↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍をクビになりたい四天王、敵の勇者が辞めさせてくれない  作者: たつき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/25

遊びは本気よ

 リリアの手帳には、今日一日の予定がぎっしり書き込まれていた。


 名物料理。服屋。博物館。期間限定の市。カフェ。締めに温泉。


「……軍事作戦?」

「休日よ!」

「こんなに予定があるのに?」

「休みだからこそ、全部やるの!」

「休みに疲れてどうするの」

「遊ぶ疲れと仕事の疲れは違うわ!」

「同じ疲労よ」


 休日観が、戦争観より深く対立した。


 ゼナは宿へ撤退しようとした。撤退戦は得意分野である。

 腕を掴まれた。得意分野が通用しなかった。


「せっかく来たんだから!」


   ◇


 市場の屋台で、リリアは串焼きを五本買った。一本をゼナへ渡し、残る四本を自分の手にまとめた。


「お連れさん、いい食べっぷりだねえ」

「でしょう?」

「褒めてないと思う」


 次は博物館だという。アルメリア二百年の歴史展。

 ゼナは興味なさそうに入り、十分後、展示パネルの前で足を止めていた。


「……この布陣図、左翼の位置が違う」

「え?」

「五十年前の第二次アルメリア防衛戦。この位置に騎兵を置いたら谷で全滅する。実際の布陣はもっと東。それと、この『奇跡の勝利』は奇跡じゃなくて、単に敵の補給が三日切れてた」

「あなた、展示より詳しいの!?」

「仕事なので」


 係員が遠くから、熱心な客だと感心して見ていた。訂正の内容までは聞こえていなかった。幸いである。


   ◇


 服屋。


 ゼナは服にほとんど興味がない。


「服は着られればいいでしょう」


 と言いながら、柔らかそうな部屋着の棚の前だけ、明らかに歩みが遅くなる。


「それ、好きなんだ」

「機能性が高そうなだけ」

「三回目よ、それ触るの」

「耐久性の確認」


 店を出る間際、ゼナは無言で戻り、その部屋着を持ってきた。


「……包んで」

「結局買うんだ!」

「耐久性に問題がなかったから」


 次は、動物と触れ合える店だった。


 膝に猫が乗った。

 ゼナは無表情のまま、正確な手つきで撫でた。猫が喉を鳴らす。口元が、二ミリ緩んだ。


「今笑った」

「笑ってない」

「笑った」

「見間違い」


 そのうち、二匹目もゼナの膝を目指してきた。リリアの膝には、一匹も来ない。


「……なんで私には来ないのよ」

「日頃の行いでしょう」

「あなたにだけは言われたくない!」


 店員が猫を回収した。戻ってきた。二度目も、戻ってきた。三度目には、リリアが笑うのをやめていた。


   ◇


 カフェ。


 リリアは看板の名物を上から三つ頼んだ。ゼナは「同じものを」と言いかけて、やめて、甘味を二種と温かい茶を頼んだ。


「結局しっかり選ぶのね」

「注文は正確に。基本でしょう」


 窓際の席で、ゼナは店の甘味を静かに食べていた。買ったケーキとは別腹である。


「ねえ。本当にそんなに、魔王軍を辞めたいの?」

「辞めたい」

「辞めたら何するの?」

「何もしない」

「何かあるでしょ」

「ない」


 温かい飲み物を一口。少しだけ、幸せそうな顔になる。


「何もしなくていい日を、毎日やる」

「もったいない」

「最高でしょう」

「最悪よ」

「やっぱり、あなたとは分かり合えない」


 ゼナはカップを両手で包み直した。窓の外を眺めている。次の店を急ぐ様子はなかった。

 リリアは、手帳の続きをいったん閉じた。


 そのリリアが、思い出したように一枚の書類を取り出した。


「そうだ。これ、見せておくわね」


 差し出された紙には、人類側の紋章が入っていた。


 《意見書――魔王軍四天王ゼナ・クロウを、今後の停戦協議における継続的な交渉窓口として推奨する》


「…………何これ」

「あなたの退職を邪魔するって、言ったでしょう?」

「言ってたけど」

「だから人類側でも、『ゼナは和平に必要な相手』って評価を固めておこうと思って。今朝、外交官に提出済み」

「なんで敵が私の人事評価を上げてるの?」

「人類のため」

「……正論なのが腹立つ」


 ゼナは一応、反撃を試みた。


「その意見書、取り下げて」

「嫌よ」

「敵の要請でしょう」

「敵だから聞かないの」

「今日は敵じゃないって、さっき串を奢ってきたのは誰」

「あれは休日の私。これは仕事の私」

「肩書は休日にならないんじゃなかったの」

「……あなた、そういうところは覚えてるのね」


 反撃は、痛み分けに終わった。


 さらにゼナは、遅れて気づいた。


 今日リリアに連れ回された店。市場の乾物屋は、東部戦線から避難してきた一家だった。服屋の主人は、元は占領地で商売をしていた男だった。

 リリアは遊びながら、彼らと世間話をしていた。世間話の形をした、聞き取りだった。


 いわく、あの軍は追撃をしなかった。

 いわく、あの指揮官は村から食料を奪わなかった。置いていった。

 いわく、捕虜になった息子が、五体満足で帰ってきた。

 いわく、避難の途中で荷車の車軸が折れたとき、通りがかった魔王軍の兵が直してくれた。


「……最後のは私じゃない。第三隊が勝手にやったのよ」

「部下が勝手に人助けする軍って、何?」

「……教育した覚えはないわ」

「ないのにそうなってるのが、一番の証言なのよね」


 リリアは満足そうに帳面を閉じた。


「……今日の予定、全部これのため?」

「半分は遊び」

「半分も?」

「遊びは本気よ」

「そこは疑ってない」


(この女、遊びながら工作してる……)


 そのときだった。


 窓の外の通りが、妙にざわついていることに、二人同時に気づいた。


 人が、増えている。

 そしてその半分ほどが、こちらの店を見ていた。


   ◇


 騒ぎの原因は、一つではなかった。


 まず、勇者リリアは有名人である。顔が割れている。

 その勇者が昼過ぎから、見知らぬ魔族の女性と親しげに街を歩き回っていた。しかも菓子屋の前で、勇者がその連れを「ゼナ」と呼んでいた――そんな目撃談まで、噂には混ざっていた。

 まさか、あの《氷血の魔女》ゼナ・クロウでは。いや、まさかね。

 その「まさか」は、夕方までに半信半疑へ育っていた。


 さらに、リリアが聞いて回った「食料を奪わなかった魔王軍の指揮官」の話が、市場をひと回りしていた。明日は停戦会談だ。二人で街を歩いている理由まで、噂の中では決まりかけていた。


 店の前の通りには、いつの間にか人垣ができていた。


 東部から逃げてきて、命を拾ったという礼を言いたい避難民。

 魔族と馴れ合う勇者を警戒する人類側の強硬な連中。

 人類への譲歩そのものが気に入らない魔族の一団。

 そして、何かが起きそうだから見に来た野次馬たち。


「ごめん」

「あとで聞く」


 人垣の前方で、人と魔族の口論が始まった。押し合いになる。中立警備隊が割って入るが、頭数が足りていない。


「このままでは通りを封鎖できません!」


 警備隊員の悲鳴のような報告が聞こえた瞬間――ゼナの顔から、休日が消えた。


 私服。片手に菓子の箱。もう片手に猫型クッション。

 装備は史上最悪である。それでも中身は、一瞬で《氷血の魔女》に戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。