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魔王軍をクビになりたい四天王、敵の勇者が辞めさせてくれない  作者: たつき


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7/25

今日はゼナじゃありません

 奇跡は、前触れなく起こるものらしい。


 中立都市アルメリア。人類領と魔族領の境に浮かぶ自治都市であり、明日はここで停戦の予備会談が開かれる。魔王軍側の実務責任者は、当然のようにゼナである。


 到着は昼。会場の設営確認は夕方まで――の予定だった。


「設営、警備動線、席次、通訳の手配、すべて確認済みです」

「……全部?」

「ゼナ様の手順書どおりに進めましたので」

「そう」


 自分の書いた手順書が、自分の仕事を消していた。

 こんなことも、あるらしい。


「では、何かあれば宿へ」

「お休みのところへは、何があってもお呼びしません」


 副官は敬礼して去った。話の通じる男である。今度の人事査定で必ず報いよう、とゼナは思った。


 つまり。

 今日はこれから、何の予定もない。


 手帳を三度見た。今日の欄は、白い。


(……休日だわ)

(出張先の、誰も私の顔を知らない街での、完全な休日だわ)


 ゼナは即座に動いた。作戦立案より速かった。


 軍服を脱いで、旅行鞄の底へ丁寧にしまう。髪留めを外す。黒髪が背に落ちる。柔らかな私服に、つばの浅い帽子。

 姿見の前で、一回転して全身を確認する。


(よし。どこから見ても、休暇中の一般魔族女性ね)


 本日の作戦を、頭の中で組む。


(まず書店。新刊を三冊。それから菓子店で限定のケーキ。雑貨を見て、夕方は温泉。宿に戻って、湯上がりに読書をしながらケーキ)


 完璧だった。昨晩の会談資料より、三倍の精度で練り上げた。


 アルメリアは、ゼナが世界で二番目に好きな場所である。一番は自室のベッドの中。


 魔王領では手に入らない菓子。三階建ての書店。湯が柔らかいと評判の温泉。人と魔族が同じ通りで、同じ屋台の串焼きを買う街並み。戦争が二十年続く世界で、ここだけ時間の流れが違う。


 ゼナは身分を隠して、この街を訪れるのを密かな楽しみにしていた。頻度は年に一度あるかどうか。それが今日、突然転がり込んできたのである。


   ◇


 書店で新刊を三冊――のつもりが五冊になった。誤差である。

 内訳は、恋愛小説が二冊、紀行文が一冊、料理の本が一冊、猫の画集が一冊。兵法書は、ゼロ。仕事の本を休日に読む人がいるとしたら、頭がどうかしていると思う。


 通りへ出ると、屋台から香ばしい匂いがした。串焼きを一本だけ買い、歩きながら食べてみる。


(……歩きながら、食べてる)


 軍では絶対に許されない行儀の悪さである。誰も自分を知らない街でだけできる、ささやかな犯罪だった。おいしい。


 次の菓子店で、ゼナはショーケースの前から動かなくなった。


 季節限定、桃のケーキ。《本日まで》の札。


 戦況図を読むときと同じ目で、彼女はショーケース全体を検討した。定番の焼き菓子は宿でも買える。だがこの桃は、今日を逃せば来年までない。補給計画は明白だった。


「おいくつになさいます?」

「三つ」


 一拍。


「……四つ」


(明日の私も働くんだから、四つ目は経費よ)


「贈り物用にお包みしますか?」

「全部自分用です」


 堂々たる回答だった。店員は少し笑って、箱を二重にしてくれた。いい店である。来年も来よう。


 箱を提げて、次は雑貨屋。棚の奥で、猫の形のクッションと目が合った。


 しばらく見つめ合った。


(枕の予備は、あって困るものではないし。遠征先で首を痛めると業務に支障が――)


 言い訳の途中で、手が先に伸びていた。


(……やめましょう、言い訳は。可愛いから買うのよ)


 幸い、この街に彼女の顔を知る者はいない。


 いない、はずだった。


「ゼナ?」


 硬直した。


 ケーキの箱を持ったまま、ゆっくり振り返る。

 金髪。よく知る屈託のない顔が、通りの真ん中で目を丸くしていた。


 勇者リリア・アステル。


(なんで、いるの)


 リリアの側も、二度見していた。見間違いだと思ったのである。あの《氷血の魔女》が、ケーキの箱を提げ、猫のクッションを抱えているはずがない。

 だが、目つきが完全に一致していた。


「人違いです」

「絶対ゼナでしょ」

「違います」

「その目つきで分かるわよ」

「今日はゼナじゃありません」

「どういうこと!?」

「休日なので」

「肩書は休日にならないのよ」


 完璧な理屈だと思ったのに。


「だいたい、その荷物は何!?」

「……補給物資です」

「猫の形の補給物資があるの!?」


「あなたも、明日の会談?」

「立会人として。あなたは?」

「実務担当」

「じゃあ、明日は敵同士ね」

「今日は?」

「…………」

「…………」


 二人とも、すぐには答えが出なかった。戦場では敵。会談では交渉相手。では、菓子屋の前では何なのか。規則のどこにも書いていない。


 聞けば、リリアも軍事側の立会人として一日前に到着したのだという。考えることは両陣営とも同じだった。


「それより、ちょうどよかった!」


 リリアが、嫌な明るさで自分の手帳を取り出した。


「あなた、今日一日、空いてるのよね?」


 ゼナは無言でケーキの箱を抱え直した。

 嫌な予感の的中率だけは、戦場の外でも下がらない。

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