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悪役令嬢の家庭教師になりました! ~私が我儘なお嬢様を育てていたら、冷遇王子にも懐かれた件~  作者: ドネルケバブ


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第12話 公爵令嬢は素直になれない

「……遅いわ」

 学習室に入った瞬間、ロザリア様からそんな言葉が飛んできた。

「おはようございます、ロザリア様!」

「おはようじゃないわ。わたくしを待たせるなんて、いい度胸ね」

「えっ、でも、まだ授業開始の五分前ですよ?」

「わたくしが先に来ているのだから、あなたが遅いのよ!」

 ……相変わらず、なかなか理不尽だ。

 昨日の課外授業で少しは変わったかな、なんて期待していたけれど、そう簡単にはいかないらしい。

「それより、昨日の疲れは残っていませんか?」

「このわたくしが、あの程度で疲れるわけないでしょう」

「そうですか。それならよかったです!」

「……ふん」

 ロザリア様は顔を背けた。

 けれど、机の上には昨日の課外授業で使った注文票が置かれている。

「あれ? ロザリア様、それ……」

「……何よ」

「昨日の注文票ですよね?」

「そうよ。間違えたところを確認していただけ」

「えっ、わざわざ?」

「当たり前でしょう! 同じ失敗を繰り返すなんて、みっともないもの!」

 そう言いながら、ロザリア様は慌てて注文票を引き出しにしまった。

 ……なるほど。

 昨日のこと、ちゃんと気にしていたんだ。

「では、今日はその経験を使った授業をしてみましょうか」

「……また給仕をさせるつもり?」

「いえ、今日は別のことです」

 私は鞄から数枚の紙を取り出した。

「今日は、あるお屋敷の一日の仕事について考えてみましょう!」

◇

「……何これ」

「お屋敷で働く人たちの予定表です」

 紙には、架空の貴族の屋敷で働く使用人たちの仕事が書かれている。

 朝食の準備、掃除、洗濯、来客の対応、夕食の準備。

 そして、それぞれの仕事に必要な人数と時間。

「今日は、ロザリア様にこのお屋敷の仕事を割り振っていただきます」

「……わたくしが?」

「はい。限られた人数で、すべての仕事を終わらせるにはどうすればいいか、考えてみてください」

 ロザリア様は紙を受け取り、すぐに目を通し始めた。

「……簡単そうね」

「では、お願いします!」

 ロザリア様はさらさらと予定表に書き込み始めた。

 ……うん、さすがに早い。

 計算も得意だし、こういう問題は好きなんだろうな。

 けれど、しばらくすると。

「……あら?」

 ロザリア様の手が止まった。

「どうしました?」

「この予定表、おかしくない?」

「どのあたりがですか?」

「午前中に掃除を終わらせようとすると、厨房の人手が足りなくなるわ」

「そうですね」

「だったら、掃除を午後に回せば……」

 ロザリア様は別の紙に書き直した。

 しかし、すぐに眉をひそめる。

「……午後は来客があるじゃない」

「はい」

「じゃあ、どうしろと言うのよ!」

「どうしましょうか?」

「あなた、わかっているなら教えなさい!」

「ロザリア様なら、きっと考えられますよ」

「……っ、もう!」

 ロザリア様は不満そうに唇を尖らせながら、再び予定表に向き直った。

 ……それから、しばらくして。

「……わかったわ」

「おっ?」

「掃除を全部同じ日にする必要はないのよ。部屋ごとに日を分ければいいんだわ」

「なるほど!」

「それに、来客のある部屋を優先すれば、ほかの部屋は後回しでも問題ないでしょう?」

「いいですね! では、急なお客様が来た場合はどうしますか?」

「……えっ?」

 ロザリア様は顔を上げた。

「急な来客?」

「はい。予定にはないお客様がいらっしゃったら?」

「……そんなの、使用人が何とかするでしょう」

「では、どうやって何とかしますか?」

「……」

 ロザリア様は口を閉じた。

 しばらく考え込んだあと、小さく呟く。

「……予定を変えるしかないわね」

「そうですね」

「……でも、そうすると、ほかの仕事が遅れるわ」

「はい」

「……」

 ロザリア様は紙を見つめたまま、何も言わなくなった。

 ……きっと、今まで考えたことがなかったんだろうな。

 使用人たちが、毎日どんなふうに仕事を調整しているのか。

 私は何も言わず、彼女が考えるのを待った。

◇

「……できたわ」

 しばらくして、ロザリア様は完成した予定表を差し出した。

「見せてください!」

 私は紙を受け取り、目を通した。

 ……おお。

 思っていたより、ずっとよくできている。

「すごいですね! 急な来客があっても対応できるように、余裕を持たせてあります!」

「……当然でしょう」

「それに、仕事が集中しすぎないように工夫していますね」

「……まあ、少し考えればわかることよ」

 ロザリア様はそっぽを向いた。

 けれど、口元がほんの少しだけ緩んでいる。

「ただ、一つだけ気になるところがあります」

「……何よ」

「ここです。昼食の準備をする方の休憩時間がありません」

「……え?」

 ロザリア様は紙を覗き込んだ。

「……本当ね」

「どうしましょうか?」

「……」

 ロザリア様はしばらく考えたあと、別の仕事を少しずらした。

「……これなら、休めるでしょう」

「はい! いいと思います!」

「……ふん」

 ロザリア様は満足そうに頷いた。

 ……うん。

 少しずつだけど、見えてきたものがあるのかもしれない。

◇

 授業が終わり、私が片づけをしていると、控えめなノックが響いた。

「失礼いたします」

 入ってきたのは、セバスチャンさんだった。

「エリシア先生、お嬢様。少々よろしいでしょうか」

「はい、どうしました?」

「実は、王宮よりお知らせが届いております」

「……王宮?」

 ロザリア様が顔を上げた。

「何のお知らせかしら?」

「来月、王宮にて若い貴族の方々を招いた交流会が催されるそうでございます」

「……交流会」

「はい。レオンハルト殿下もご出席なさる予定とのことです」

 ……レオンハルト殿下。

 第二王子で、ロザリア様の婚約者候補。

 そして、乙女ゲーム『花冠の誓い』に登場する攻略対象の一人だ。

 私は思わず息を呑んだ。

「旦那様より、ロザリア様にもご出席いただくようにとのお言葉を預かっております」

「……わかったわ」

 ロザリア様はすぐに答えた。

 けれど、その表情は、さっきまでとは違っていた。

 背筋を伸ばし、口元を引き結んでいる。

「エリシア先生」

「はい?」

「明日から、授業の内容を変えてちょうだい」

「……内容を?」

「ええ。王宮で恥をかくわけにはいかないもの。礼儀作法と、王族に関する知識を重点的にお願いするわ」

「……わかりました」

 ロザリア様は小さく頷いた。

「絶対に、失敗できないんだから」

 その声は、いつもより少しだけ硬かった。

 私は彼女の横顔を見つめた。

 ……まただ。

 あのときと同じ。

 ご両親の前で試験を受けたときと、同じ表情。

 失敗することを、ひどく怖がっている。

「……ロザリア様」

「何よ」

「王宮での交流会、私もできる限りお手伝いしますね」

「……当然でしょう。あなたはわたくしの家庭教師なんだから」

「はい!」

 ロザリア様はふんと顔を背けた。

 けれど、そのあと小さく付け加えた。

「……だから、ちゃんと教えなさいよ」

「もちろんです!」

 ……うん。

 今度は、どんな授業にしようかな。

 そんなことを考えながら、私は鞄を持ち上げた。

 まさか、この交流会が、私自身の運命を大きく変えることになるなんて。

 このときの私は、まだ知らなかった。

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