第18話 失敗作にも価値があります!
「エリシア先生、遅いですわ!」
「す、すみません!」
ヴァレンシュタイン公爵家の屋敷に到着した私は、いつもの勉強部屋に入るなりロザリア様に叱られてしまった。
もっとも、今日は約束の時間より十分も早く到着している。どうやらロザリア様の方が、私の到着を待ちきれなかったらしい。
「今日は橋の模型を作り直すのでしょう? 早く始めたいの」
「ふふっ、楽しみにしてくださっていたんですね」
「そ、そういうわけではなくてよ! 殿下にお見せする以上、中途半端なものを用意するわけにはいかないでしょう!」
頬を赤くして言い返すロザリア様の机には、すでに大量の紙と木片が並べられていた。
(昨日あれだけ疲れていたのに、もう準備しているなんて。本当に頑張り屋さんだなぁ)
「それでは、まず前回の模型を見せてもらえますか?」
「もちろんよ。あちらに置いてあるわ」
ロザリア様が指さした棚には、以前一緒に作った小さな橋の模型が飾られている。
最初は重りを載せるとすぐに崩れてしまったけれど、何度も試行錯誤を重ねた結果、最後にはしっかりと重さを支えられるようになった思い出の作品だ。
「これを参考にして、もっと頑丈な橋を作りたいの」
「いいですね! 何か考えていることはありますか?」
「ええ。前回は橋の中央に重さが集中していたでしょう? だから今回は、両端にも力が分散するようにしたいの」
そう言ってロザリア様が差し出した紙には、三角形を組み合わせた橋の設計図が描かれていた。
「わあ、トラス構造ですね!」
「とらす?」
「あっ、私が知っている呼び方です。三角形を組み合わせて強度を高める構造のことですよ」
「そうなの? わたくしは本で見た橋を参考にしただけだけれど」
「それでも、どうして強いのかを考えて取り入れたんですよね。すごいです!」
「……ふん。当然よ」
そう言いながらも、ロザリア様の口元は少しだけ緩んでいた。
「それじゃあ、今日はこの設計図をもとに作ってみましょう!」
「ええ。今度こそ完璧なものにしてみせるわ!」
◇
作業を始めて一時間ほど経った頃、机の上には新しい橋の骨組みが出来上がっていた。
木片を三角形に組み合わせた橋は前回よりもずっと立派に見え、ロザリア様も満足そうに眺めている。
「どうかしら? なかなか良い出来でしょう?」
「はい! とても綺麗に組み上がっていますね」
「当然よ。設計図どおりに作ったのだもの」
「それでは、重りを載せてみましょうか」
「ええ。前回よりも重いものを用意してちょうだい」
私は用意していた小さな重りを一つずつ橋の中央に載せていった。
一つ、二つ、三つ。
橋はびくともせず、ロザリア様の表情が得意げになっていく。
「ほら、ご覧なさい! やっぱりわたくしの考えは正しかったのよ!」
「そうですね! それじゃあ、もう一つ……」
四つ目の重りを載せた瞬間、橋の片側から小さな音がした。
ぱきっ。
「あっ」
次の瞬間、木片の接合部分が外れ、橋は傾いたまま机の上に崩れ落ちてしまった。
「……どうして?」
ロザリア様は呆然とした様子で壊れた模型を見つめていた。
「設計図どおりに作ったのに……前より頑丈になるはずだったのに!」
悔しそうに唇を噛むロザリア様を見て、私は崩れた模型に目を向けた。
(形そのものは悪くないと思うんだけど、接合部分が弱かったのかな?)
「ロザリア様、少し調べてみませんか?」
「……何を?」
「どこが最初に壊れたのか、です」
「そんなことを調べて、どうするの?」
「原因がわかれば、次はもっと強くできますよ!」
ロザリア様はしばらく黙っていたが、やがて壊れた木片を一つ手に取った。
「……ここが外れたのね」
「そうですね。木片自体は折れていませんから、接合部分に負担がかかったのかもしれません」
「だったら、そこを補強すればいいのかしら」
「試してみましょう!」
私が笑顔で答えると、ロザリア様は少しだけ表情を和らげた。
◇
それから私たちは、接合部分を補強した模型を作り直すことにした。
今度は木片を重ねる位置を変え、力が一か所に集中しないように工夫していく。
「先生、こちらの木片を押さえてちょうだい」
「はい!」
「もう少し右よ。そう、そこで動かさないで」
「了解です!」
ロザリア様の指示に従って木片を押さえていると、彼女は真剣な表情で接着剤を塗り始めた。
その手つきは以前よりもずっと慎重で、細かな部分まで丁寧に確認している。
(こういうところ、本当に成長したなぁ)
最初の頃は、思いどおりにいかないとすぐに怒っていたけれど、今は失敗の原因を自分で考えようとしている。
もちろん、悔しがる気持ちは変わっていない。それでも、その悔しさを次の挑戦につなげられるようになったことが、私は何より嬉しかった。
「……先生?」
「はい?」
「さっきから、何をにやにやしているの?」
「あっ、いえ! ロザリア様が楽しそうだなと思って」
「楽しそう?」
「はい。難しいことに挑戦しているときのロザリア様、すごく生き生きしていますから」
「……別に、楽しんでいるわけではなくてよ」
ロザリア様は顔を逸らしたけれど、その手は止まらなかった。
「ただ、思いどおりにいかないのが悔しいだけよ」
「それも立派な理由ですよ!」
「あなたは何でも褒めるのね」
「何でもじゃありません。頑張っているところを褒めているんです」
そう答えると、ロザリア様は少しだけ目を丸くしたあと、何も言わずに作業へ戻った。
◇
新しい模型が完成したのは、午後のお茶の時間を少し過ぎた頃だった。
接合部分を補強した橋は、先ほどのものよりも安定して見える。
「それでは、もう一度試してみましょう!」
「ええ。今度こそ大丈夫なはずよ」
私は重りを一つずつ載せていった。
一つ、二つ、三つ、四つ。
先ほど崩れた重さにも耐え、さらに五つ目の重りを載せても橋はしっかりと形を保っている。
「やった! 成功です、ロザリア様!」
「……本当に?」
「はい! 前回よりもずっと強くなっていますよ!」
ロザリア様はしばらく橋を見つめていたが、やがて小さく拳を握った。
「……当然よ! わたくしが考えたのだもの!」
そう言いながらも、その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
「これなら殿下にもお見せできるかしら」
「もちろんです! きっと興味を持ってくださいますよ」
「そうだといいけれど……」
ロザリア様は模型を持ち上げ、細部を確かめるように眺めた。
「でも、まだ改善できそうなところがあるわね」
「えっ、もう次のことを考えているんですか?」
「当たり前でしょう? もっと強くできるなら、その方がいいに決まっているわ」
(ふふっ、本当に負けず嫌いだなぁ)
私は笑いながら、机の上に残された壊れた模型を片づけようとした。
ところが、その手をロザリア様が止めた。
「待って」
「はい?」
「それは捨てないでちょうだい」
「壊れた模型ですか?」
「ええ。どこが壊れたのか、あとで見返せるようにしておきたいの」
私は思わず目を見開いた。
「……ロザリア様!」
「な、何よ!?」
「素晴らしい考えです!」
「大げさね! ただ、次に同じ失敗をしないためよ!」
ロザリア様はそう言って壊れた模型をそっと机の端に寄せた。
以前なら、失敗したものなど見たくないと怒っていたかもしれない。
それが今では、失敗した作品にも意味があると考えられるようになっている。
(うん。今日の授業も大成功だね!)
◇
作業を終えた頃、部屋の扉が静かに開き、侍女がお茶を運んできた。
「お嬢様、お茶のご用意ができました」
「そこに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女が机の端に茶器を並べていると、ロザリア様がふと顔を上げた。
「ちょっと、そこは駄目よ!」
「も、申し訳ございません!」
侍女が慌てて手を止める。
「そこには模型を置くの。お茶は反対側にしてちょうだい」
「はい、ただいま」
侍女はすぐに茶器を移動させた。
ロザリア様はその様子を見て、何か言いかけたように口を開いたけれど、結局何も言わずに視線を戻した。
(今の言い方、少し強かったけど……前みたいに頭ごなしに怒鳴ることはなかったね)
私はその小さな変化を嬉しく思いながらも、まだまだ教えることはたくさんあるなと感じていた。
「それでは、今日はここまでにしましょうか」
「ええ。次はもっと大きな橋を作りたいわ」
「大きな橋ですか?」
「そうよ。今度は人が渡れるくらいのものを……」
「ええっ!? それはさすがに模型じゃなくなっちゃいますよ!?」
「冗談に決まっているでしょう!」
ロザリア様は呆れたように言ったあと、くすりと笑った。
その笑顔を見て、私もつられて笑ってしまう。
(本当に、最初に出会った頃とは少しずつ変わってきたなぁ)
もちろん、我儘なところも負けず嫌いなところも、まだまだ健在だ。
でも、そんなロザリア様が少しずつ新しい考え方を身につけていく姿を見るたびに、私は家庭教師になってよかったと心から思う。
そして今日もまた、机の上には新しい成功作と、次につながる失敗作が並んでいた。




