい! 任せてください!」

「それと……」

「はい?」

 ロザリア様は少しだけ言いにくそうに口を開いた。

「夜遅くまで勉強するのも、少しは控えなさい。大学に行く前に倒れたら、笑い話にもならなくてよ」

 私はその言葉を聞いて、思わず笑顔になった。

「はい。気をつけます!」

「本当にわかっているのかしら……」

 呆れたようにため息をつくロザリア様を見て、私は改めて思った。

(家庭教師になったのは私なのに、今日はロザリア様に大切なことを教えてもらっちゃったな)

 誰かの成長を支えるつもりで始めた仕事だけれど、教える側だって、教わることはたくさんある。

 そして、そんな日々が私はたまらなく好きだった。

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